嵐は突然に 《2》
相談の結果、ニノイとルーフィは三の宮の離宮に滞在することになり、私が彼らの世話係になった。
……もちろん、やりたくなかったよ。想像するだに疲れそうだしめんどくさい。一日中他人の都合に合わせて行動するなんて、それが何日も続くなんて、基本引きこもっていたい私には辛い話だ。
でも仕方がない。誰かが監視しないと、あいつらどこで何やらかすかわからないんだもの。イリスは仕事があってずっと弟たちについているわけにはいかないし、まさかハルト様やユユ母様にお願いするわけにもいかないし。侍従とか女官とか王宮の職員に頼むという手もあるが、身内が知らん顔して他人に任せるのはおかしな話だ。
「すまない……至急実家へ知らせて迎えにくるよう言うから、少しの間だけ我慢してくれ」
頭を下げて頼むイリスに、私はため息をつきつつ受け入れた。
「本音言うとものすごく嫌だけど、しょうがないから頑張るわ」
義理の兄弟が遊びに来たら、接待するのは嫁の役目だよね。いや、これが事前に約束して準備した上での訪問なら、私ももっと違う気持ちで受け入れられたよ。こんな突撃訪問でなければねえ。
「僕もなるべくこっちへ来るよ。できるだけ仕事はジェイドに代わってもらう」
「それは心強いけど……弟が遊びに来たからっていうのは、お仕事抜ける理由にはならないんじゃない?」
イリスはこんなでも実はかなりの権力者だから(本当にまったく見えないけどね!)やろうと思えば自分の都合で好きに行動できる。しかし職務をおろそかにする隊長なんて部下からの信頼を失ってしまう。平隊員はそうそう自分の都合で抜けられないのに、上が好き勝手していたら不満を抱くだろう。普段身分なんて忘れさせるくらい仕事に励んでいる人だから、たまにちょっと抜けたくらいですぐに反発されることはないだろうけれど……社会人としては、規律と責任を重視するべきだろう。
家庭内のフォローは嫁の役目だよね。旦那様にはお仕事に専念してもらえるよう、支えられる嫁にならなければ。うん、ここは私が頑張るべき場面だ。やってやろうじゃないか。
「よっぽど困ったら連絡するから、お仕事はちゃんとしてきて」
「でも、それだとチトセの負担が大きいだろう。あいつらがじっとしてるわけないからな」
「いくつか約束させておきましょう。私が行くまで離宮から出ないこと。勝手な行動をしないこと。周りに迷惑をかけないよう心がけること。この約束が守れず私の指示にも従わなければ、また牢に入れる――って、釘を刺しておいてくれない?」
「その約束を、あいつらがどこまで覚えていられるかが問題だな……」
弟たちを信用できないイリスに、私は微笑んで言った。
「忘れたら容赦なく牢に叩き込むわよ。私はやると言ったことは本気で実行するわよ」
約束があれば文句は言えない言わせない。当人たちが覚えていようがいまいが関係ない。
別に、忘れてほしいとか思っているわけじゃないですからね? めんどくさいからさっさと牢屋送りにしてやろうとか、そんなこと考えていないですからね。本当だよ。
あくまでも、手に負えなくなった時の最終手段だ。うん、その時が早く来そうな気もするけど、今のところはただの仮定だよ。
そんなわけで二人の到着翌日、私は朝から三の宮へ下りた。
「あ、来た来た。遅いよもー」
「待ってたよー。早く出かけよう」
今か今かと私の迎えを待っていたらしいふたりは、顔を出すなり文句と希望を突きつけてきた。付き合わせてごめんねよろしくね、という意識は皆無だな。
こっちはリアちゃんのお世話と朝食を終わらせてからすぐに来てやったというのにさ。人の時間を自分たちのために割かせているってこと、わかっているんだろうか。
「先に言っておくけど、私はあちこち歩き回る体力ないから。行きたい場所を先に決めてから行動しましょう」
