108話
オペ室の扉の上では、手術中、と赤色のランプが光っている。
綾女はオペ室前のベンチで座っていた。
咲希さんは隣のベンチで目を閉じ、祈るように両手を合わせている。
自分も昂輝の無事を祈っていた。
ただそれと同時に、自分自身を強く責めた。
あのとき、自分が迷わず魔導を行使していれば。
自分が恐怖に怖気づかなければ。
もし、これで昂輝がいなくなってしまったらどうしよう。
そんなことは考えたくなかった。
でも、ついつい考えてしまう。
すると、赤色のランプが消えた。
中から医師と看護師、そしてベッドで眠る昂輝が出てくる。
「お母さん、昂輝君はなんとか持ちこたえてくれました」
そんな医師の言葉に咲希さんの涙があふれる。
綾女もほっとするあまり全身の力が抜けた。
綾女はあまり宗教の類を信じない質だが、このときばかりは神様に感謝した。
まだ昂輝を救うチャンスをくれた。
しかし、彼の容態は予断を許さない。すぐにでも、彼に魔力を移さなければならない。
今回、彼の容態が急変したことで、そのことを思い知らされた。
迷っている暇なんかない。
迷っていれば、次こそ彼と会えなくなってしまう。
昂輝を連れて、もとの病室に帰ってきた。
咲希さんは、昂輝がオペ室から出てきてからずっと、彼の手を握っている。
「咲希さん、さっきは途中でやめてしまって、本当にすみませんでした」
綾女は、申し訳なさのあまり、勢いよく頭を下げた。
「いいのよ。晃くんもこうして無事だったわけだし」
「……昂輝への魔力の移譲は今夜行おうと思います。それで、一つお願いがあるのですが、魔力を移す前に少しの間、私に時間をくれませんか? 下でやりたいことがあるので」
咲希さんは怪訝そうに首を傾げたが、やがてゆっくりと頷いた。
「ええ、もちろんいいわよ」
「ありがとうございます。それでは一度失礼しますね」
そう言って、病室を後にしようとする。
しかし、咲希さんが手を掴んできて、自分を引き留めた。
「ねえ、綾女ちゃん、私に隠していることがない?」
その問いについ動揺が漏れ出そうになる。
「ごめんね、さっきの綾女ちゃんの様子があまりにもおかしかったから、気になっちゃって」
ああ、なんでこの人はこんなにも鋭いのだろう。
だが、本当のことをこの人に伝えることはできない。伝えれば、咲希さんは自分が魔導を行使することを止めるはずだ。たとえ息子の命がかかっているとしても。
この人はそれほどまでに優しい人なのだ。
綾女は静かに首を振る。
「いえ、隠していることなんて何もありません。さっきのは、昂輝の命が自分にかかっていると思うと怖くなっただけです。もう大丈夫ですから」
「ほんとう……?」
「はい、本当です。だから心配しないでください」
これ以上詰め寄られると、自分の心の内を吐露してしまいそうになる。
弱い自分に負けてしまいそうになる。
「それじゃ、ちょっと下に行ってきますね」
そうして、咲希さんの手を引きはがし、病室を後にした。




