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面白いもの達

 キール視点になります。

 スラムで生まれた私はまともな職につけるはずもなく、冒険者になって必死に稼いだ。危険と隣り合わせのクソみたいな仕事。幸いにも魔術適正があり、気がつけば転移を得意とする私は引く手数多だった。


 しばらくしてから、自分を正当に評価しない者や馬鹿をわざと置き去りにする遊びを思いついた。たいした実力もないくせに、天罰だ。転移を得手とする自分だからこその遊び。私はそれを楽しんだ。もちろんちゃんと仕事もした。

 魔術師は後衛だから楽?そんなわけがあるか!巻き込まないよう気を使うし、危険は後衛だって変わらない。魔術の道具には1回使いきりのものもあるから金がかかるのだ。


 だから、気に入らない奴はわざと魔物の群れに誘導して自分だけが転移で逃げる。そして自分の身を守るためには仕方なかったと嘘をつくのだ。毎回やっているわけではないし、被害者は死んでいるから誰も私の罪を証明できない。


 そのうち、遊びをするには新人がやりやすいと気がついた。新人をターゲットに定め、見所がある者にはきちんと指導をし、気に入らないものは魔物の餌にした。


 そんな日々を一変させたのが、あの『エルシィ=ヒルシュ』だった。


 最初から気に入らない小娘だった。貴族に生まれ、小さな弱々しい体に見合わぬ立派な装備。武器も誰かから譲り受けたのか立派なものだ。


 私はその気に入らない小娘と小娘の護衛と思われるガキ…当時はまだ無名だったシルス=クレバーの指導役として討伐任務を引き受けた。


 最初から、魔物の群れに囲ませて始末するつもりだった。貴族のお遊びに付き合ってやる義理などない。

 ガチギレ猿の一匹にコッソリ石を投げた。この魔物は一匹でも傷つけると他の仲間を呼びまくり、とても厄介だ。


 アリバイ工作のため、ガキも結界に入れてやった。しかし、ガキは結界を破壊した。内からは脆いとはいえ、私の結界を壊しやがった!ガキは目撃者にするつもりだったが私は怒り、ガキを置き去りにした。小娘と共にガチギレ猿に喰われればいい。

 転移する一瞬、小娘は私を睨んでいた。小娘は私がガチギレ猿に攻撃したのを理解していたのだろう。その瞳から転移する私への批難ではなく、明確な怒りが読み取れた。私は小娘に微笑み、冒険者ギルドへ帰還した。少しだけ惜しかったかもしれないと思った。


 ギルドには群れに囲まれて逃げるしかなかったと報告した。

 実際のところ、ガチギレ猿ごときに遅れをとる私ではない。やろうと思えばガキと小娘を救えたが、誰も正しい状況など知らないのだ。少し大袈裟に話せば誰も糾弾できない。





 しかし、小娘とガキは生還した。





 あげく、私が自分達を見捨てて逃げたと糾弾しやがった。さらに私に襲いかかってきた。ランクDの小娘とランクCの初心者など本来なら相手にならない。魔術師とはいえ近接ができねばランクAになどなれないからだ。




 しかし、奴らは規格外だった。





「シルス!」

「応!!」


 瞬時に互いを加速させ、無詠唱魔法を使う暇も与えずにタコ殴りにしたのだ。まさか、Aランクの自分が格下に為す術もなくボコボコにされるなんて思わなかった。

 一瞬の隙をついて得意の転移で逃げるのが精一杯だった。恐るべき子供達である。




 そして結局、二人の訴えは認められなかった。護衛依頼でもないかぎり、冒険者ギルドは自身の身を守る事を責められない。それに、あれだけの群れだ。私が死ぬ可能性もゼロではない。

 私への暴力を帳消しにするかわりに、私への糾弾もなしとなった。





 しかし、真に恐ろしいのはこのとんでもない子供達ではなく、一人の恋する少年(ストーカー)だった。


「ねぇ、お兄さん」


 少女のように細い少年に声をかけられた。


「何か用ですか?」


 クソガキどもをやりこめて機嫌のいい私は、少年に返事をした。


「後悔させてやる。僕のエルシィを危険な目にあわせやがって…許さない。僕のエルシィを傷つけようとする奴は許さない。許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない」