まあ約束を守って、勝手に出かけず待っていたことを評価しよう。
「街へ行くなら馬車や案内を手配してもらわないといけないし。今日はどうしたいの?」
希望を聞いてやると、双子は声を揃えて言った。
「龍船! 龍船に乗りたい!」
「龍船ねえ……」
乗って、どうしたいかが問題だな。多分彼らの本当の希望は、ただ乗ることだけではない。
「ずっと空を飛んでみたかったんだ。大兄に頼んでも竜には乗せてくれないし」
「だから龍船に乗って空を飛びたい!」
案の定二人は遊覧飛行を希望した。いかにも男の子らしい普通の微笑ましい憧れではあるが、これはあきらめてもらうしかない。
「イシュちゃんに乗せてもらえなかったのは、多分乗せたくても無理だったからよ。あなたたちがまだ小柄だった頃は、調教を始めたばかりで他人を乗せるのは不安だったんでしょうし、慣れた頃にはあなたたちの方が育っちゃって体重制限に引っかかったんだと思うわ」
イリスのことだから、意地悪や独占欲で断ったわけではないはずだ。乗せられるものなら、弟のお願いを聞いてやっただろう。
「龍船も、公王専用だからあなたたちのために飛ばしてとお願いすることはできないわ。あれは遊びで使う船じゃないの。ハルト様だってお仕事以外では乗らないのよ。遠征や外国訪問の時くらいよ。見学だけならできるかもしれないから一応聞いてみるけど、飛行はあきらめて」
「えー、そんな堅いこと言わずにさー」
「俺たち陛下の従弟だもん、大丈夫だって」
「大兄だって何度も乗ってるんだろ? 身内だもん、平気だって」
私は息を吐いて二人をにらんだ。どうも、だめな理由を根本的に理解していないようだ。これは、ちょっと言っておくべきだな。
「『公王の従弟』という立場を、自分たちの私欲のためにふりかざすのはやめなさい。それは最も嫌われる、醜悪なふるまいよ。傲慢な貴族の典型だわ」
私のきつい声と言葉に、ふたりは驚いた顔になった。
「この世界では身分や血筋が力を持っていて、それを盾に無茶なごり押しする権力者もいるけど、そういう人は周りから白い眼で見られるものよ。従わざるを得ない下の者も、内心では腹立たしい思いや軽蔑する気持ちを抱くものよ。ちゃんとした人は、どんなに身分が高くてもそれを笠に着ることはない。守るべき決まりやわきまえるべき礼儀を忘れない。それが品格というものでしょう? あなたたちは、下品で傲慢な人間だと思われたいの?」
不満と困惑の浮かんだ顔を、ふたりは見合わせた。自分が悪いとは思っていない雰囲気だ。なぜこんなふうに非難されるのか、わからないと彼らの表情が語っていた。
「そんなんじゃなくてさ……」
「別に身分がどうこうじゃなくて、空を飛びたいって言ってるだけだよ」
私は首を振った。
「どうして無理なのか、理由をさっき言ったでしょう」
「だって身内じゃないか。そのくらいのお願いもだめなのか? 融通利かなさすぎるよ」
「大体陛下がだめって言ってるわけじゃないじゃないか。君が勝手に言ってるだけだろ。聞いてみなけりゃわからないよ」
静かに深呼吸して怒ってしまいそうな気持ちを落ち着ける。身内に甘えるというのは、現代の日本人同士でもよくある話だ。私だってそういう気持ちを全く持っていないとは言えないし、彼らが特別おかしいわけではない。
――が、身内だからといって厚かましすぎるのは問題だ。親戚なら両親や兄と同じように自分たちを甘やかしてくれると信じているようだが、それは迷惑な考えだと自覚してもらわなければ。まして相手は王様で、普通の親戚扱いしていたらまずいに決まっている。
年上相手に説教するなんてどんだけ偉そうなと自分にツッコミ入れたくなる気分ながら、私は頑張って話した。
