思い出と忘却
夕飯も済んで和やかに皆でお茶をしていたら、お義母様が話しかけてきた。
「ところで、今夜はどうするの?」
「え?」
「うちにお泊まりするのよね?ね?」
可愛らしいお義母様に勝てる気がしない。
「え、えっと……」
「今ならルイスの昔話「ぜひ泊まらせてください!!」
「エルシィ!?」
ごめんなさい、ルイス。でもルイスの昔話、聞きたいんだもん。
「そういえば、ルイスのエルシィちゃん好き好き大好きエピソードを話してあげるって約束してたよねぇ。よし、語るか!」
「いつの間にそんな約束してたんだ、くそ親父!」
ワインの瓶を持ってきて嬉しそうなお義父様。えへ、あの後お手紙を出したんだよね。
「ルイス、私を泣かせた罪は重いよ。諦めて」
「ぐっ…」
お義父様に武力行使しようとしたルイスにさりげなく釘を刺しておく。
「そうだな。金ダライ分俺も話してやろう」
「わーい」
普段なら仲裁するシルスも地味にお怒りのご様子です。
「み、味方がいない…」
がっくりと落ち込むルイス。いや、精霊さん達が慰めて…
「ルイス、アキラメガカンジンダヨ」
「エルシィナカシタ、シカタナイ」
「ジゴウジトク」
慰めて…ないな!ルイスが丸くなったのでよしよししてあげたら、嬉しそうだった。ルイス、かわゆす。
「懐かしいねぇ、ルイスはエルシィちゃんに一目惚れだったんだよ。たまたま病弱なルイスの調子がよくて散歩にいったらはぐれてしまってね…花畑で泣いてたルイスをそうやって慰めたエルシィちゃんを好きになったんだよねぇ…」
「そうね。妖精さんに会った「母さん!」
「…エルシィちゃんのこと妖精さんだと思ってたのよねぇ」
お義母様は遮られましたが言い直しました。スルー力が高いです。
ルイスとの初対面……あれ?
「私、最初ルイスを天使みたいに可愛い女の子だと思っていたような??」
あれ??
『……………………』
しん、と急に静まりかえる室内。ルイスは丸まっている。
「…あー、ルイスは昔、病弱だったろ」
「うん」
「あの辺りは風習で病弱な子供は女の格好をさせて育てると丈夫になるって言い伝えがあってな」
「あー、あった!」
なるほど、なるほど。そういや、他にもいたわ。
「あと、母さん…娘が欲しかったらしくて…ルイス、白いし細かったから……」
「……あの頃のルイス、可愛かったなぁ。こんなになったけど」
「どういう意味!?」
「可愛かったわよねぇ…ルイス、また着ない?細いし可愛いんじゃないかしら」
「着ない!可愛くない!!」
「…ルイス、美少女でしたよね」
「記憶から抹消して!忘れて!」
なんか急に思い出した。私、ルイスを最初女の子だと思ってたんだよね。あれ?なんで忘れてたんだっけ?
「ルイス、エルシィにそれ言ったらマジで忘れられて泣いたのを忘れたか?」
「…昔の、女装時代の記憶だけ忘れて!」
「無茶言うなよ。エルシィはマジで余分なとこまで忘れかねないぞ」
「うん、聖剣を使えばできなくはないけど……余分なとこまで忘れる可能性は否めないなぁ…記憶って繋がってるから、そこに関連した記憶がなくなりそう。そもそも、ゴー!バーン!ドカーン!は得意だけど、精密な魔力操作は不得手だし…ルイスの記憶が全部なくなる可能性が高いかも」
ふと、泣きじゃくるルイスを思い出した。ルイスの記憶を忘れた私に『僕は男の子だよ!忘れて!女の子の格好をしてた僕なんか忘れて!』と何度も言う小さなルイス。
「あ、思い出した。ルイスがすごく泣いて、僕は男の子なんだって言われて…悪いことしたなぁと思って忘れようとしたらルイスの記憶まで消去したんだ。ルイス、大事なことまで忘れてごめん。あの後すごく泣かれたよね…」
多分中途半端に聖剣の魔法が発動したんだろうなぁ…『私の力に目覚めてなくても、中途半端に力を使える場合もあるよ~』とユルい聖剣の声が聞こえた。やはりか。
「………やっぱり忘れなくていい。僕、エルシィに忘れられたら死ぬ」
「生きて!絶対思い出すから生きて!そもそも忘れないから生きて!!」
ルイスは私の話が聞こえてないのか、抱きついて必死で訴えた。
「お願い、エルシィ!僕のことを忘れないで!!」
「いや、だから忘れないから!記憶も消さないから!」
記憶消去事件はルイスにとって相当辛かったらしく、完全に取り乱している。ついにルイスがマジ泣きしました。そんなにか!?いや、でも仲良かった時間が消えるってキツいよね。
「仲良しねぇ」
「よかった、よかった」
「ルイスはこうでないとな」
和やかなクレバー家の皆様。ルイスを宥めてくださいよ!
「ルイス、エルシィスキスキ」
「ルイス、エルシィラブラブ」
精霊さん達も和んでる!?
「エルシィ、忘れないで!いや、忘れても思い出させるから!」
「だから忘れないってば!」
ルイスが落ち着くのにかなりの時間を要したのは、言うまでもない。




