41話★
志藤綾女は、マットに座り込み、途方に暮れていた。
あれからどれくらいの時間が経ったのだろう。体操服に着替えている時は、教室の鞄に携帯を置いているし、腕時計をつけているわけでもないから、今が何時なのか知るすべはない。
もう少しで、自分が出場するはずの男女混合リレーが始まるはずだ。いや、もしかしたらもう始まっているのかもしれない。
リレーに出場しなかったらみんなを困らせてしまうだろう。後からいろいろと言われるかもしれない。
「はぁ……」
無意識にため息が漏れた。
今頃、みんな自分のことを探し回っているのだろうか。
いや、そもそも、こんな自分を探してくれる人なんているのだろうか。
自分はこれまでずっと人と距離をとっていた。近づいてくる者に対しては拒絶してきた。
今日の午前だって、女子百メートル走で走り終わった後、話しかけてくれた女子はいたのだ。それなのに自分は、あんなにも不愛想に態度をとってしまった。
せっかくあっちから話しかけてくれたのだから、きちんと向きえばよかった。
綾女は自らの行動に後悔した。
本当は彼女たちと話したかった。
本当は彼女たちと友達になりたかった。
でも、怖かった。
また傷つけてしまうのではないか。
自分から離れていってしまうのではないか。
そんな不安から逃れることができない。
綾女はマットでさらに丸くなる。
嫌な現実から自分を守るために。
嫌な自分を誰にも見られないようにするために。
「惨めね……」
そのか弱いつぶやきは、倉庫の壁に反射することもなく、ただ空気の中に溶けていく。
これは罰なのかもしれない。
友達を傷つけてしまったことに対しての罰。
他人を傷つけることを恐れて、他者を拒絶してきたことに対しての罰。
心に巣食う闇がどんどん侵食してくる。
闇が自分を覆い、何も見えなくなっていく。
何も考えられなくなっていく……
しかし、その心の闇の中に一筋の光が見えた気がした。
それは、とても弱い光ではあるが、とても温かい。
自分はこの温かさは知っていた。
最近知り合ったクラスの男の子。
自分のことを魔導師と言いながら、魔力を使えない男の子。
そして、その彼のお母さん。
自分が変な力を持っているにもかかわらず、普通に接してくれ、あまつさえ、その力の制御まで指導してくれる。
実の娘のように優しく、厳しく。
ここ最近の彼の家での訓練は、自分に人と接することの温かさを教えてくれた。
もう一度、この温かさに浸りたいと思った。
綾女は、その光に向かって必死に手を伸ばす。
もう一度、以前のように人と接することができるようになりたい。
そう願って―――