「お願いする時点でまずいのよ。聞いてもらえるかどうかって話じゃないの。本来は許されない、禁止されていることを、無理に曲げてくれと言っているわけなんだから」
多分ハルト様は頼み込まれれば聞いてくれちゃいそうな気がするから、ここで私がブロックせねば。だめなものはだめと言わないと、このふたりはどこまでも甘えそうだ。
「そういう態度を周りの人がどういう目で見るかって言っているの。昨日の一件で既に呆れてる人たちはいるのよ? フェルナリス家の人間は礼儀も常識もわきまえてないって言われてるかもしれない。それでまたわがまま言っていたら、やっぱり迷惑な連中だって、悪い評判がどんどん広がってくわ。あなたたちだけが恥をかくんじゃなく、ご両親やお兄さんたち、親戚であるハルト様の名誉にも傷をつけてしまうのよ。わからない?」
これだけ言っても聞き入れないなら早くも牢屋送りだと思ったが、そこまで出来が悪くはなかった。基本素直な彼らは、しょげた顔でうつむいた。
「……そんなに、悪いことなの?」
「ちょっと船に乗るくらいなら大したことじゃないと思ってたんだけどな……」
「気持ちはわかるけど、決まりだからね。きっと龍船に憧れてるのはあなたたちだけじゃないわよ。他にも乗りたがってる人はたくさんいると思う。でも公王以外は使えない船だからってあきらめてるのに、あなたたちがわがまま言って特別扱いされていたらどう思われるかくらい、想像できるでしょ?」
「…………」
二つの頭がこくりと動く。なんだか本当に年上だと思えないな。弟よりまだ下の子を見ている気分だ。わがままで甘ったれで、でも素直で。ああ、なんかイリスが困りながらも可愛がってしまうのがわかっちゃったかも。
「船の中を見学させてもらって、船長さんのお話を聞くくらいならいいと思うの。許可してもらえるようお願いするから、それで我慢してね?」
「……うん」
「わかった」
どうにか納得してくれたふたりにほっとして、私はハルト様の元へ遣いを頼んだ。予想どおり見学許可はすぐに下りて、船へ向かえばすでに船長さんが待機してくれていた。案内されて内部を見る頃には、二人はすっかり立ち直り、小さい子供みたいにはしゃいでいた。ウルワットは内陸部だから、船そのものを見ることがほとんどなかったらしい。それなりに楽しんで、一旦離宮に戻ってお昼ご飯を食べて、さて次は午後の予定だ。
「飛竜隊がどんなとこかも見てみたいんだけどさ、先に地竜隊に行きたい」
「俺たち、本物の地竜を見たことないんだ。絵本で見ただけなんだ」
船の次は竜か。男の子だなあ。
「まあ、それなら特に問題ないか……でもお仕事中にお邪魔するんだから、勝手にうろつき回ったり騒いだりして迷惑かけないようにね」
「うん!」
「わかってる!」
私の注意に二人は元気にうなずいた。……なんだろう、いいお返事すぎて逆に不安だ。本当にわかっているのかな。
暑いし地竜隊はちょっと遠いので、馬車を用意してもらった。山道をゴトゴト揺られて、ふもと近くの地竜隊へ向かう。入り口近くの花壇には、今日もきれいに花が咲いていた。これ誰が世話してるんだろうね、本当に。
「おおーっ、竜だ地竜だ!」
「うわあ絵本と同じ!」
馬車を降りるなり二人は歓声を上げて駆け出した。止める暇もなかった。私の注意なんて、完全に頭からすっ飛んでいる。
「でっかーいっ」
「すごい、格好いい!」
突然飛び込んできたでかいガキんちょ二人に、辺りにいた騎士や竜たちがなんなんだと驚いた。一斉に注目されても双子は気にしない。目をつけた竜へ突進していく。
「待ちなさい二人とも! 騒がないって言ったでしょ!」
私が声を張り上げてもてんで聞きやしない。あああ、そんなに勢いよく突っ込んでったら竜が驚くよ。いくら調教されていたって、見知らぬ人間がいきなり駆け寄ってきたら暴れるかもしれない。危ないっていうのに!
