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102話

 家に帰って、さっそく母に聞いてみたが、その結果、綾女の病気を治す魔導はないということが判明した。

 母が作っている魔導薬も綾女の病気には効かないらしい。

 そもそも、魔導による病気の治療は人体への危険が未知数であるため、国からの許可がなければできない仕組みになっていた。

 綾女を助ける術がないと分かり愕然とした。


 頭が真っ白になる感覚を覚えながら、昂輝はふと父親の部屋に入った。

 父はまだ入院中であるため、もちろんこの部屋には昂輝しかいない。

 父の部屋も母親のと同様に魔導書や魔導に使う道具で溢れかえっていた。

 昂輝はこの部屋が大好きだった。

 暇なときはこの部屋に出入りして、父の魔導書を勝手に読み漁っていた。

 今回も綾女の治療に何か役立つ本はないかと、本棚を眺めた。


 そして、気になる一冊を見つける。

 その本を見つけると、昂輝はそばにあった脚立を使って、その本を手に取った。


『魔力移譲による被移譲者の自己免疫力向上について』


 本のタイトルにはそう書かれていた。

「自己免疫力って、体の中にいる悪い奴をやっつける力のことだったよね?」

 もしかすると綾女を助けるヒントになるかもしれない。

 昂輝は、その本を読んでみることにした。

 中を開いてみると、難しい漢字や専門用語とかがたくさん出てきたが、普段から父親の魔導書を読んでいたので時間をかければどうにか読むことが出来そうだった。

「あやちゃんを助けてあげないと……」

 そうして、昂輝は手に取った本を読み進めた。

 結果として、その本には次のようなことが書かれていた。


 そもそも魔導師はそれ以外の人と比べて免疫機能が弱い。

 しかし、その欠点を補っているのが魔導師が生来的に有している魔力である。

 魔力は、魔導師の免疫機能を補佐して、一般人以上の自己免疫力を実現している。だとすれば、魔力を他者に移譲することで、被移譲者の免疫機能は、移譲された魔力によって強化され、結果として、自己免疫力の向上につながる。

 つまり、魔力を移譲することによって、移譲された者の自己免疫力を上げることができる。


 これが本当のことだとすると、魔力を綾女に移譲することで彼女を助けることが出来るかもしれない。

 希望の光が見えてきた。

 しかし、本を読み進めると、一つの問題が浮き彫りになった。


 それは、魔力の移譲方法だ。

 その本には、魔力を移譲する魔導についての記載がなかった。それどころか、魔力を移譲するなんて魔導が存在するのかさえ怪しいとまで書かれている。

 たしかに言われてみれば、魔力の移譲ということは、魔導師を人為的に作り出すのを可能にするということだ。

 魔導師は遺伝によってしか継承されないというのが定説であるため、そのような魔導の存在は考えにくいものだった。


「でも……」


 昂輝はどうしても綾女を助けたかった。

 また彼女と一緒に遊びたかった。

 魔力の移譲が成功すれば綾女が助かるかもしれない。しかし、その魔力を移譲する魔導が見つかっていない。


 だとすれば、自分がその魔導を作りだせばいい。

 新しい魔導を作り出して、自分の魔力を綾女に移せばいい。


 その日から昂輝は、父親の部屋で魔導の研究に没頭した。


          ***


 昂輝が魔導の研究をし始めてから数週間後、ようやく魔力移譲の魔導が完成した。

 そして、満月が昇るこの日、昂輝は綾女に自分の魔力を移譲しようと決意していた。


 家族が寝静まったのを確認し、こっそりと家を抜け出す。

 さらには、常駐の警備員や看護師たちの目を盗み、病院に侵入する。

 綾女にはもうあまり時間が残されていないことを知っていた。だから、少しでも早く、彼女に魔力を移譲しなければならないと急いでいた。


 家から誰にも見つかることなく、綾女の病室までやって来ることができた。

 魔導の研究に没頭していたためこの病院に来るのは久しい。

 病室に入る前、昂輝は少し緊張した。

 ドアに志藤綾女と書かれているあたり、まだ彼女はこの病室にいるようだ。

 なんとか間に合って良かった。

 ふっと息をついて、気持ちを整える。

 そして、音を立てないよう、静かに目の前のドアを開けた。


 中に入ると、綾女がベッドに横たわっていた。

 ゆっくりと彼女に近づく。

 彼女の体からはいくつものチューブが生え、たくさんの医療機器とつながれていた。加えて、彼女の鼻と口は酸素マスクで覆われている。

 やはりまだまだ危険な状態にあるらしい。

 昂輝は綾女の顔を眺める。

 彼女は瞼を下ろし、眠り込んでいた。

 呼吸が少し荒く、見ていてしんどそうだ。


「あやちゃん……」


 勝手に患者に触れるのは良くないということをわかっていながらも、つい彼女の手を握ってしまう。

 頑張ったね、もう大丈夫、と彼女に伝えるために。

 その時、彼女がゆっくりと瞼を上げた。


「こ、こーくん……?」


 酸素マスクを白く曇らせながら、か細く呟く。

 それを見て昂輝は泣きそうになった。

 でも泣くのは後だ。今は少しでも早く彼女に魔力を移譲しなければならない。

 涙をこらえ、優しく微笑む。


「あやちゃん、もう大丈夫だから。僕が助けてあげるから」


 意識が混濁しているようにも見えたから、この声が彼女に届いているのかは分からない。

 でも、彼女はほっと安心したように笑みを浮かべた。


 さあ、始めよう……


 昂輝は意を決する。

 集中力を高めるために目を閉じ、彼女を握る手に少しだけ力をこめる。

 そして、


「――――【接続(コネクト)】」


 自分の魔力の全てを綾女に移譲した。


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