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ぬくもりへ一歩ずつ《2》




 私とトトー君が険悪な雰囲気で入ってきたものだから、店内にいたエリーシャさんは目を丸くした。


「なに、あんたたち。珍しくケンカしてるの?」

「ちがいます」


 私はさっさと奥へ向かい、空いている席に座った。店内にいた常連客たちも、冷やかし混じりの視線を向けてくる。


「野菜スープとパンと何か甘いものがあったらお願いします」

「肉も追加」


 すかさず言いながらトトー君が向かいに座る。私はむっと彼をにらんだ。


「食べないわよ」

「好き嫌いをなくすって宣言してなかった?」

「はいはい、野菜スープとパンと肉料理に甘いものね。トーヴィルは何か食べるの?」


 肩をすくめてエリーシャさんは聞く。トトー君はシチューとパンを注文した。


「夕方までここでねばるつもり?」

「当然でしょ、あの人たちにそう約束したもの」


 トトー君の問いに、私はツンと返す。時刻はまだお昼すぎ。長丁場は覚悟の上だ。店内が混み出して邪魔になるようなら、一旦外へ出るか手伝いでもするつもりだった。


「別に文句を言われるようなことじゃないと思うけど。人を雇って自分の代わりに働いてもらって、結果報告を待つだけじゃない。何も危険なことはないし、効率もよくて、我ながらうまくやったと思ってるんだけど」

「前段階が危険だったろ。どうして護衛を連れて行かなかったの」


 いつもよりずっと速いテンポでトトー君はしゃべる。完全にお説教の体勢だ。しかし私にだって言い分があった。


「もちろん考えたけど、それじゃだめなのよ。いかにも世間知らずで頭に花が咲いていそうなお嬢様が来て、恩人を探している。そういう状況にしたかったから」

「事実世間知らずだろう」


 ツッコミは無視してやる。


「頭に花が咲いてるは無理じゃない? ティトシェちゃんは頭だけは回転速くて言うことしっかりしてるもの」


 エリーシャさんも黙っててください。ていうか頭「だけ」ってどういう意味。他はトロいの? トロいと思われてるの?


「……人探しに合計四万センも出そうなんて、アホな貴族令嬢っぽいかと思ったんですけど」

「へえ、四万……まあ、たしかに金銭感覚ずれてんなーとは思うけど」

「金持ちのお貴族様ならそのくらいあるかしら」

「えー、でも貴族って案外ケチとか聞かない?」


 エリーシャさんの同僚の、コリーさんやミモティさんも寄ってきた。いちばん忙しい時間がすぎて店内に余裕があるものだから、みんなおしゃべりに参加する。


「そいつは花が咲いてるというより、胡散臭いってやつだな。人探しにそんだけ出すとか言われたら、普通疑わねえか?」

「よっぽどの事情があって探してるってえならアリかなあ」

「行方不明の跡取りとかかい? 芝居で見たことはあるが、現実にそんな話あるのかね」

「俺が聞いたのは逆に、財産横取りして逃げた奴を探してるって話だったけど」


 常連客たちまでてんでに意見を出してくる。私はゆっくりトトー君に視線を戻した。


「……という微妙なラインだから、ものものしいお供を連れていたんじゃ警戒されるでしょ」

「それ、今考えたね」

「ちがうわよ」


 ちょうど料理が運ばれてきたので、私はそっちに気を向けたふりで話を打ち切った。……別に、こじつけじゃないもん。護衛つきじゃ警戒されると思ったのは本当だ。お金持ちのお嬢様が思いつきでやってきた、という形にしたかったのだ。


「……ボクなら警戒されない」


 トトー君がぽつりと言う。口に運びかけていたスプーンを止め、私は呆れて言い返した。


「それ、本気で言ってる? トトー君が顔を出すのがいちばんまずいじゃない。馬鹿言わないで」


 たしかにトトー君はでかくてごつい護衛って雰囲気ではないけれど、肩書がまずい。竜騎士の、しかも隊長を連れて行ったら、警戒されるとかいう次元じゃないだろう。街の人にはけっこう顔を知られているし、ましてあの界隈で仕事をしている人たちにとっては、いろんな意味で覚えておくべき人物だ。地竜隊長が乗り込んできたぞと注目されたのでは、やりにくくてかなわない。


「…………」


 トトー君は視線を皿に落とし、食事を始めた。私もスープを口にする。あっさりして美味しかった。塩気はもう少し薄い方が好みかな。

 トトー君がしゃべらないので私も黙って食べ続けていると、エリーシャさんが苦笑しながら口を挟んできた。


「ティトシェちゃん、もうちょっと優しくしてやって」


 ――はい?

