熱き闘い 《2》
関係各所に話を通し、竜騎士団の盛大なる運動会の開催が決まった。
私の説明を受けたアルタは大笑いしながら即答で許可をくれ、ハルト様はやりすぎないように、と釘を刺しつつ許可してくれた。三隊長を集めて改めて説明し、計画を話し合う。真面目なザックスさんには反対されるかと思ったら、案外すんなり乗ってくれたのが意外だった。
「竜抜きの、騎士の実力のみで闘うというところが大変けっこうです。そういう機会は実にありがたい」
なんだかいつもより好戦的な笑顔で同僚たちを見る。イリスは苦笑していた。
「運動会って、何やるんだ? 武術大会とは別なのか?」
「全然別」
私は準備してきた一覧表を三人に見せた。
「なんだこれ……障害物競争?」
「棒倒しって、何?」
「スプーン競争……? 匙で何をするのです?」
三人がそろって首をひねる。書いてきたのは正当なる運動会メニューだった。オーソドックスな徒競走に始まって、おなじみの競技種目をずらりと並べた。綱引きも入れたし運動会と言えば玉入れは外せないよね。面白種目として借り物競争や二人三脚も書いた。スプーン競争は家族参加種目として、騎士たちの身内に呼びかけて出てもらう。騎士たちによる汗臭い闘いの合間に、お楽しみも盛り込んだお祭だ。どうせやるならみんなが楽しめるものがいいからね。
「騎馬戦――これは、模擬戦闘ですか?」
「そうですね、近いですけど本物の馬に乗るわけじゃありません。三人で組んで馬を作り、そこに将役の選手が一人乗るんです。対戦チームの将からハチマキを奪う闘いです。馬が崩れたりハチマキを取られたら脱落。いちばんたくさんハチマキを取ったチームの勝ちです」
「馬役も人間がやるのか。これは息が合わないと大変だな」
「事前に練習しないと無理じゃない?」
イリスやトトー君からの意見にもうなずく。なじみのない種目は練習しないと無理だよね。リレーのバトンタッチもやり方を教えないといけない。いちばん大変なのは多分百足競争だな。
「すべての種目で順位ごとに点数がつき、合計点のいちばん高いチームが勝ちです。隊長以下全隊員が一丸となって闘ってもらいます」
「ちょっと待て、騎馬隊はこっちの五倍は人数がいるんだぞ。ものすごく不公平じゃないか」
「こっちに合わせて、騎馬隊は出場人数を制限してもらわないと」
私はザックスさんの表情を見て、考えた。
「それじゃ出場できない騎士たちが可哀相ね……騎馬隊の中でさらにチーム分けしませんか? チームが多い方が盛り上がりますし」
「それがいいと思います」
ザックスさんはすぐにうなずいた。この人、真面目で紳士的な大人だと思っていたけど、実はけっこうアツい人かもしれない。こういう勝負ごとが好きみたいだ。
「道具とかの準備が大変な種目もあるから、女官や下働きの人たちにも手伝ってもらって、当日はお弁当も必要ね。城の厨房に一任するのは申しわけないから、選手たちのお弁当は各隊で準備してね」
「それはいいけど……」
「で、クロシエル家のウィレム坊っちゃまには、ぜひ目立つポジションで出場してもらいましょう」
リレーのアンカーとか、騎馬戦の大将役とかね。綱引きや棒倒しみたいに、目立たずこっそり手を抜ける種目には出さない。彼の活躍が誰の目にもはっきりわかる種目限定だ。
「……地竜隊が、かなり不利だね」
トトー君がぼそりとつぶやいた。
「そこは公平を期して、飛竜隊には参謀官たちが、騎馬隊には街の有志が加わります」
「ちょっと待て、なんで参謀官!?」
「街の有志とは」
先に相談している段階で、すでに希望者が続出しているんだよね。具体的に言うとマッシュ家の舎弟のみなさんが。デイルもエリーシャさんにいいところ見せようと出たがっていた。
「本人たちの希望です。これでそれぞれハンデ付きになって平等でしょ」
「平等じゃない! マッシュ家の連中はまだしも、参謀官が入るうちはどうなるんだよ!」
だって本人たちが出たがったんだもん。芸達者な人たちだから、案外運動神経いいかもよ。騎馬戦なんてオリグさんにぴったりだ思うけどな。軽いし、攻撃するのをためらわずにいられないから、狙われることが少なそうだ。
「ウィレムが出るのと同じ数だけよ。同じだけ負けても、不公平にはならないでしょ?」
「そう……なのか?」