「――うわっ」
「わぁっ」
冷や汗をかく私の前で、突然ふたりがすっ転んだ。足に棒がからんでいる。すばらしいコントロールで投げ込まれた棒が、彼らの突撃を阻止したのだ。飛んできた方向を見れば、トトー君がゆっくり歩いてきた。
「いってーっ。なにこれ、どこから」
「なんだよもう、危ないじゃないか」
私はどうにか彼らに追いついた。
「……二人とも、さっきの約束もう忘れたの?」
低い声で尋ねれば、びくりとして見上げてくる。
「勝手に動かない、騒がないって言ったわよね?」
「……ごめん」
「いや、ちょっと近くで見るだけ……」
私は地面から棒を拾い上げ、二人の頭をゴンゴンと殴った。
「いって」
「叩かなくても!」
うるさい。口で言って聞かないんだから身体に教えるしかないだろう。お前たちは動物だ。おやつとおしおきでしつけるワンコだ!
「……ごめん、おとなしくするよう言ってたんだけど、無理だった」
そばで立ち止まったトトー君に謝る。トトー君は軽くうなずきながら、私から棒を取り上げた。
「イリスから聞いてた……多分来るだろうって。どっちがニノイでルーフィ?」
先刻承知だったようで、静かな目で双子を見る。……いつもと同じとも言えるけどね。トトー君が驚いたり焦ったりしたところなんて――いつだったかの、式典の時くらいかな。剣が折れてこっちに飛んできて、私に当たったかと駆け寄ってきたあの時くらいだ。他じゃ戦の最中でも表情変わらなかったな。本当に徹底したポーカーフェイスだ。
「そっちがニノイで、こっちの巻き毛がルーフィ」
私が紹介するのと同時に、双子も立ち上がった。
「君も竜騎士なの?」
「地竜騎士?」
こら、挨拶くらいしないか。
叱ろうと口を開きかけたら、トトー君が手を上げて私を制した。……うん?
「そう……トーヴィル・トッド・トーラス。よろしく」
「ト……っ、ええ?」
「おもしろい名前だねえ」
のっけから失礼きわまりない奴らだ。たしかにちょっと面白い響きの名前だけれど、そういうことは口に出すべきではないというに。
「こんなに若い竜騎士もいるなんて驚いたな。君いくつ?」
ニノイが聞く。初対面なのにタメ口ってどうなのよ。同年代だからって、もうちょっと気を遣わない? 身分社会ではこんなものなのかな。同じ貴族といってもトーラス家とフェルナリス家では格が違うから、いきなり上から目線もありなのだろうか。でも普通に失礼だよね。身分に関わりなく、礼の心は大事だろう。
気を悪くしているか、いないのか、トトー君の表情からはわからない。彼より周りの騎士たちがはっきり不快感を表していた。いかつい騎士たちににらまれているのに、二人はちっとも気付かない。意識はトトー君だけに向いている。ある意味大物だ。
「十八……ティトと同じだよ」
「え? 俺たちよりも下なの?」
「もしかして、まだ見習い?」
見習いどころか隊長ですよー。地竜隊でいちばん偉い人ですよー。そりゃあ見た目ではとてもわからないだろうけどね。
成長期が来て大分背が伸びたとはいえ、トトー君はまだ少年っぽさが色濃い。可愛い顔立ちのせいか、いかつい印象がまったくないのだ。だからニノイたちも気軽に話しているのだろうが、正体を知ったらどんな反応をするやら。
……なんとなく、トトー君の考えがわかった気がする。さり気なく周りを見回せば、騎士たちも双子の無礼に渋い顔をしつつ、どこか面白がる雰囲気もあった。
「一応正騎士だよ……たしかに叙任されて間がないけどね」
「へえ。その歳で正騎士ならけっこう優秀なんだね」
「すごいね、君」
なにも知らない双子は、お兄さんの顔で偉そうに誉めている。トトー君は彼らに隊内を見学するかと聞いてきた。
「うん、ぜひお願いしたい! できれば竜に乗せてもらえたらうれしいな。地竜なら体重制限とかないんだろ?」
「大丈夫だけど、主の騎士にしかなつかないから、他人は乗せてくれないよ」
