98話
恥ずかしかったけど、嬉しかった。
手を握りたいという自分の思いを彼が察してくれた。
もちろん、他人に見せつけたいとか、そういうわけじゃない。
昂輝にデレデレしている様子を他人に見られるのは恥ずかしい。
でも、片時も彼と離れるのは嫌だった。彼を近くで感じていたかった。
こんなことを思うあたり、自分で思っているよりも、自分は彼のことが大好きであるらしい。たぶん、自分はもう、彼なしでは生きていけない気がする。
そんなことを考えていると、不意に右手が引っ張られた。
「えっ」
思わずこけそうになるところを踏ん張る。
しかし、その直後、綾女は信じられないものを目にした。
「昂輝っ⁈」
昂輝が廊下に倒れていた。どうやら廊下で頭を打ったわけではなさそうだが、顔からは血の気が引き、全身はぐったりとしている。明らかによくない状態だ。
「えっ、どうしたっ⁈」
「なにかあったの⁈」
先を歩いていた七海と遼も戻ってくる。
「昂輝っ、昂輝っ」
耳元で呼びかけるが、返事はない。
「おいっ、先生を呼んでくれ」
「うん、わかった」
周囲にいた生徒たちも異変に気付いて、なにかしらの行動に出る。
「昂輝っ、昂輝っ」
ひたすら必死に呼びかける。しかし、それに対する返事は一切ない。
外からは雨粒が地面にたたきつけられる音が聞こえてきた。
夕方から降る予定だった雨がもう降り始めたらしい。
窓には降った雨粒が伝い、窓の外の景色を歪めていった。




