50話
ココアを二つのカップに注いで、自分の部屋に戻ると、志藤さんは部屋にあるテレビにくぎ付けになっていた。
正確には、テレビの下に置いてある据え置き型ゲーム機にだ。
「志藤さん、ゲームに興味があるの?」
「そ、そ、そんなことないわ。ただ、家にゲームがないから……」
否定をしているものの、その視線はゲーム機の方に注がれている。明らかに興味津々のご様子だ。
俺は、ゲームの電源を入れると、二つあるコントローラーのうち、片一方を志藤さんに渡した。
「勉強ばかりしていても効率がおちるだろうし、息抜きにやってみない?」
「だ、だから、興味は……」
「ま、いいから、いいから」
ゲームが起動すると、画面にはキャラクターがレーシングカーやバイクに乗っているシーンが流れた。
このソフトは、某会社の国民的なキャラクターが車やバイクに乗ってレースをするというものだ。複数人でプレイできるし、初心者にもわかりやすい仕様になっている。
志藤さんは最初否定していたが、画面を見ると、その瞳をキラキラと輝かせていた。
簡単な操作を志藤さんに教えた後、実際にレースをしてみることにした。
俺は恐竜を模したキャラクターを、志藤さんは赤い帽子のおじさんを使うことになっている。
スタート三秒前からカウントダウンが始まる。そして、プーンっという電子音とともにレースが開始された。
「あっ」
開始直後、志藤さんが声を上げる。
アクセルボタンをスタート前の長い間押していたことからエンストを起こしたようだ。そのため、志藤さんはスタートが遅れ、十位からのスタートとなってしまった。
その後も志藤さんはコースアウトするなどしてしまったため、結局十二人中九位でフィニッシュした。俺は以前からこのゲームをプレイしていたし、周りのコンピューターも弱く設定していたので、もちろん一位だ。
「はは、まあ、最初だし、こんなもんだって」
微妙な順位に終わった志藤さんを励ます。彼女は俯いてプルプルと肩を震わせていた。
しかし、顔をバッと振り向けると、
「もう一回よっ。もう一回!」
人差し指を立てながら再戦の申し出たのだった。
二回目のレースでは、志藤さんはうまくスタートダッシュを決めることができたようだ。
開始直後、彼女のキャラクターは六位に躍り出る。
しかし、しばらく走っていると、各キャラクターの真上に雷雲が立ち込め、そして、雷が落ちた。その瞬間、各キャラクターは豆粒サイズとなり、スピードがガクンっと落ちる。
「えっ、なに?」
突然のことに志藤さんが驚いていた。
「それは、アイテムの効果だね。自分以外のプレイヤーに雷を落とすアイテムがあるんだけど、そのアイテムを使われると、雷が落ちて、一定時間スピードが遅くなるんだ」
「そんなアイテムがあるの⁈」
すると、小さくなった志藤さんのキャラが、そのアイテムを使ったであろうキャラに悠々と追い越されるのが見えた。
「あーもう、抜かされたー」
コントローラーを強く握りしめ感情をあらわにする志藤さん。こんなに感情を表に出す彼女は初めてだ。
二戦目では、志藤さんは前のレースよりも善戦したものの、アイテムに恵まれなかったりしたことで六位の成績に終わった。ちなみに、俺はまた一位だった。
レースを終えると、俺はコントローラーを床に置き、一度伸びをする。
「ん~……。さて、そろそろ、勉強を再開しようか」
立ち上がり、机に戻ろうとする。
すると、服の裾が不意に引っ張られた。
「ん、どうかした?」
服を引っ張っていたのは志藤さんだ。そして、その彼女の顔はなんとも悔しそうだった。
「ま、まだよ。今度こそ勝ってみせるわ」
どうやら彼女はこのまま負けて終わることができないようだ。
俺の中では、志藤さんはとてもクールなイメージなのだが、実際は結構負けず嫌いなところがあるようだ。
「で、でも、テストは目前だしなぁ……。えーっと、せめて、今日予定していたところまでは終わらさない?」
さすがにテスト三日前にゲームにどっぷりつかるというのはマズい。これで志藤さんの成績が下がったあかつきには、俺は彼女にゲームを勧めてしまい、彼女の成績を低下させたという罪悪感に苛まれるだろう。
「うーん、そうね、桂くんの言う通りだわ。わかった。それなら、さっさと今日の範囲を終わらせてしまいましょう」
納得したのか志藤さんはコントローラーを置き、机に戻る。
この後、俺たちは今日の範囲を終わらせ、再度、ゲームに興じたのだった。
ゲームをしている時の彼女は表情豊かで、初めて一位を獲った時なんかは両手をあげて喜んでいた。




