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55話★

 放課後、今度は正面玄関の前で演説をすることになった。

 六時間目が終わると、俺たちはすぐに移動し、演説を始める。


「櫻木さんは、昨年生徒会に所属し―――――略―――――。また、彼女が生徒会長になった暁には―――――略――――――」


 俺は今朝と同じように、あらかじめ暗記してきた演説用の文章を読み上げる。

 その一方で、櫻木さんは通りかかる生徒たちに声掛けを行っていた。


 一時間ほどして、櫻木さんが「もう終わりにしましょう」と言ってきた。

「あれ、まだまだ時間があるけど、もう終わりにするの?」

 まだ午後五時過ぎ。完全下校時刻までは二時間近くある。

 しかし、櫻木さんはそんな俺の問いに、こくんと頷いた。

「はい、この後は、生徒会の会議がありますので。もうそろそろ終わりにしないと間に合わなくなってしまいます」

 どうやら、選挙だけでなく今の生徒会の仕事も櫻木さんはこなさなければならないらしい。それでは、櫻木さんは選挙に専念できず、他の候補と比べて不利ではないかと思ってしまった。

 すると、櫻木さんはそんな俺の心配を感じ取ったようだ。

「大丈夫ですよ。ちゃんと地道に選挙活動をすれば、みなさんに私の思いが届くと信じています。それに、この学園をよりよくするために私は生徒会長に立候補したのですから、ここで私が今の仕事を放り出してしまっては、当初の目的であるよりよい学園づくりが達成できなくなってしまいます」

 櫻木さんの言葉に自然と笑みがこぼれた。

「さすが櫻木さんだね。学園のことを思いやってるのが、とても伝わる」

「そ、そんなことないですよ。当たり前のことです」

 そう言って櫻木さんがはにかむ。


 彼女は自分の選挙よりもこの学園のことを優先している。本当にこの学園のことを思っているからこその言動だ。

 俺は改めて彼女が生徒会長になってほしいと強く感じた。


 片付けが終わると、櫻木さんは生徒会室へと戻っていった。

 俺は、もう帰ろうと、荷物をもって駐輪場へと向かう。

 駐輪場へと行く道の途中、部室棟周辺を通りかかった。


「あれ、なんだろう?」


 視界の左手前にはなんだか人混みができていた。後はもう帰るだけだったので、興味本位で立ち寄ってみることにする。


「私が生徒会長になったあかつきには、各部活の部費増額をお約束いたします。今の学園は――――略―――――」


 人混みに近づくと、マイクにのせられた男子生徒の声が聞こえてきた。さらに人垣をかきわけると、その中心にはマイクを持った、髪が長めの男子生徒とその隣に運動部らしき生徒数人がいた。