よくわからないという顔でイリスは首をひねっている。厳密な基準なんていいよ。この運動会の真なる目的は、騎士たちの筋肉――じゃなくて、能力がいかにすごいかを知らしめ、イリスやトトー君がちゃんと実力で彼らの上に立っていること、ウィレムとは大きく差があることを衆目に見せつけるってものなんだから。
しばらく運動会のことは公表せず、準備は内密に進めることにする。その間にウィレムを地竜隊に体験入隊させる。本人には仮入隊と告げ、最終試験終了後に正式に叙勲するということにしておく。すでに入隊が決まっているけど、体裁だけ整えるという向こうの希望どおりの形にするのだ。
今は部外者だから、竜騎士たちが彼に無礼な態度を取れば身分を理由に咎められてしまう。同じ騎士という対等の立場になることが必要なのだ。向こうが対等と認めるかどうかは関係ない。世間を納得させられる言い訳が用意できればいい。
「運動会当日までは訓練も強制しないで、本人の好きなようにさせなさいね。偉そうな態度でも叱らずに、チヤホヤしてやりなさい。わざと勝たせて調子に乗らせるくらいがいいわ。せいぜいおだてて、気分よく出場してもらえるよう頑張ってね」
あのオツムの軽い坊っちゃまなら、周りがチヤホヤヨイショしてやればすぐいい気になるだろう。くれぐれも事前に手厳しくやり込めて反発させないよう注意しておく。トトー君は難儀そうにうなずいていた。
それから一ヶ月ほどして、竜騎士団の運動会が開催された。
うんと広い場所が必要なので、今回の会場は騎馬隊の訓練場だ。私は開始時間よりずっと早くに会場入りして、準備の確認や最終打ち合わせを行った。本日進行役を勤めてくれるのは、王宮侍従団の皆さんだ。本職の人たちだから実に心強い。私の説明をすんなりと理解し、侍従長が采配を振るっててきぱきと担当を割り振ってくれた。各隊にも連絡係を決めさせてあるので、初めての企画でもあまり混乱せずに進められそうだ。
昼前にはお弁当も届く手筈になっている。お弁当と言ってもパンに具を挟んだだけの簡単な軽食だが、何百人分も用意するのだから今ごろ厨房は大忙しだろう。
盛り上げるためには音楽も必要だ。故郷ではポルカやマーチがよく流れていたっけ。こちらにも軽快な音楽があるので、王宮の楽士たちだけでなく街の楽団にも協力をお願いした。見物しつつ交代で演奏してもらう。
そして応援団も続々と到着して、すでに盛り上がり始めていた。大半は騎士たちの身内だが、王宮の職員や話を聞きつけた街の人も、お目当ての騎士を応援しようとやってきていた。
その中にネヴィラ夫人の姿もあるのを、私はしっかりと確認していた。息子の雄姿を見ようと最前列に陣取っている。周りにいる貴婦人たちはとりまきかな。今日までウィレムは地竜隊でさんざん持ち上げられ、ちやほやされまくっていたから、きっとこの会場でも華を持たせてもらえると信じているだろう。実は一気に叩き落とすつもりな私は、少しばかり罪悪感を――覚えないけどね。
私の大切な人たちを侮辱してくれたんだもの。自分たちがどれほど馬鹿な思い込みをしていたか、しっかり思い知ってもらおうじゃないか。
ユユ母様やスーリヤ先生に頼んで集めてもらった、良識派の貴族たちも来ていた。先日のお茶会にもいた、御歳七十歳の王族の奥様も自主的に来てくださった。実は内心ネヴィラ夫人に呆れていたそうだ。この運動会のあとでネヴィラ夫人が騒ぎ立てても、王族から諭されれば黙るしかないだろう。
うん、準備は万端。あとは運動会を楽しむだけ。故郷じゃ嫌いなイベントだったけど、今回は自分が参加しないので気が楽だ。
「これより竜騎士団の大運動会を始める! 選手入場!」
貴賓席に公王夫妻も到着し、アルタが大音声で開会宣言をした。これだけ広いのにマイクなしで響かせられるってすごいな。さすがアルタだ。
楽団の音楽に乗って騎士たちが整然と入場してきた。地竜隊はトトー君、飛竜隊はイリス、騎馬隊はザックスさんやそれぞれのチームリーダーを先頭に行進する。凛々しい姿に応援席から拍手と歓声がわきあがった。いい感じだ。観客の声援がショボいと寂しいけれど、街の人も集まってくれたから実によく盛り上がっている。
教えたシナリオどおりに選手宣誓が行われ、いよいよ競技開始だ。第一の種目は百メートル走――と言いたいけれど、何メートルかは知らない。多分もっと長いコースを一周走るレースだ。
「用意――行け!」
スタート係の近衛騎士が号令をかけるや、第一走者たちが飛び出した。
――速っ!