「主が命令したら大丈夫だろ? 騎士団の竜はしっかり調教されてるって聞いたよ」
「君の竜は? ねえ、ちょっとだけ乗せてよ」
とりあえず私はだまってようすを見守る。トトー君はあっさりうなずき、私たちをカル君のところへ連れていった。こんにちは、カル君。
カル君も大分成長した。もう大人の竜とほとんど変わらない大きさだ。でも中身はまだやんちゃ盛り。大人の竜なら知らん顔するところを、好奇心いっぱいの目で近寄ってきた人間たちを見ていた。
「動くな。じっとしていろ」
トトー君が首筋を優しく叩きながら命令する。カル君はちゃんと聞き分けて、地面に伏せたままじっとしていた。
どうぞと言われてまずルーフィが飛びついた。大きな地竜の背中にちょっと苦労してよじ登る。すぐにニノイも後に続いた。身体だけは立派な男二人を乗せても、カル君は嫌がるそぶりもなく平然としている。地竜は本当に力持ちだ。
「うーん、馬より安定感がある?」
「大きいもんね。立ったらもっと高くなるだろ?」
「よーし、立て! はい!」
ルーフィが両足で軽くカル君のおなかを蹴った。しかしカル君は動かない。主に命じられたまま、伏せの姿勢を崩さない。
「あれ? 竜にはどうやって指示するの? こう?」
今度は首の付け根のひだを引っ張った。それはよくないんじゃないのかな。竜が嫌がるよ。
けれどカル君は偉かった。抵抗もせずじっとしている。主がそばにいて、じっとしていろと命じたから、変な連中が背中に乗ってはしゃいでいても我慢しているのだ。賢い、いい子だ。
「なんだよ、全然動かないぞ」
「ねえ、どうやったら動かせるんだ? 命令してよ」
ニノイがトトー君に頼んだ。榛色の瞳が二人を見上げる。
「いいの?」
「やってやって。竜で駆けるの憧れだったんだ」
……馬鹿どもめ。
私はなにも言わなかった。全面的にトトー君におまかせしていた。トトー君はうなずき、再びカル君の首筋を叩いた。
「いいぞ、動け」
その言葉を待ってましたとばかり、はじけるようにカル君が立ち上がった。「うわっ」と悲鳴が上がのもうっとうしいとばかり、ぶるりと大きく身震いする。双子は必死にしがみついた。
「わわわ、落ちる!」
しぶとい、と思ったかどうか、今度は跳ね出した。びょんびょん飛び跳ねながら、前に後ろに身体を傾ける。うっとうしいの半分、いたずら半分だな。気に入らない人間を見事に振り落とし、カル君はそのままとっとと逃げて行った。
どっと周囲から笑いが上がる。なりゆきを眺めていた騎士たちが、二人を指差して大笑いしていた。
「……なんだよ!」
ニノイが顔を赤くして身を起こした。ルーフィはまだ痛みにうめいている。変な落ち方はしていなかったから、怪我はしていないと思うけど。
「お前、わざと暴れさせたな!」
「別に……言ったじゃないか、竜は主にしかなつかないって。ほかの人間が乗ったら嫌がるんだよ」
「お前がちゃんと命令していればよかっただろ! 俺たちを馬鹿にしようと、わざと暴れさせたんだろ!」
「動かせと言ったのはそっちだよ」
「暴れさせろとは言ってない!」
「悪かった。カルが嫌がって暴れるだろうって、先に言っておけばよかったね」
白々しくも表情は変わらないまま、トトー君は言う。わかっていてわざと黙っていたのだから、まあ彼も少しは悪い。ほんのいたずらだけどね。
謝られて、まだおさまらない顔をしながらもニノイは黙る。その横でようやくルーフィも立ち上がった。
「……竜騎士は思い上がってるって聞くけど、本当だな。人をこんなに馬鹿にするなんて。大兄だったら絶対にしないぞ、あんなこと」
いやあ、どうだろうね? 似たような状況なら、イリスだっていたずらしそうな気がするよ。男にはけっこう容赦ない人だからね。
「思い上がるつもりはないけど……ひよっ子相手にへりくだる気もないかな」
