嵐は突然に 《1》
イリスの故郷から帰ってきてしばらくは、特に大きな出来事もなく、私は穏やかな日常を過ごしていた。
未来のお義母様たるフルル夫人から、早く結婚するようせっつかれているが、もう少しゆっくり準備させてほしいと断っている。私としては、できることなら結婚は来年以降にしたいのだ。本当の希望を言えば三年後。メイが帰ってくるまで待たせてほしい。
それが無理だとしても、フルル夫人の言うように年内挙式は勘弁してもらいたかった。
やはりすぐに結婚したがっているイリスには、精一杯説明してなんとかわかってもらった。
この世界へ流れ着いてから、やっと一年が過ぎたばかりだ。一年の間に、それはもういろんなことがあって、特に後半は戦争まで起きて、怒濤の日々だった。それらが落ち着いて、私もここでの生活になじんで、ようやくのんびり穏やかに暮らせるようになったのだ。もうしばらくは、この一の宮でお父様たちと一緒にいたい。せっかく家族になったのに、ろくに落ち着かないまま結婚して出て行くなんて、なんだか残念すぎて。
もちろんイリスとの生活が嫌なわけじゃない。新しい暮らしにいろいろ夢を描いたりもする。でも結婚すればこの先ずっと、一生続くことなのだから、あわてなくてもいいと思うのだ。今だって会おうと思えばいつでも会える。三日と顔を見ないことなんてないのだもの。私は現状で特に不満はなかった。
そう言うと女官のミセナさんから、いたく不思議そうに聞かれた。
「好きな方とずっと一緒にいたいとは思われませんの? せっかく想いが通じて、婚約までしたのですから、早く結婚したいと思うのが普通ではありません?」
……そんなものかな。それが普通だとしたら、私はやっぱり変な人間なんだね。
「結婚が嫌ってわけじゃないんです。それも楽しみですよ。でも結婚したらここを出て、お父様たちとは離れなきゃいけません。それが寂しくて……」
と、ちょっと甘えて言ったら、お父様が大賛成してきた。
「そうだな、チトセはまだ十八になったばかりだ。結婚には少々早かろう。急ぐ必要はない、今は婚約だけでよいではないか」
狙いどおり、あっさり味方にできたね。ふっ、ちょろい。
公王がこう言えば、誰に逆らえようか。フルル夫人も仕方なく折れてくれ、しばらくは現状維持が決まった。
もちろん、結婚準備は進めていく。でも挙式の日取りはまだ未定だ。今の私は、いわば花嫁修行期間。
いつかは親離れしなきゃいけないって、わかっている。別に遠くへ行くわけじゃない。王宮内の、別の建物に移るだけだ。味噌汁の冷めない距離とまではいかなくても、今日は晩ご飯食べにきなさいよって言えるくらいの距離ではある。それで寂しいとか甘ったれているにもほどがあると、自分でも内心ツッコミを入れてしまう。しまうんだけど、寂しいものはさみしいんだから仕方ないじゃないか。
「ようするに、親より一緒にいたいと思ってもらえるようにならなきゃいけないわけか。頑張るしかないな」
苦笑まじりにイリスはため息をついていた。すみませんね、甘ったれで。別にイリスよりハルト様の方が好きってわけじゃないんだよ。それぞれへ向ける「好き」はまったく別のもので、同じ基準では比べられない。
今わがままを言うのは、いずれイリスと一緒に暮らすという予定があるからこそだ。だから安心して甘えていられる。そうじゃなければ、多分私はイリスの方を取っていただろう。
「わがままばかりで愛想が尽きた?」
待たせてばかりでは、いずれ愛想を尽かされるかもしれない。そう考えることもある。少しだけ不安になって聞けば、軽く頭を叩かれた。
「わがままなのも甘ったれなのも、最初から知ってる。それで愛想を尽かすようじゃ、とても君とは付き合えないな」
……む。事実かもしれないが、なんだか複雑だ。
「そういう君を好きになったんだから、あきらめるしかないな……いや、結婚を諦めるとは言ってないぞ。早くその気になってくれるよう、努力するさ」
「そこをあきらめられちゃ、私も困るわ」
くすくすと笑い合う。彼の優しさにいつまでも甘えてはいけないと、自分に言い聞かせて。
来年か再来年。そのくらいには結婚しようと、口には出さず決心した。
そんなわけで、結婚準備はしつつも日常を過ごしていたある日のこと。