本部席で見ていた私は、いきなり度肝を抜かれた。
なにあれ、めちゃくちゃ速いんですけど。もしかしてオリンピック級じゃない? あの長いコースをあっという間に走りきってしまった。オリンピック選手より速いかもしれない。一体何秒だったのだろう。タイムを計れないのが残念だ。
次の選手たちも、その次も、みんなあり得ないくらいに駿足だった。さすが騎士だ……というか、多分この世界の人間は基本スペックが違う。便利な文明がなくあらゆることを人力で行うから、私の知っている現代人よりもずっと身体能力に優れている。その中もでさらに強い騎士たちだから、私の目にはみんなが超人だった。
感心しながら次々行われる競技を見守った。初めてのお祭試合に、選手も観客も楽しそうだ。本来の目的は別として、これだけ楽しんでもらえたら企画した方もうれしいね。
私もけっこう楽しかった。綱引きは体格のいい騎士たちの圧勝かと思ったら、飛竜騎士も頑張った。なかなかいい勝負だった。体重差がなければ勝てたかもしれないね。
玉入れでは籠を狙わないで対戦チームに投げつけているのが何人もいた。それじゃ点数にならないよと呆れたけれど、笑いを取っていたからまあいいか。どうせお楽しみ種目だ。
家族参加のスプーン競争では、可愛い子供たちの奮闘が見られた。そうだよね、こういうのって子供はやりたがるよね。それでみんな子供に出場権を譲ったらしい。参加賞にお菓子を用意しておいてよかった。
ちっちゃい子たちに和んだ後は、騎士たちによる本気の勝負の再開だ。障害物競争では私の知っているものより遥かにハードな障害が用意されていた。騎士たちが普段訓練で行っていることを取り入れたらしい。大きな樽を抱えて走った後、何の助けもなく腕だけの力で縄を登り、次の壁はわずかな窪みや出っ張りを手がかりに登る。最後は大きな錘を引っ張ってゴールインだ。うん、私なら最初の障害で脱落だな。
そのレースに、ウィレムが登場していた。
周りがわざと自分にペースを合わせ、最後は負けてくれる接待試合を期待していたのだろう。スタートするまでは余裕の表情だった。
そしてスタートしたとたん、置いて行かれて目を丸くしていた。同じレースに出た騎士たちは、彼におかまいなしに全力で走り障害にとりかかった。あわててウィレムも必死にあとを追う。幸いにも力が足りなくて障害をクリアできないなんてことはなかった。どうにか縄も壁も登った。でも遅い。他の選手に比べてあまりに遅すぎる。彼が半分の障害をクリアする頃、他の選手はすでに最終コースにさしかかっていた。
多少遅れるくらいならまだしも、もう一レースできるくらい時間をかけてゴールした彼に、笑いすら起きない。なぐさめるような拍手が起きて終わった。
怒りと羞恥にウィレムは顔を真っ赤にしていた。ネヴィラ夫人も目を剥いていた。うむ、これは実に露骨ないじめだ。こんな勝負を仕組んで恥をかかせるなんて、ひどい話だね。
「……さすがにちょっと、気の毒ですね」
事情を知っている侍従長の言葉に、私はうなずいた。
「本当ですね。ここまで差があったとは。彼を竜騎士にするのはあまりに気の毒すぎますね。あれじゃ訓練で死にますよ」
なんとも言えない視線を向けられる。何か疑問が? 正式に入隊したら身分なんて関係なくしごかれるよ。あの体たらくで耐えられるとは思えない。なのに入隊させようなんて虐待だろう。ひどい話だ。
次の組にはハンデ要員の参謀官とマッシュファミリーがエントリーしていた。騎士たちには到底およばずビリ争いをしていたが、当人たちも周りも楽しそうだったのでよしとする。
ここにウィレムも入れてあげれば、あそこまで気まずい雰囲気にはならなかったんだけどね。でも彼には笑いでお茶を濁してやるつもりはない。落とす時は徹底的に落としてやる。