トトー君も意外に容赦ない。いや、知ってたけど。おっとりぽやんとしていても、中身は厳しい人だから。言うことは結構きついから。
「ひよっ子、だと」
「……年下のくせに、偉そうに」
うん、まあ、これが年長の騎士相手だったらその通りだ。でも君たちがひよっ子呼ばわりされるのは当然だよ。
相手が竜騎士であることを考えればわかりそうなものなのにねえ。厳しい選抜をくぐり抜けるためには、訓練を重ねて高い実力を備える必要があるわけで、それなりのキャリアがあるはずだとなんで気付かないのかね。
見た目だけで判断しているからこうなる。素直で単純な性格が悪い方向へ作用した例だね。
「そんなに立派な口が利けるなら、さぞ腕が立つんだろうな。見せてもらおうじゃないか」
「手合わせを申し込む!」
威勢よく放たれた言葉に、見ていた全員がそろって呆れ返った。もちろん私も呆れた。アホか、こいつら。
腕が立つんだろうって……立つに決まってるじゃないか、竜騎士だよ! 誰に向かって言ってるの。
一人、変わらない表情のまま、トトー君は聞き返した。
「いいけど……何で?」
「もちろん剣で!」
答えるニノイは既に腰の剣に手をかけている。こら待て、真剣で勝負する気か。
「……ラムサ、練習用の剣貸してやって」
トトー君は近くにいた騎士に声をかけた。大きな肩をすくめ、ラムサさんはすぐに刃先をつぶした剣を二本持ってきてくれた。ニノイとルーフィに一本ずつ渡される。
「なんだよ、俺たちにだけこんなの持たせて、そっちは何を使う気だ?」
「これでいいよ」
トトー君はさっきから持っていた棒を示した。剣より少し短いくらいの、木製の棒だ。ゆがみなくまっすぐに作られ、表面もなめらかに磨かれている。片手で握るのにちょうどいい太さで、多分あれも武術用なのだとわかっていた。棒術っていうのかな。そういう訓練もするんだね。トトー君が剣以外を使うところって、そういえば初めて見るかも。
「そんな棒で? 俺たちの相手をするのに剣なんて必要ないって言いたいのか」
ニノイがますます顔を険しくする。
「剣も棒も変わらないよ……そっちも練習用の切れない剣なんだから、一緒だろ」
「そう言うんならかまわないけどな。後から文句言うなよ」
もうここまで来ると、周りはみんな冷やかし気分だ。トトー君相手に双子がどれだけ頑張れるか、にやにやと面白そうに見物している。私は三人から離れて、休憩用に置かれた丸太に腰かけた。座れるのはいいけど日射しが辛い。帽子と日傘でブロックしても、くらくらしそうな暑さだ。
二人とも似たような馬鹿だが、若干ニノイの方が血の気が多いようだった。先に自分がやると踏み出す。いつもそういう順番になるのか、ルーフィはだまって譲っていた。
気負うようすもなく立つトトー君に、ニノイが打ちかかる。はじき返されるかと思いきや、トトー君はわずかに身体を動かしてかわすだけにとどめた。
「――はっ」
大きく空振りしてもすぐさま体勢を戻し、ニノイは続けて攻撃を繰り出す。そのどれもを、トトー君はひょいひょいとかわし、たまに軽く打ち返していた。
「なんだよ、真面目にやれよ!」
「やってるよ……動作がいちいち大きいね。無駄が多くて、隙を作ってるよ」
正面から打ち下ろされた剣をはじき返すと同時に、トトー君は足も動かした。まったく注意を向けていなかった足元をきれいにすくわれ、ニノイはひっくり返った。
「……っ、なにするんだ!?」
「隙があるって言っただろう。そこを攻められるのは、当然」
転がったまま抗議するニノイに、トトー君は蹴りを繰り出す。あやうくよけたニノイは、信じられないという顔になった。
「何やってる、今は剣の勝負だろう!」
「剣を使うからって、他の攻撃がないとは決まってないよ……そんな油断してのんびり座り込んでいたら、とどめを刺されるよ」
言いながらトトー君は棒を振るう。顔と声だけはおっとりしているけれど、攻撃は容赦ない。ニノイはなんとか間一髪でかわした。