施療院の視察から帰ってきた私は、二の宮の入り口で妙な騒ぎが起きていることに気付いた。
周りの人が足を止めて注目しているので、なにごとかと私も入り口へ向かいながら目を向ける。見えてきたのは、警備の騎士ともめている旅装の二人だった。
「なんで入っちゃだめなんだよ。こんなとこで止められる筋合いないぞ」
「君たち何の権限があって邪魔するわけ? 親戚に会いに来て他人が邪魔するとかわかんないんだけど」
……聞こえてきた声に、ものすごーく嫌な予感がした。この声、どこかで聞いたような。割と最近に。それにあの後ろ姿、どこかで見たような。けっこう最近に。
先へ進むのが嫌になった。回れ右したいが、私の家はあの先だ。どうしたってそばを通るしかない。
それ以前に、あの騒ぎを無視するわけにもいかない。
私は息を吐いて、一度止めた足を再び動かした。
「だから、面会の約束か紹介状がないならば通せないと言っている」
「馬鹿言うなよ。君さ、自分の親戚んちへ行くのに、わざわざ紹介状持っていくの? 誰に紹介してもらうってのさ」
「約束してなくたって別にいいだろ。他人じゃあるまいし、なんでそこまでうるさく言われなきゃいけないのさ」
「……せめて、身元証明を」
「君にそんなの見せる必要ないよ」
すぐ後ろまで近付いて、私は少し考えた。頭をどついてやりたいところだが、相手は私よりずっと背が高い上に階段の上側に立っているので手が届かない。ジャンプして叩くというのもかっこ悪いし、それで威力が出せるとも思えない。
――しからば、こうだ。
「うわっ」
「だっ」
近衛騎士相手にもめていた二人は、私の蹴りをくらって悲鳴を上げた。膝から崩れ落ちて、したたかに階段にぶつける。
「いってーっ!」
膝カックンのちょっと荒っぽい版だ。危ないから真似をしてはいけない。こういう馬鹿相手以外にはね。
「誰だよ、いきなり!」
怒った顔で振り向く二人を、私は腰に手を置いて冷たく見下ろした。
「ごきげんよう、お二人さん。こんなところで顔を見るとは思わなかったわ」
「……あれ、ティトシェ?」
「あ、本当だ、ティトシェだ。わぁ、ひさしぶり! 元気だった?」
「相変わらず細いなー、ちゃんと食べてる? 王宮ってごはんも満足に食べさせてもらえないの?」
子犬のように目を輝かせて見上げてくる若い男たち。イリスの三人の弟たちのうち、年少組の二人だ。蜂蜜みたいな濃い金髪が、ほとんどストレートなのが双子の兄のニノイ、巻き毛で元気に飛び跳ねているのが弟のルーフィ。二卵性で瓜二つとまではいかず、見分けは容易につく。兄たちとちがって彼らは父親似で、やんちゃそうな男っぽい顔だちをしている。でも能天気そうなところは長兄に似ているかな。
「そんなわけないでしょう。暑くて食欲が出なかったの。たんなる夏バテです」
ニノイの馬鹿な質問に答えながら、私はまだ座り込んだままの彼らの頭を順番にはたいた。
「いてっ、なんだよ」
「ていうかさ、さっき蹴ったのも君?」
ごちゃごちゃ言うのにはかまわず、私は問いかけた。
「どうしてここにいるの? そんな予定があったなんて、全然聞いてないんだけど。イリスには連絡していたの?」
二人は一瞬顔を見合わせ、てへっと笑った。
「連絡はしてない。大兄をびっくりさせようと思って」
「先に飛竜隊へ行こうかとも思ったんだけどね、やっぱまずは陛下にご挨拶してからかなって考え直して、こっちへ来たんだ」
考え直すならまずお宅訪問の際の礼儀から考えろよ。
私は頭を抱えたい気分だった。こいつら、本当に私よりひとつ年上なんだろうか。見た目はほとんど大人なのに、中身は中学生並みだ。ジュール卿とフルル夫人は末っ子たちをどう教育してきたんだろう。ローシェン生まれのローシェン育ちのくせに、なんなんだこの非常識ぶりは。
こんな、汚れてヨレヨレの格好で、約束もなしに押しかけて公王に面会を求めるなんて、いくらなんでもありえない。親戚だからとかそういう問題じゃないだろう。
相手が王様じゃなくたってね、普通の庶民家庭でもね、よその家へ行く時には先に連絡くらいしたし、汚い格好で行くなんて考えもしなかったよ。それが普通じゃないの? 隣近所に住んでいて家族同然っていうならともかく、滅多に会わない親戚ならもっと気を遣うでしょうが!