 なにがだと顔を上げれば、彼女はトトー君の後ろに立って、自分と同じ赤毛をぽんぽんと叩いた。


「好きな子を守りたいって言ってるのに、そんなに冷たく言い返されたんじゃ立つ瀬がないわよ」

「…………」


 思いがけないことを言われて言葉を失ってしまう。トトー君は軽く眉をひそめて、うっとうしそうにエリーシャさんの手を払いのけた。

 ……あれ、機嫌が悪いというより照れている顔だよね。うん、知ってる。一見無表情に見えるトトー君だけど、よく見ていれば微妙な変化に気付く。今の顔は怒っているんじゃなくて、照れている時の顔だ。

 本当に機嫌が悪い時は、もっと鋭い雰囲気になって視線だけで相手を斬りつけるもの。今目の前にいる彼に、そんな怖い気配はない。いつもの、柔らかでおっとりとしたトトー君のままだ。


「…………」


 気がつくと、なんだか私まで照れくさい気分になってきた。じわじわと顔が熱くなってくる。互いにまっすぐ向き合えなくて、視線をそらしたまま無言で食事を続けた。


「あーあー、甘酸っぺえ。見てる方が落ち着かねえや。なんかこう、ムズムズする」

「いいねえ、若いってのは。俺も女房と昔はあんなだったなあ。今じゃ可愛げのカケラもねえけどよ」

「少年少女の恋かあ、青春だねえ」


 周りの冷やかしにスプーンを持つ手が震える。くそう、ここぞとからかうんだから。でもにらんだところで効果はない。余計に面白がってはやし立ててくるだけだ。私は知らん顔で無視して食事に集中した。美味しいね! 肉はいらないけど!


「……次からは、事前に相談して。一人で動かないで」


 さり気なく押しやった肉の皿をこっちに戻しながらトトー君が言う。私は口をとがらせ、中身の半分を彼の皿に移した。


「……ごめんなさい」

「うん」


 移した分にはそのまま口をつけて、トトー君はうなずいてくれる。彼からとがめる雰囲気が消えたことで、私はほっと身体の力を抜いた。正直なところ、トトー君ともめるのは嫌だった。日頃穏やかで優しい彼だけに、厳しい目を向けられるとひどく落ち着かない気持ちになってしまう。そのまま嫌われてしまうだろうかと、不安になる。

 だったら最初からとがめられるような真似をするなという話なんだけど、私にだって考えや言い分があるのだ。一人で行くことを禁止されるような、そこまで危険な場所だとは思わなかった。真っ昼間だし護衛まではいらないかなと思ったのだ。


「『傭兵通り』で店を出すには、審査を受けて許可を取らないといけないんでしょ。普通より厳しく取り締まられるって聞いたわ。警邏兵がこまめに見回って、もし手に負えない問題が起きたらすぐに騎士が呼ばれるって。そのくらい監視の目が光ってる場所だから、逆に安全かなと思ったんだけど……」


 商売する側もそれを承知しているから、つとめてお行儀よくしているはずだ。問題を起こして許可を剥奪されたくはないだろう。通りすがりの女の子をからかって、あわよくば小金を巻き上げようとするくらいはあっても、本格的に危険な真似はしないと思ったのだが。


「そうだけど……そうする必要があるくらい、問題が起きやすいということだよ。傭兵なんて、血の気の多い連中だからね……ちょっとしたことで殴り合いになるくらい普通だし、人死にが出ることも珍しくない……だから、いくら厳しく取り締まっても絶対の保証はできない。君が依頼した連中はまともだったようだけど、悪質なのだったら何されてたかわからないよ……そういう奴らは、隠蔽も上手いからね」


 いつもの口調で淡々とトトー君は言う。うんうんとエリーシャさんもうなずいた。


「傭兵なんて雇うの、行商人かよっぽど後ろ暗い奴くらいだもんね。普通は『傭兵通り』になんか足を向けないわよ……って、ティトシェちゃん『傭兵通り』へ行ったの? 一人で?」

「……ええ、まあ」


 私は首をすくめて小さく答える。そのとたん、周りの人がいっせいに非難と呆れの目を向けてきた。


「そりゃトーヴィルも叱るわよ。あたしたちだって、女が一人で向かうにはためらう場所よ。本当、トーヴィルの言うとおり世間知らずなんだから。怖い子ねえ」


 みんなもエリーシャさんに同意する。私は肩を落として自分の間違いを認めるしかなかった。

 うう、そこまでまずい行動だったのか。はあ……反省。


「たまたまトーヴィルが見つけてよかったわね」

「たまたまじゃないよ」


 否定するトトー君に、そういえばと私は首をかしげた。


「たまたまじゃないなら、どうしてあそこにいたの?」

「今頃聞くかな……ティトが向かったって聞いたから、追いかけたに決まってるじゃないか」


 疲れたようにトトー君はため息をついた。


「間に合わなかったけどね……」

「……それは、お手数をおかけしまして」


 私はおとなしく頭を下げた。


「でもそんなに危ない場所には見えなかったけどなあ。普通の、ちょっと閑散とした市場だったけど」

「表面上はね」


 トトー君はカトラリーを置いて、お茶に口をつけた。いつの間にかもう食べ終わっている。早っ。全然がっついてる風でもなかったのに。私はあわてて止まっていた手を動かした。


「まあ、傭兵に依頼して探させるってのはいい手だったよ……同業者同士で情報は得やすいだろう。君があそこをうろつき回るよりは安全で確実だ」

「でしょ?」


 誉められて、ちょっとうれしい。私はふふんと微笑む。


「人探しの報酬に四万も払うんだから、当の本人にはもっとたくさんお礼をするはずだって誰でも思うわよね? 依頼してきたのがこんな小娘だから油断して、欲を出してホイホイ出てくるんじゃないかと思うんだけど」

「期待はできるね……あの近辺にひそんでいるのなら」


 トトー君もうなずく。隣のテーブルを拭いていたエリーシャさんが、不思議そうに聞いてきた。


「さっきから人探しって言ってるけど、一体誰を探してるのよ? そのようすだと、普通の人探しじゃなさそうだけど」


 私はあらためてトトー君と顔を見合わせ、にっこり笑って答えた。


「『親切な男』です」


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