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ぬくもりへ一歩ずつ《4》




「これで許可証も無事取り戻せるといいんだけど」


 私がそばへ寄ると、トトー君はうなずいた。


「そうだね……まだその問題が残ってる。もし見つからなかったら、厄介なことになるな……」


 可能性が高いというだけで、ドルフが許可証を持っていると確定したわけではないのだ。もし違ったら、他の誰かをまた探さねばならない。しかしドルフが捕まったと知れば、そいつはいっそう用心深くなり簡単には姿を表さないだろう。

 許可証を無事取り戻すまでは、内密にことを進める必要がある。店の人たちには口止めをしたけれど、他にも黙っていてもらわなければならない人たちがいる。


「――おい」


 その当事者が、店から出てきて私に声をかけた。


「今のは何だ。なぜあいつを兵士に引き渡した?」


 四人の傭兵が、疑念と怒りの目をこちらへ向けていた。私が嘘でドルフをおびき出したのだと、すでに悟っている。彼らにどう答えたものかと少し考え、結局正直に謝ることにした。


「彼は犯罪者です。重要な情報を握っている可能性が高いので、捕らえなければなりませんでした。みなさんには嘘をついて申しわけありませんでしたが、捜査のためだったんです。ごめんなさい」

「お上の回し者かよ、こんな餓鬼が」

「俺たちはまんまと乗せられて、仲間を売ったわけか。やってくれるじゃねえかよ小娘が」


 説明しても納得するようすはなく、ますます傭兵たちは怒り出す。殺気立った連中が足を踏み出してきて、思わず私は後退った。


「彼女に腹を立てるのはお門違いだ。責められるべきは罪を犯したあの男だろう。それを仲間と呼んでかばうなら、お前たちも共犯者とみなすが?」


 またトトー君が間に立ってかばってくれる。傭兵たちの怒りが彼に向かった。


「ふざけんなよ小僧、傭兵には傭兵同士のつながりってものがあるんだよ。あいつが関係ないとこで勝手に捕まる分にはかまやしねえが、俺たちが手を貸したなんて知れ渡ったら他の連中から袋叩きにあっちまう。二度とこの街で商売ができなくなるんだ。そいつをどうしてくれる」


 凄む相手の言葉に、私は小さく息を呑んだ。そんなことになるの!? まさか、彼らの立場を失くすことだったなんて……だって捕まるような罪を犯したのが悪いんだから、逮捕に協力したって咎められるとは思わなかった。誰もが当然のこととして受け入れてくれると、思っていたのに。

 でも、傭兵の世界ではそんな理屈はまかり通らないんだ……。傭兵にとっては、犯罪の検挙より自分たちのつながりの方が大事ってこと? もし知り合いが犯罪者だとわかっていても、知らん顔で隠匿に協力するのが当然なのだろうか。

 そんなのって……。

 トトー君がちらりと肩ごしに私を振り返る。動揺する私を見ると、何も言わずすぐまた前に向き直った。


「わざわざ言いふらさなければ、詳しい事情が知れ渡ることはないと思うけど」

「そんなめでたい言い分を信じると思うか!? 俺たちがあいつを探して、ここへ連れてきたのを見てる奴が山ほどいるんだよ! 隠したってすぐにばれる。もう手遅れなんだよ!」

「手遅れなら、今さら怒ってもどうにもならないな」


 淡々とした返事に、とうとう傭兵たちがぶち切れた。口々に怒声を上げ、一人が殴りかかってくる。思わず悲鳴を漏らした私を突き飛ばす勢いでさがらせ、トトー君は繰り出された拳をかわした。


「ぐっ……」


 膝蹴りを腹部にくらって、殴りかかってきた男が前のめりになる。その横から飛び出した男、反対側から襲いかかった男、双方をトトー君は巧みにかわす。そしてすかさず反撃を繰り出し、蹴りや投げをきれいに決めた。


「糞餓鬼!」


 最後の一人も余裕であしらって強烈な一撃を叩き込む。あっという間に、四人全員が地に手や膝をつくことになってしまった。

 さすがの竜騎士隊長だ。相手も戦闘のプロなのに、こうも圧倒的な差があるとは。致命的なダメージではなかったとはいえ、それぞれ一撃を受けた傭兵たちは痛みをこらえている。対するトトー君は息も乱さず涼しい顔だ。怒りばかりだった傭兵たちの顔に、違うものが浮かんだ。


「てめえ……一体、何者だ?」


 低く問う声に、トトー君は首をかしげた。


「気付いてなかったの?」

「なに?」

「同業者か? 見覚えのない顔だが……」

「いや、待て、どこかで見たような……」

「俺も、なんかあの赤毛に見覚えがある気がする」


 少し勢いを落とした傭兵たちは、顔を見合わせて仲間うちであれこれ言い合いを始める。しばらくそれを見ていたトトー君は、ふと視線を上げて言った。


「きみたちにとって、多分いちばんいい方法を提案する」

「あ?」


 まだ怖い顔のまま傭兵たちが立ち上がる。しかし彼らが何かするより早く、その後ろから声と足音がやってきた。


「隊長、なにやってんの」

「俺らに招集かけて、何かあったんすか」

「お、姫さんもいる。なになに、こいつらが何かした?」


 振り返った傭兵たちがげっと声を上げる。地竜騎士が何人も集まっていた。


「竜騎士!」


 逃げ腰になった傭兵たちの周囲に、すかさず騎士たちが展開して道をふさぐ。緊張感のない顔をしながらも、行動は素早かった。説明も聞かないうちにちゃんとするべきことをしている。こういうところが、さすがだな。