「事前の連絡もなしに突然おしかけて、公王に会えるわけがないでしょう。不躾にもほどがあるわよ」
私が眉をひそめて言うと、ふたりは不服そうに口をとがらせた。
「えー、だって身内じゃんー」
「いとこなんだからさ、そんな堅苦しいこと言わなくてもいいだろ」
「……すみません、このふたりを拘束していただけますか」
めんどくさい。私は早々に見切りをつけて、近衛騎士たちに頼んだ。
「『緑の宮』へ連れていってください」
先程まで双子と言い合っていた騎士が、ぎょっとした顔になった。
「それは、牢の名ですが……」
「ええ。そこへ放り込んでください」
もちろん知っていますよ。私はにっこり笑ってうなずいた。
「なにそれ! なんで俺たちが牢に入れられなきゃいけないんだよ!」
ルーフィの抗議を無視して、とまどう騎士たちをうながす。一応王女ですからね。強く言えば騎士たちは私に従い、ふたりを捕縛してくれた。
「え、なんで!? ねえなんで!?」
「俺たち何か悪いことした!?」
やかましい抗議は無視だ。牢にしっかり放り込むよう指示し、連行されていくのを見送った。残っていた騎士に飛竜隊への連絡を頼み、私はハルト様の執務室へ向かった。
執務中にお邪魔したことを詫びてから状況を伝える。イリスの弟たちが突然やってきたことに、ハルト様も驚いていた。牢へ入れるよう指示したと言うと、さらに複雑な顔になってうなる。
「そこまでせずとも、よいのではないか?」
「あの二人にはこのくらいでいいんですよ。どうせちっとも懲りていませんから」
軽いいたずら気分で森に置き去りにされたことはまだ記憶に新しい。その後のトラブル込みで、私はしっかり根に持っている。償いをさせて赦してはいるが、あいつらが考えなしの悪ガキだって認識は捨てていないぞ。どうせ今も反省なんかしていないだろう。
「とにかく、会いに行こう。これだけ片付けてしまうから、少し待っていなさい」
「別に急がなくてかまいませんよ」
手元の書類を大急ぎで処理しようとするお父様に言う。報告をしに来ただけで、呼びに来たつもりはない。あのふたりには、一晩くらい牢屋で頭を冷やさせてもいいくらいだ。
「そういうわけにはいかん。一応わが従弟だからな」
ハルト様は苦笑して首を振った。急ぎの仕事だけ片付けて、私と一緒に執務室を出る。近衛騎士に案内されて牢へ向かえば、ちょうど駆けつけたイリスと行き合った。
「うちの弟どもがご迷惑をおかけしておりますそうで、申しわけございません」
「いや、たいしたことにはなっておらぬが、チトセが牢に入れさせたそうでな」
「話が通じないんだもん。あのまま人前でもめ続けるのもみっともないし、ちょっとお仕置きもしてやろうと思って」
イリスは肩を落としてうなずいた。
「それでいいよ……もっとも、懲りてはいないだろうけど」
あなたもそう思いますか。さすがお兄ちゃん、わかってるね。
ニノイとルーフィを入れさせた牢は、二の宮エリアの少しはずれた場所にあった。完全に独立した建物もあれば山と一体化している建物もある中、ここは人工物の割合が極端に少ない。建物部分は入り口付近だけで、鍵のかかる扉を三ヶ所通った奥に坑道のように掘って作られた空間が伸びている。囚人の居室は闇の向こうだ。真夏の今でも、中へ踏み込めばひんやりと涼しい。
ここ三十年ほど使われてはいないらしいが、かつては重罪人や外に出られては困る人間などを入れておく場所だった。いろいろ逸話があるんだよ。精神を病んで残虐な命令を出すようになった王が臣下によって捕らえられ、幽閉されたとか、王である兄をひそかに襲い、ここへ閉じ込めて兄のふりをして王座についた双子の弟がいたとか。ローシェンの歴史にもなかなかドロドロした話が多い。
「前にアルタが聞かせてくれた怪談の主役王子も、西の離宮じゃなくて本当はここに幽閉されていたんだって」
周りの騎士たちが持つランプが、山の中に掘られた通路を照らす。壁に伸びた影が、ゆらゆらと蠢く。
「足枷の鎖を断ち切るはずが自分の足を切ってしまって、血を流しながらこの廊下を這って逃げたのよね。そういえばこの辺、なんか不自然に黒っぽくない?」
「……チトセ、そういう解説はよい」
「なんでそんなに楽しそうなんだよ」
ハルト様とイリスが情けない声を出す。王様と騎士隊長が何を怖がっているんだか。おや、騎士のみなさんも、どうかしましたか?