しかしトトー君の攻撃は止まらない。さらに打ち込まれて、ニノイの手から剣が弾き飛ばされた。
呆気にとられるニノイにかわって、ルーフィが憤然と前へ出た。
「あきれたな、そんな卑怯な反則技ばかり使うなんて。それが竜騎士のやり方か?」
「反則じゃないよ、普通だよ」
「ほざくな! そっちがそのつもりなら、遠慮なくやってやる!」
待てのできないお馬鹿ワンコでも、血統書つきのお上品な育ちだからね。彼らは剣の勝負と言えば剣だけを使い、他の攻撃は一切ないものと思っていたらしい。
トトー君の方が普通だと思うのは、実戦を見たことのある人だけなのかな。命のやりとりをする戦いの場では、卑怯もへったくれもない。とにかく敵を倒して生き残らないといけないのだから。相手の隙はガンガン突いていくし、使える手はなんでも使う。そうした戦い方が許されないのは、戦闘ではなくスポーツ武道だ。
騎士団は部活じゃないんだよね。
息巻いて飛び出したルーフィだったが、結果は言うまでもない。ニノイ同様簡単にあしらわれて、あっという間に剣を取り落としてしまった。
愕然とする彼らだが、悠長に驚いている暇はない。相手に武器を落とさせても、トトー君はそれで攻撃を止めなかった。逃げるルーフィにどんどん攻撃を続けて追い詰めていく。
「ちょ……っ、待てよ、こっちは剣を失くしてるのに!」
「だから?」
ルーフィに打ちかかった棒をくるりとひらめかせ、次の瞬間にはニノイへ向ける。矢継ぎ早の攻撃が右に左にと繰り出される。悲鳴を上げながらもかろうじてまともにくらうのは避けていられるのだから、実は双子もけっこうすごいかも。
ま、トトー君が手加減しているからだろうけどね。アルタと勝負した時とは全然迫力が違う。いたってのんびりした雰囲気だ。
「やっ、やめ……って、おいぃっ!」
「卑怯者ーっ! 武器を落とした相手にいつまで攻撃する気だよ!」
「武器を落としただけで死んでない。戦いはどちらかが死ぬまで終わらないよ」
「死ぬって、殺す気かーっ!?」
さんざんにいたぶった後、トトー君はそれぞれの胴に一撃をお見舞いした。もちろん、十分に加減して。気を失うこともなく元気に痛がっていられるのだから、大したダメージではないだろう。
「実戦なら殺す。これは手合わせだから、参ったって言えば死んだことになるんだよ。言わないで逃げ続けるなら、勝負を継続するという意志表示だ。だから攻撃を止めなかった」
「そんな……」
「イリスから教わってない? 竜騎士団以外でも同じだよ。審判のいる試合なら、剣を落とした時点で判定が下されただろうけどね」
汗だくの二人を息も乱さずトトー君は見下ろしている。双子ががっくりとうなだれたのを見てから、私は立ち上がって彼らのもとへ行った。
「二人とも、トトー君に言うことは?」
「え……」
けげんそうな目がこちらへ向けられる。私は怒っているよと示すため、冷たく彼らをにらんだ。
「さっき、色々と言ったわね? あれがどれだけ無礼な態度と発言だったか、まだ理解できていない? こうして相手をしてもらっても、まだトトー君を見下すつもり?」
「う……」
「うう……」
男の子らしい意地とプライドがある一方、負けは負けと認める素直さもある。束の間うなっていた彼らだったが、そろってトトー君に謝った。
「ごめん、なさい」
「俺たちが間違ってました……」
はい、よくできました。私はうなずき、トトー君を見る。勝って得意気でもなければ相手を馬鹿にするでもなく、いつもどおりの調子でトトー君は言った。
「間違っていたというより、知らなさすぎた、かな……どんな新米でも、騎士を名乗る者が君らに負けるほど弱くはないよ」
なにげにきつい一言に、さらに二人がへこむ。私はちょっと疑問に思って尋ねた。
「この二人って弱いの? 一応、前に賊から助けてくれたことがあるんだけど」
トトー君は考えるように首をかしげた。