「なんで竜騎士が……」


 騎士たちに包囲されて、傭兵たちは完全にうろたえていた。トトー君と騎士たちを交互に見る。


「隊長って、え、こいつ?」

「隊長……あ、ああ!」

「あーっ! こいつ、地竜隊の……!」


 ようやく思い出したようだ。トトー君が少しだけ呆れたように息を吐いた。鈍いよね。まあ見た目は全然強面じゃないから、ただの男の子だと思ってしまっても無理ないけど。

 もう大丈夫そうなので、私はトトー君のそばまで歩いた。トトー君もそれを止めず、傭兵たちを見たまま言った。


「しばらく身柄を拘束させてもらう。取り調べが終わって問題がなければ釈放してあげるよ」

「なっ、なんで俺らが!」

「罪状は暴行未遂と、さっきの男の共犯容疑かな」

「違う! 俺たちは何も知らなかった! そりゃこんな商売だ、真っ白な身とまでは言えねえが、捕まるほどあくどいことした覚えはねえよ!」


 抗議にトトー君は軽くうなずく。


「だろうね。本当に共犯なら、ボクらに文句を言いに来るよりさっさと逃げて行方をくらますだろう。でも、このままだと君らの立場がないって言ってただろう? 一旦つかまって取り調べを受けた方が、きみたちのためだと思うよ」

「なんだと……」


 聞いていて、私はなるほどと手を打った。そういうことか。


「きみたちは官憲の手先になったわけじゃない。一緒に嫌疑をかけられて、取り調べを受けた。でも事件とは無関係と確認されたので釈放された。そう主張することはできない? 仲間を売ったんじゃなく、とばっちりを受けただけだって言えばいいじゃないか」


 傭兵たちは顔を見合わせる。一見理不尽な拘束が、実は彼らの立場を守るためだと知って、どうするよと無言で相談していた。

 それを眺めながら、私はもう一つの理由にも気付いていた。取り調べが終わるまで彼らを拘束すれば、情報が漏れることを最小限に抑えられる。ドルフが許可証を持っていなかった場合に備えての対策だ。


 詰め寄られ、乱闘になりながらも、トトー君はそこまで冷静に考えていたのか。私はその場のことしか頭になかったのに。頭脳労働は私の担当のはずなのに、そっちでも負けている。ちょっと悔しく、そして自分が情けなかった。

 トトー君の合図を受けて、騎士たちがそれぞれ傭兵に近付く。嫌そうな顔になりつつも、傭兵たちはうながされるまま剣を外して騎士に預けた。


「本当に、釈放してくれるんだろうな」

「きみたち自身に罪状がなければね」

「ねえよ!」


 ひとりに二人の騎士がついて、両脇から腕を拘束する。どこから見ても、立派に連行される姿だ。


「にしてもよ、なんか割に合わねえぜ……俺らは協力してやったのに、なんでこんな扱いなんだ。一万センじゃ足りねえぜ嬢ちゃん」


 恨みがましい目がこっちに向いてくる。どうしようかな。たしかにちょっと可哀相かも。


「トトー君、例の物が見つかった場合、彼らには報奨が与えられるかしら?」

「……事件の内容を考えると、一万くらいで妥当だけど」

「足りねえ! 全然足りねえ!」

「一日一万、でなきゃせめて倍出せ!」

「こらうるさい」


 やいやいあがる抗議に騎士たちが叱りつける。私はうーんと考えた。


「倍くらいなら……報奨を出してもらえなくても、私のポケットマネーで出せるから、それで手を打って」


 私にも監察官としてのお給料があるから、あと四万くらいならなんとかなる。


「……それと、待遇には注文をつけさせてもらうぞ。あくまでもこれは形だけだからな、牢に入れたりすんなよ」

「飯もちゃんと食わせろ! 美味いやつ!」

「お前ら、調子に乗るなよ」


 小突いて黙らせようとした騎士を、トトー君が制した。


「いいよ、それは聞き入れよう。ちゃんとした場所で寝泊まりさせると約束する」


 鷹揚にうなずいて傭兵たちを落ち着かせ、騎士たちと歩き始める。私は一度店を振り返り、中からずっと見守っていた人たちに笑顔で手を振った。


「すみませんけど、代金は後日精算させてください。ちょっと手持ちが足りないので」

「それはいいが、うちが面倒に巻き込まれるおそれはないだろうね?」


 心配顔の店長さんにうなずく。でも逆恨みのお礼参りがあったりしたらいけないから、警邏兵に注意してもらうよう頼んでおこう。


「代金ならトーヴィルから徴収しておくわ。気にしないで、ティトシェちゃんは早く帰りなさい」


 エリーシャさんの言葉に送られて、私はトトー君たちの後を追う。明日にでも自分でちゃんと精算しに来るつもりだったのだが、いろいろあって、はからずも彼女の言葉どおりになってしまったのはおまけの話だ。


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