 少年の澱んだ瞳に、狂気を見た。こいつはガチでヤバい奴だ。私は長年生き延びるために培ってきた勘が全力で警鐘を鳴らしまくるのを感じて逃げた。





 それからはそれはもう大変だった。




 エルシィ=ヒルシュとシルス=クレバーを戦いの天才とするなら、あのヒョロい少年・ルイス=クレバーは嫌がらせの天才だった。


 最初は違和感を感じる程度だった。少し物価が上がっていた程度だ。それが気がつけばどんどん値上がりしていき……

 それからひいきにしていた宿にいきなり連泊を断られ、なじみの定食屋が私を見た途端食わせるものはないと言われ、町中から白い目で見られた。

 終いには、俺にはなにも売れないとまで言われた。露店も、裏通りの店にまで断られる始末だ。


 ここまで完璧な兵糧攻めをかましたルイス君は敵ながらスゴすぎる。当時10歳の少年は、絶妙な情報操作で私を的確に追い詰めた。

 今でもその手腕は尊敬しているし、後にエルシィさんのために映像記録の魔法具まで発明した。きっとエルシィさんをストーカーするためでもあると思った。ルイス君はヤバい奴だ。気がつかないエルシィさんもおかしい。


 後に知ったが、エルシィ=ヒルシュはあの年で既にヒルシュ領で知らぬものは居ないほどの有名人であり、ドレス代も領の維持費に回すような健気なヒルシュのお姫様だった。あえて貴族関連の情報をきちんと把握していなかった私のミスだ。


 嫌がらせはエスカレートする一方で、金があっても買い物ができず、生活できなくなりそうだった。ヒルシュ領から出ればいいって?物資もないのに移動はできない。途中で魔物の餌になる。おまけにヒルシュ領は広大だ。確実に出る前に餓死するだろう。

 しかし、偶然が私を救った。



 食事もろくにできず道にへたりこんだ私に、誰かが話しかけてきた。


「…あんた、顔色悪くない?」


 元凶のエルシィ=ヒルシュだった。


「…誰かさんのせいでろくに食べれてませんからねぇ…」


「はあ?どーせ悪いことして誰かに恨まれたんでしょ?おっちゃん、ホットドッグちょーだい!ほれ、食べなよ」


「は…」


 もう抗う気力がなかったし、空腹だった。ホットドッグはすぐになくなった。


「え?ガチで腹ペコ?あと何個食べる?」


「金はあります…買えるだけ買ってください」


「え?お金があるのに??」



 お前のせいだよ、と言わなかった私を誰か誉めてください。

 満腹になるまでホットドッグを貪った。案外気が利くエルシィさんは飲み物もちゃんと買ってきてくれた。


「エルシィちゃんはなんて優しいんだ…自分の命を狙った悪者にまで情けをかけるなんて……」


 ホットドッグ屋のオヤジは泣いていた。エルシィさんは真っ青になった。


「…まさかの、私のせいで?」


「…………ええ、まあ」


 彼女は謝罪こそしなかったが、馴染みの宿や食堂に頭を下げて頼み込んだ。


「私、こいつが嫌い。だけど、私は自力で仕返しするから手出しはしないでね!」


「流石はエルシィちゃんだ!」


「いや、普通だから!」


 そんなやりとりを眺めていたら、ものすごい寒気がしたのでつい殺気がする方を見てしまった。物陰に隠れた少年が鬼の形相でこちらを睨んでいた。



 これはヤバい。スラム暮らしだった私は、本能的に己が危機を察知した。私は、プライドより自分の命を選択した。


「エルシィさん」


「はい?」


「申し訳ありませんでした!」


 迷わず土下座した。


「は!?え!?」


「申し訳ありませんでした!!」


「え!??」


 私がいきなり土下座したのでオロオロするエルシィさん。


「……次はないよ」


 少年(ストーカー)の囁きに、自分の行動が正しかったと理解した。


「ルイス!」


「こんにちは、エルシィ」


 悪鬼羅刹のような表情から、天使のような笑顔になった少年に硬直した。




 それから、彼らは新人キラー潰しの異名をもらうほど新人キラーを潰しまくった。

 私は多少丸くなり、殺すまではしなくなった。気に入らない奴を満身創痍にするぐらいだ。しかし、彼女達は私を危険人物だと騒ぐ。いやいや、君らの大事なルイス君の方が私なんかより格段にヤバいからね?彼女達に何を言われようと、もう気にならない。むしろからかうと面白いので本気で気に入っている。


 彼女達のせいで単独任務が増えたが、これはこれで気楽でいいと思っている。





 最近面白い新人に会った。この話をしてやったら驚愕していたよ。


「ルイスさん、やべぇ!」


 ばらしたら何されるかわかんないから、ちゃんと遮音を施しておいての会話だ。


「だよねぇ~」


 ただ、敵認定されなきゃ彼は無害だ。きっとこのままエルシィさんに隠し通すんだろうね。

 この面白いグリッド君に会ってから、私は少し考えている。


 私は、多分理不尽だった現実をどうにかしたかった。そして歪み、弱者を虐げて優位に立った気分になってた。そうだね、私は真っ当じゃない。


 今の私は、何にだってなれるのにね。


 彼はそれを見抜いて私に問いかけた。どうして真っ当に生きないのかと。


「…それも面白いかもしれませんね」


 世界は、面白いもので満ちている。

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