「……見習い程度の実力はあるかな……叙任されるためには、もっと頑張らないといけないね」
わあ、忌憚のないご意見ですこと。
そうか、あの時の賊は大して強くなかったんだな。そして楽勝とはいかず、けっこう手こずっていたから、なるほどこの二人の力量も推して知るべし、と。
「見習い……」
辛口の評価に双子は衝撃を受けている。鼻っ柱を見事にへし折られて、いいざまだ。ちょっとだけ可哀相……とは思わない。現実を知ることができたのはいい経験だったじゃないか。
「それなりに訓練してるんだねってことでしょ。少なくとも、あの時私を助けてくれたくらいには強かったんだから、そう落ち込まなくてもいいじゃない。全然戦えない人よりは強いわよ」
「……一瞬誉められてるように聞こえるけど、それ当たり前の話だよね」
「なぐさめてるのか追い討ちかけてるのか、どっちだよ」
はげましてやったのに文句が返ってきた。はて、何がご不満なのだろう。わがままな連中だ。
騎士たちがぞろぞろと集まってきて周りを囲んだ。でかい連中が壁を作って、ちょっとうっとうしい。
「イリス様の弟にしちゃ、ずいぶん弱っちいなあ。もうちっとねばれるかと思ったぜ」
「威勢がいいだけで、てんでヘタレだったな。本物の剣を提げるのは、坊ちゃんたちにはまだ早いんじゃないのか」
「まあ若様のたしなみとしちゃ、上出来でないの? イリス様の方が貴族の若様としておかしいんだよ」
ゲラゲラ笑われて、二人は悔しそうに唇を噛んでいる。うん、頑張れがんばれ。このくやしさを糧に、レベルアップを目指せばいいじゃないか。男なら意地を見せてみろ。
「みんなイリスの弟が来るって知ってたの?」
「ああ……今朝イリスが来て、頼んで行ったから……多分弟たちが来て迷惑かけるだろうから、遠慮なくしばき倒してやってくれって」
トトー君の言葉に、ニノイとルーフィはこれまででいちばんのショックを受けて叫んだ。
「大兄ひどい!」
「大兄のばかー!」
ここまでを見越してイリスはトトー君に頼んで行ったんだね。そら見ろ、あんたたちのお兄ちゃんも容赦ないだろう。
「はいはい、いつまでもぐずってないで。それより、あなたたちまだ一度もちゃんとトトー君に挨拶してないわよ。やり直しやり直し、ほら立って」
私は二人を急かして立ち上がらせた。
「挨拶……してなかったっけ?」
「聞いた覚えはないね……」
「あー……ごめん。ちょっと興奮してて。えっと、ニノイ・アルウィン・フェルナリスです。……今さらだけど、初めまして」
「ルーフィ・メイスン・フェルナリスです。トー……トトー? って、大兄の友達なの?」
お調子者だけど立ち直りが早いのは彼らの長所だ。もうけろっとしてトトー君に好奇心を見せている。
「友達であり、同僚でもある」
「同僚?」
「同じ竜騎士だから?」
それならここにいるみんなが同僚だ。まあそれも間違いではないかもしれないが、ちょっと違う。
「同じ隊長だからよ。トトー君は地竜隊長。飛竜隊長のイリスと、あと騎馬隊長のザックスさんって人の三人で、竜騎士団のまとめ役をしているの」
私の説明に二人はふーんとうなずいた。どうやらすぐには理解できなかったらしい。少しのタイムラグの後、「はぁっ!?」とトトー君を二度見した。
「隊長? え、隊長って、隊長!?」
「地竜隊長!?」
騎士たちはニヤニヤ。トトー君は鉄壁のポーカーフェイス。そして私はにっこりと微笑んで、答えてやった。
「そうです、隊長です。ちなみに剣術の腕前はイリスより上です。あなたたちが逆立ちして空中二回ひねり三回転してもかなわない人です」
目と口を限界まで大きく開いて、二人はまじまじとトトー君を見つめる。ふたたび、騎士たちの間からどっと笑いが起こった。
「……先に言えよーっ!!」
「言ったら面白くないだろう」
おっとり無表情なトトー君も、実はちょっぴり意地悪を楽しんでいたのだった。