「面白くない? ここが怪談の現場かと思うと、わくわくしてくるじゃない」
「しないよ! それの何が面白いんだよ!?」
「ここはもう使われてはおらぬのだが……なぜわざわざここへ入れさせたのだ。拘束するだけならば、他の場所でもよかったではないか」
甘いことを言うお父様に、私は首を振った。
「あの二人には、このくらい厳しくしないと効果がないんです。ねえ、イリス?」
「……そこは認めるが、本当に容赦ないな……」
静まり返った通路に、私たちの声と足音が響く。それを聞きつけたらしく、前方から騒ぐ声がした。
「大兄! 大兄助けて!」
「わあぁん、もうやだここから出してー!」
久しぶりに客人を迎えた牢の前の壁に、細いろうそくが一本だけ立てられていた。もう大分燃えて半分以下になっている。あれが尽きれば完全な闇になってしまう。先にここの逸話をしっかり聞かせておいてやったから、待っている間さぞかし楽しめたことだろう。
「大兄ー」
半泣きで鉄格子にすがる双子の姿に、イリスは脱力しつつ怒るという、なんとも複雑な顔になった。
「……この、馬鹿どもが」
「大兄、ここから出してー」
「ここやだ怖いよ。なんか変な音が聞こえるんだよ」
「向こうに絶対何かいる。ろうそくの炎が揺れるんだ」
風だよ。通気孔があるから、そこから風が入り込んでいるんだよ。
龍の加護を持つ私には、明かりがなくても通路の奥が見通せる。残念ながら怪物の姿はない。
「俺たち遊びに来ただけなのに。なんでつかまるのさー」
イリスの後ろで私とともに眺めていたハルト様が、やれやれと息を吐いた。怒った顔はしていないけれど、かなり呆れているようだ。
「たしか、以前会ったのは十年ほど前だったか……見違えるほどに大きくなったが、中身は少しも変わらんな」
「お会いになったことがあるんですか」
「一度だけな。まだ彼らが小さかった頃に、父親に連れられて来たことがある。無邪気なようすを、あの頃は微笑ましく見ていられたが……」
そのまま図体だけ育ったわけですね。たしかにもう微笑ましいとか言っていられないな。
「……本当に申しわけございません」
沈痛な面持ちで、イリスはまた謝った。
「甘やかしていた自覚はありますが、ここまで馬鹿に育っていたとは……教育不足とご無礼をお詫びいたします」
「うむ、まあ、たしかに身内だ、そう深刻にとらずともよいが……彼ら自身のために、もう少し社会常識は身につけさせるべきだな」
「はい」
私は不思議に思ってイリスに尋ねた。
「甘やかしていたって、どういうこと? イリスはそういうタイプじゃないと思ってたけど。弟たち相手なら殴るとか前に言ってたじゃない。じっさい殴ってたし」
叱るべき時は叱る人だ。私にだって容赦ない。まして相手が男なら、口で言うだけでなく鉄拳制裁もついてくる。そんなイリスが甘やかしたなどと言うのが不思議だった。
困った顔でイリスは頭をかく。
「生まれてから数年は毎日死にかけてたからな……どうにか育つようになっても、小さい頃は弱くてすぐ寝込んでたし。それでつい、両親も僕らも、甘くなってしまって」
「……ああ」
なんとなくわかって、私はうなずいた。今じゃこんなに立派に育ったけれど、昔は本当に虚弱だったらしい。末っ子たちの体調に毎日はらはらしていた家族や使用人たちは、元気にいたずらをしてくれるくらいがうれしかったのだろう。
もうひとりの弟、イリスのすぐ下のレイシュも、自分から両親を取り上げた弟たちに複雑な思いを抱きつつ、兄としての情もちゃんと持っていたらしい。なんだかんだ言って優しい人だから、病弱な弟たちをかわいそうに思ってもいたのだろう。
そうやって周り中から大事にされ、好き勝手するのを許されてきた結果が今のコレか。なんとなく他人事じゃないような気がして、私は追及するのをやめた。家族に甘やかされてわがまま放題に育ったって、それすごーく心当たりがあるなあ。あんまり偉そうなこと言えないなあ。
「初めに甘やかしたのがいけなかったとはわかってる……叱られても懲りないっていうか、堪えないっていうか、全然通用しなくなっちまって。丈夫になってからはけっこう殴ってきたんだけどな。それでも少しすれば、すぐけろっと立ち直るんだ」
それは、本気で敵意を向けられているわけじゃないからだよ。
私だって祖母や両親によく叱られた。でも家族だから、それで見放されるとか思うことはなかった。根底に甘えがあるんだよね。
