99話
放課後、綾女は七海たちと一緒に、昂輝が救急車で運ばれた病院を訪れた。
日中の病院は、多くの患者で混みあっていた。
咲希さんから聞いた部屋番号をもとに、昂輝がいる病室へと向かう。
C六〇五号室。そこが昂輝のいる病室だ。
昂輝は大丈夫なのだろうかと不安に感じながら病室のドアを開ける。
中には、ベッドに横たわった昂輝と咲希さんがいた。
咲希さんは、さっきまで泣いていたのか、目元を真っ赤に腫らしていた。
「こ、こんにちは」
「あら、綾女ちゃんたちも来てくれたのね」
遼と七海もぺこりとお辞儀をする。
「あの、桂君は大丈夫なんですか?」
「うーん、さっき緊急手術で危篤状態は脱したけど、あまり良くないわね」
咲希さんが心配そうに昂輝を見つめる。
「そ、そうですか……」
いつも飄々としている遼の声もこの時ばかりは重い。
「あの、私たち昂輝のお見舞いに来たんですけど、一度出直しましょうか?」
「いいえ、せっかく来てくれたんだもの。晃くんに顔を見せてあげて。私はちょっと、下の売店に行ってくるわね」
そう言うと、咲希さんは部屋を後にした。
それを見届けると、綾女たちは昂輝のもとに近づく。
彼は今、眠っているようだった。
彼の顔を覗き込むものの、その瞳が開く気配は全くない。
体からはいくつものチューブが生えており、周囲の医療機器とつながれている。
彼の鼻と口には酸素マスクも取り付けられていた。
見るからに彼の状態が芳しくないとわかる。
「いきなりどうしたんだよ、昂輝」
「桂くん……」
遼は歯噛みし、友愛が沈痛な表情を浮かべる。
「昂輝……」
一体、彼に何が起きたのだろうか。
彼はいきなり倒れた。なんの前触れもなく、突然に。
彼が目を覚まさないことにも恐怖を感じたが、彼が倒れた原因すらわからないことも綾女の不安を駆り立てた。
しばらくして、咲希さんが病室に戻ってきた。
そろそろお暇しようと、綾女たちはお礼を言い、病室を後にしようとする。
その時、咲希さんが口を開いた。
「ごめんなさい、綾女ちゃんだけ、ちょっと話したいことがあるから残ってくれないかしら?」
なんだろうと思いながら、綾女は他の三人に先に帰るようお願いして、病室に残ることにした。
「それじゃあ、また来ますね」
「今日はありがとうございました」
「お大事になさってください」
それぞれ挨拶をして、七海たちは病室を後にする。
そして、この部屋に残されたのは、昂輝と咲希さん、そして綾女だけとなった。
「綾女ちゃん、まずはそこに座って。疲れてるでしょ」
「あっ、すみません。それでは失礼します」
促されるまま、綾女は近くにあった椅子に腰かけた。
対面では咲希さんが椅子に座っている。
「えーっと、私に話って何でしょうか?」
咲希さんは綾女をじっと見つめる。その表情は、さっきまでの悲しさや不安、心配といった感情を含んだものではない。
動揺が一切見られない真剣な表情だった。
咲希さんがふうっと息を吐く。
そして、重々しくその口を開いた。
「えっとね、綾女ちゃんにこれから聞いてほしいことがあるの。晃くんと綾女ちゃんとの過去のこと。ずっと、黙ってたんだけど、晃くんがこうなった以上、綾女ちゃんには話しておいた方がいいと思うから」
「私と昂輝との過去……」
思ってもみない言葉に動揺が走る。
自分と昂輝が出逢ったのは、あの屋上、つまりつい三か月ほど前のことのはずだ。それよりも以前に自分は昂輝と出逢っていたのだろうか。
そんな疑問が彼女の頭を埋め尽くす。
動揺しているのが伝わったのか、咲希さんは優しく微笑む。
「これから話すことを、もしかしたら綾女ちゃんは信じることができないかもしれない。でも、本当にあったことだからきちんと話しておくわね」
「……はい」
そうして、咲希さんは、昂輝と綾女の過去、正確には十年前の出来事を語り始めた。




