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ぬいぐるみと理想の淑女

 ついに、ついに人生初のデートですよ。道行く皆さんがルイスをふり返る。カッコいいもんね、ルイス!


「…エルシィ」


「え……」


 この肘を出すポーズはもしや……


「嫌?」


「喜んで!」


 やはり腕を組むで正解だったみたいです!距離が近い!ドキドキする!いかん!ニヤニヤしちゃう!


「エルシィ」


「ひゃい!?」


 噛んだ。しかも思いきり。口のなかに血の味が広がる。


「……見せて」


 舌をルイスが治してくれました。


「ルイスはすごいね。治癒魔法、すごく上手!」


 ちなみに治癒魔法は下手くそがやるとものすごい苦痛を伴います。ルイスはプロでもおかしくないほどの腕前です。


「…エルシィのために俺ができる事なんて、このぐらいだったからね」


 ルイスが苦笑した。


「そんなことない!」


 勢いよくルイスの肩をつかんだ。ルイスは自己評価が低すぎる!


「エルシィ?」


「そんなことないよ!ルイスはスゴいんだよ!私が傷だらけだったらすぐ癒してくれて、疲れてたら甘いもの作ってくれて、毎日おいしいご飯作ってくれるの!私はたくさんたくさん貰ってるよ!」


「……うん。そうだったら…エルシィのためになってたなら…嬉しいな」


 そこで笑うのは卑怯ですよ。キュンキュンしました。こういうとき、上手く話せない自分がもどかしい。ルイスがどれほど素晴らしいかがきちんと伝わってない気がする!


「あ、あそこの雑貨屋さんに行こうか」


「うん」



 軽い気持ちで行ったら、そこは女子力による結界が…!


「ダメです、ルイス!私ではレベルが足りない…!」


「何それ。行くよ」


 ルイスに背中を押されて入ってみたら、夢の国でした。ブルジョワジーなネズミの国ではないですよ。


「ふああ……」


 可愛らしいお人形、ふかふかのぬいぐるみ、愛らしい小物達…


「ふふ、エルシィはこういうの好きでしょ?」


「うん!あ、これ可愛い…」


 触ろうとしたけど、壊したらと思うと触れられなかった。好きだけど、手元にはひとつもない。


「エルシィは猫が好きなの?」


「というか、ルイスに似てるから可愛いなって…」


 むしろ、銀の毛並みと青い瞳のぬいぐるみにゃんこを抱っこするルイスとか、ご褒美映像だね!待て…今ペロッと余計なこと言った!


「「………………」」


 お互い固まってしまった。なんか恥ずかしい!


「僕、猫っぽい?」


「気まぐれなとこ、あるよね」


「確かに」


 クスクス笑うルイスが可愛い。


「…実はね?」


「うん?」


「家にこれと似たやつがあるんだ」


「……あったっけ?」


 たしか、タペストリーとか刺繍とかパッチワークはあったけど、ぬいぐるみなんて素敵な品はあったかしら?


「……僕が作ったやつ」


「…………は?」


 ルイスが?ぬいぐるみを?マジか。理解するのに数秒かかった。


「やっぱりきも「スゴーい!」


「……へ?」


 ルイスはキョトンとしている。なんでだ?だってスゴいじゃないか。


「スゴい!スゴい!スゴい!ルイス、ぬいぐるみ作れるなんてスゴい!おっきいのも作れる?私がギューしても壊れないやつ作れる?」


 私は飛びはね、興奮しながら聞いた。ぬいぐるみも作れるなんて超スゴい!!


「おっきいのもあるよ。壊れにくいやつ…強い布で縫い目をしっかりすれば大丈夫かな?」


 ルイスが穏やかに笑った。


「わああ…もしかして、作ってくれるの!?」


「あ…うん。いいよ、作る。なら、布とかもエルシィの好みで作ろうか」


「うん!楽しみだなぁ…」


 こんなに楽しくて嬉しいことばかりで大丈夫かな?


「今から布を見に行く?」


「行く!!」




 ルイスが連れてってくれたのは、布やボタンなんかの問屋さん…かな?こんな店があったんだなぁ…色とりどりの布、糸、ボタン、針……あれはお針子さんがよく使う、腕につける針刺しだね。珍しくてキョロキョロしていたら、ふくよかで穏やかそうなご婦人…店主さんかな?が声をかけてきた。


「あらあら、可愛らしいお嬢様ね。何をお探しかしら?」


 ヤバい。このご婦人、女子力の塊だ。しぐさも何もかもが上品で、完璧な淑女(レディ)だ。


「ぐごご、ごきげんよう?」


 しまった!動揺しすぎて謎の起動音みたいになった!