それに加えて、この二人には生来の楽天的な明るさがあるのだろう。殴られてもいじけたりしないで、すぐ忘れてしまうのだ。そこは実にイリスの弟らしい。
「田舎で暮らしてる分には問題ないんだけど、これで王宮には出せない。だからハルト様とユユ妃のご成婚時も留守番させてたんだ。今回だって、父上が許可したとは思えない。多分無断で飛び出してきたな」
じろりとにらまれて、双子たちは牢の中で首をすくめた。
「だって……俺たちだって、都に行きたかったもん」
「レイ兄に頼んでも、遠いからって連れてってくれないし」
「大兄は一度出て行ったら年単位で帰ってこないし」
「俺たちもう十九なんだし、別に連れてきてもらわなくても自分で行けるって証明したかったんだ」
なんと、彼らは従者も連れず二人だけでウルワットからエナ=オラーナまでやってきたらしい。ほとんど家出だ。街道があるから迷子にはならなかっただろうけれど、田舎から出たことのない坊ちゃんズがよくも無事にたどりついたものだ。
道中なにごともなかったのかと問われ、彼らはあっけらかんと答えた。
「お金がねー、途中でなくなっちゃって」
「小遣い全部持って出たのにな。宿に泊まったり食事をしたりするたびにお金取られるんだよ。びっくりした」
いや、普通だろう。そこでびっくりする君らにびっくりだよ。
「田舎育ちだから……地元じゃ、どこでも頼めば宿を借りられたし、食べ物も分けてもらえたから」
イリスが苦しくフォローする。それって領内限定だろう。自分とこの若様相手だから、みんな無料で提供してくれたんだよ。よその土地へ行って通用するわけがない。
「つまり、とっても箱入りのお坊ちゃまというわけね」
領地からほとんど出たことがなく、外の世界を知らずに育ってきた。見た目はこんなでも、中身は世間知らずの子犬だな。
子犬は子犬でも、大型犬の子犬ね。自分の図体がでかいことを自覚せず、無邪気に跳ね回ってしゃれにならない被害を出してくれる、アレだ。
「路銀が尽きて、そこからどうやって来たのだ?」
ハルト様が不思議そうに尋ねた。ATMのないこの世界では、手持ちのお金がなくなったらもうそれまでだ。誰か用立ててくれる人でもいない限り、無一文のままで行動するしかない。それでどうやってここまでたどりついたのかと不思議がる私たちに、ふたりは実にイリスの弟らしい答を返した。
「ずっと野宿してました!」
「万一のために非常食はたっぷり荷物に詰め込んでたし、今の時期は野山に実りが多いしね」
「狩りもしたよ。獲った獣を近くの農家にあげて、ほかの食べ物と交換してもらったりもした」
「……世間知らずではあるが、たくましい野性児でもあるな」
もう笑うしかないという顔でハルト様がこぼす。うん、ここは私と大違いだね。私にはとても彼らのような真似はできない。
「やっと王宮に着いて、今夜はお風呂と寝台が使えるって喜んでたのにさー、なんで牢屋なわけ?」
「大兄、早く出してよ」
「今夜はそこで寝ろ。食事は出してもらえるぞ、うれしいだろう。ちゃんと感謝するんだぞ」
「やだやだやだ! こんなとこで寝られない!」
「お願い出して、なんでもするから!」
「ごめんなさい許してー」
出たよ、彼らの決まり文句が。イリスは深々とため息をついた。
「なんでもするなら、ここで一晩反省するくらい簡単よね?」
薄く微笑みながら言ってやれば、双子はおびえた顔で私を見てきた。
「……チトセ、この状況、すごく既視感があるんだけど」
「当然ね、参考にさせてもらったもの」
不気味な牢獄に放り込んでやるというおしおきは、私自身の経験から考えついた。龍の加護のおかげで闇は問題なかったけれど、ひとりでいる時間ちょっぴり背中が寒かったものだ。ニノイたちはひとりじゃないんだから、あの時の私よりはましだったはずだよ。
「仕置きならば、もう十分だろう。まずはここから出して、落ち着いた場所で話をしよう」
ハルト様が言って、騎士たちに二人を出すよう命じた。ようやく解放された双子はイリスに飛びつき、拳骨をくらっていた。
……やれやれ。落ち着いた日々が過ごせると思ったのに、これでまたしばらく騒がしくなりそうだ。
「ところでこの人誰?」
もう立ち直った双子がハルト様を指差す。気付いてなかったのかと全員が絶句し、再びイリスの拳と私の蹴りが炸裂したのは言うまでもない。