 集まっていた生徒の学年はバラバラで、誰もが彼の演説を熱心に聞いている。ときおり、彼の演説に対して、人混みから、「そーだ、そーだ」と声を上げる者もいた。

 俺と櫻木さんが演説している時でも、ここまで聴衆を集めることはできない。演説をしている彼は、人を集める魅力みたいなものがあるのだろうか。


 しばらくすると、彼の演説が終わった。演説が終わると、少しずつ生徒たちはバラけ始める。

 俺も、もう帰ろうと思い、その場を後にしようとした。

 すると、


「やあ、桂昂輝くん」


 ふいに声をかけられた。

 えっ、と驚き俺は振り返る。

 そこには先ほどまで演説していた彼がいた。彼はにこやかに笑って、言葉を続ける。

「ああ、驚かせて悪かったね。僕の名前は、(りゅう)泉寺(せんじ)(かける)。クラスは二年生E組だ。今回の生徒会長選挙に立候補をさせてもらっているよ」

 なるほど、たしか櫻木さんの他にも生徒会長選挙に立候補していた生徒が二人いた気がする。だとすれば、目の前の彼がそのうちの一人ということになるわけだ。

「まさか、櫻木さんの補佐を務めている君が、僕の演説を聞きに来てくれるとは思わなくてね。せっかくだし、挨拶をしておこうと思ったわけだ」

 彼は大仰に俺に対してお辞儀をする。

「はあ、それはどうも」

 俺も彼にお辞儀をした。

「ときに桂くん。君はこの学園のことをどのように思っているのかな?」

「えっ?」

 突然の問いかけに俺は戸惑った。

 俺の戸惑いを無視し、龍泉寺は言葉を続ける。

「僕はね、この学園の状況に憂いているんだ。平凡すぎると言ってもいいほど、なんの強みもないこの学園にね。しかし、決してこの学園が悪いって言っているわけじゃない。むしろ、僕はこの学園のポテンシャルが他の学校とは比べ物にならないものだと思っているよ。では、なぜ、この学園は平凡なのか。それは今までこの学園を牛耳ってきた生徒会が無能だったからさ」

「生徒会が無能?」

 俺はこの龍泉寺の言葉にムッとする。櫻木さんや牧原さんといった俺の大切な人を傷つけられたように感じた。

「ああ、無能だ。彼ら彼女らは何ら変化を求めない。新たな視点を持つこともなく、新たな挑戦をすることもない。そんなのは怠惰だと思わないかい?」

「今まで紡いできた伝統を守ることも大切なことだと思うけど……」

「そうだね。伝統を守ることも大切だ。しかし、新たなことに挑まなければ、学園は停滞する。平凡なままなんだよ。僕はそんな学園の現状に我慢ならない」

「それなら、あんたには何か考えがあるのか?」

 言葉がつい、きついものになってしまう。

 しかし、龍泉寺はそんな物言いを特に気にしていないようだった。逆に、口の端をあげ、ククッと笑う。

「よく聞いてくれた。もちろんあるとも。それは、部活動の強化だ。この学園には他の学校に漏れず数多くの部活動があるが、そのどれも大会では芳しくない結果で終わっている。もし、部活がより盛んになり、よりよい成績が取れるようになれば、この学園は平凡な学園から抜け出せるはずだ。そのためにも僕はまず、部の統廃合と部費の増額を考えているよ」

 彼は自慢げに語る。

 その時、俺はふと思った。先ほど彼は部の統廃合を政策に挙げていた。

 たしかに、学園予算のうち部費に関する予算は決まっているため、各部の部費を増加させるためには、他の予算を削るか、部の統廃合を進めなければならない。しかし、部の統廃合を進めるということは、今まで通り部活動をすることができなくなる生徒が出てくるということだ。

 つまり、彼はそういった少数の生徒を犠牲にして、統廃合で残った部の強化を図ろうとしている。

 それはこの学園、生徒にとって、より良いことなのだろうか。櫻木さんならそんなことをしない気がする。

 彼女は誰かを犠牲にして何かを成し遂げようなどと考えない。なんたって、彼女は学園とそこに通う全生徒のためを思って行動をしているのだから。

 俺は、彼の前に右手を差し出した。


「ん?」

 彼は突然出された手に驚いたようだ。

「いや、あんたの方から自己紹介をしてくれたのに、俺は自己紹介をしていなかったからな。ここできちんと自己紹介をしようと思って」

「なるほど、それは律義だね。僕はもう君の名前を知っているというのに」

 そう言って、彼は差し出された俺の右手を握る。


「俺の名前はあんたがさっき言っていたように桂昂輝。二年C組だ。今は、二年A組櫻木叶耶さんの補佐を務めている。わるいけど、あんたたちに選挙で負けるつもりはない。俺は学園のこと、そしてそこに通う全生徒たちのことを一番に考えている櫻木さんが生徒会長になると信じている」

 俺は彼をまっすぐと見据えた。

 彼は最初呆気に取られていたが、すぐに表情を元に戻すと、

「ハハ。まさかここで宣戦布告をされるとは。いいよ、この選挙、僕が勝ってみせよう」

 そんな言葉を残し、その場を後にしたのだった。


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