「あらあら、うふふ。ごきげんよう」


「エルシィ、ぬいぐるみ用ならこの辺りだと思うんだけど」


 ルイスが山ほど布を持ってきた。


「あら、ルイス君。ごきげんよう。今日は何をお探しかしら?」


「ぬいぐるみ用のパーツと型紙、それから見本もいくつかお願いします。彼女が選ぶので、手伝っていただけますか?」


「あら、任せてちょうだい!もしかして、お互いに贈るのかしら?」


「え?」


 そういや、昔なんかやたら女の子からぬいぐるみを貰ったような……しかも、その女の子の髪と瞳のやつ。


「…何か意味があるんですか?」


「手づくりのぬいぐるみは特別でね?お互いに手づくりのぬいぐるみを贈りあって、互いの名前をつけると永遠に結ばれるっていうジンクスがあるのよ」


 キラキラと瞳を輝かせて語るおばさま、可愛い。女子だなぁ…あれ?あのぬいぐるみ達がジンクス狙いだとしたら、私はもしや女の子達にモテていたのか?…やぶ蛇な気がするから考えないでおこう!


「あのさ、よかったら…エルシィも作らない?僕が教えるから」


「喜んで!ただ、その…刺繍はともかく立体(ぬいぐるみ)は作ったことないから上手くできないかも…」


「僕はエルシィが作ってくれるなら、上手くなくたっていいよ」


 天使の笑顔に後押しされ、お互いが作ってもらうぬいぐるみの素材や型紙を選ぶことに。


「うーん…」


 布はもふもふでルイスの髪によく似た奴を見つけたので迷わなかった。目のパーツも迷わなかった。しかし、猫にするか兎にするかで悩んでいた。


「僕はこれにする」


 ルイスは即決でした。型紙は……兎か!


「うん、私も決めたよ」


 恋のおまじないなのだから、お揃いがいい。


「ふふ、なら型紙はこっちがオススメよ」


 チャーミングなご婦人こと、シレーネさんがこっそり耳元で教えてくれた。


「…この型紙はルイス君のうさぎさんと対の男の子うさぎの型紙なのよ」


 女子力…!!女子力がパネェッス、シレーネさん!!さりげなくおすすめして、こっそり理由を教えるだなんて…!


「ぜひこれでお願いいたします、師匠!!」


「あらあら、うふふ」


 うっかり師匠呼びしたあげく、敬礼をかました変な女の子も笑ってスルーしつつお会計ができるシレーネさん。私もいつか、あんな素敵な淑女(レディ)になりたいものです。


「師匠は僕じゃなかったの?」


「いや、ルイスももちろんお師匠様だけど、あんな素敵な淑女(レディ)になりたいなぁと敬意を表しました!」


「エルシィはエルシィの良さがあるよ!僕は今のエルシィが大好きだよ!」


「えええ!?」


 え?何コレ!?告白ですか!?しかし、やたらルイスが必死だ。え?シレーネさんみたくなるなってこと??

 疑問はあったが、聞き返すことはできなかった。


「あら…どういう意味かしら?ルイス君」


 シレーネさんの威圧感、パネェッス!!ルイスも明らかに顔がひきつってます!


「逃げるよ、エルシィ!」

「合点承知!!」


 反射的にルイスをお姫様抱っこして駆け出した。この方が速いからである。お会計した後でよかった。泥棒になるところでした。


「エルシィ、下ろして!」


 しばらく走って下ろしたら叱られました。本当の緊急時以外はダメだって。


「でも、シレーネさん迫力すごかったから、つい…」


「…今回は仕方ないかな。エルシィ、くれぐれもシレーネさんを怒らせないようにね。まあ、あの人がエルシィに怒るなんてないだろうけど」


「うん。気をつける!」


 理想の淑女(レディ)は怒ると怖い人でした。威圧だけで魔王も退けた私をビビらすなんて、案外身近にスゴい人がいるものです。




 補足として、エルシィは地元の女の子達に男の子だと思われていた時期があり、逆玉狙いの女子にぬいぐるみをいただいてました。しかしエルシィは自分が持っていても壊すかもと全て孤児院に寄付しました。


 シレーネさんはルイスの裁縫の師匠なので、頭があがりません。しかもけっこうな腹黒毒舌なんで、ルイスはエルシィがシレーネさんを見習わず、エルシィのままでいてほしいと心から願っています。

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