この種目の終了でお昼の休憩となった。私はこっそりとウィレムのようすを覗きに行った。
「こんなふざけた試合に出ていられるか! 私はもう帰る!」
案の定ウィレムは癇癪を起こしてだだをこねていた。まだ出場種目が残っていると言われても、帰るの一点張りだ。よっぽどさっきのが堪えたらしい。また恥をかきたくもないのだろう。
「あれ? もう逃げ帰るのか? まだ後半戦が残ってるのにさ」
もめている地竜隊チームの前に、部下たちを引き連れてイリスがやってきた。からかう調子で声をかけられて、ウィレムは仇を見るような顔で振り返った。
「なんだ、人を侮辱しにきたのか」
「侮辱? おかしなこと言うなあ。一度負けたからってすごすご退散したんじゃ、逃げ帰ると言われて当然だろう。次の勝負で巻き返せばいいじゃないか。いずれは竜騎士団長になろうって男が、そんな気概も持てないのかい」
一緒にいる飛竜騎士たちが尻馬に乗ってはやしたてる。ライバルチームを挑発しに来たというお芝居にまぎれて、ウィレムを煽るよう指示したことだが、なんかみんな本気で野次を飛ばしていないか? 地竜騎士たちも凶悪な顔で野次り返していた。やーねー、男って野蛮なんだから。
「どちらも威勢だけは立派だな」
対立する騎士たちの前に、第三のチームが現れた。ザックスさん率いる騎馬隊だ。ザックスさんは余裕の顔で一同を見回し、ふっと笑った。
「途中集計の結果を聞いていないのかな? 今のところ一位は、我々騎馬隊なのだが」
「なにっ!?」
「ちょ、マジかよ!」
「騎馬隊ってどの騎馬隊だよ。五組もあるからわかんねえよ!」
ザックスさんがリーダーの騎馬隊第一チームだ。ちなみに二位と三位も騎馬隊である。四位が地竜隊で、飛竜隊は綱引きの敗北が影響して五位だった。
「……五位」
イリスは本気で愕然としていた。トトー君もいつになく動揺している。普段とちがうのはザックスさんも同じで、珍しく勝ち誇った顔だった。
「自分たちがいかに竜に頼りきっていたか、よくわかっただろう。騎士個人の力量では我々の方が上ということだ」
「そんな……」
「……後半戦、巻き返すぞ」
イリスがショックを受けるかたわら、トトー君が据わった目で部下たちを振り返った。一瞬息を呑んだ地竜騎士たちは、次の瞬間握り拳で身を乗り出した。
「おうっ!!」
「やってやるぜ!」
「ちくしょー見てろよ! すぐに逆転してやらぁ!」
気勢を上げる周囲にうろたえるウィレムの肩を、トトー君が叩いた。
「そういうわけで、抜けるのは許さない。午後の競技、死ぬ気で頑張ってもらう」
「な……わ、私は」
「おう、隊長の言うとおり! ここで尻尾巻いて逃げるなんざ許さねえぞ! 仮でも何でも地竜隊の一員となったからには、血反吐を吐いても闘え!」
「だっ、誰に向かってそのような口を」
「次にヘタレた勝負見せたらただじゃおかねえぞ。気合入れていけ!」
でかい地竜騎士たちに囲まれてドスの利いた発破をかけられ、ウィレムはたじたじだった。さっきの勢いなんてどこにもない。いつものように身分を振りかざそうにも、完全に気迫負けしてろくに反論できないありさまだった。
今まで愛想よくちやほやしてくれていた騎士たちの、本気の迫力を見せられてびびっている。あれで竜騎士団長になりたいって、お笑い種だね。アルタはもっと怖いぞ。さらに怖いのは本当の戦い、殺し合いの現場だ。司令官としてそこに立つ覚悟なんて、紙切れほども持っているまい。そもそも自分がそういう立場になると理解もしていないんじゃないのかな。
肩書だけ手に入れていい顔できると思っていそうだ。つくづく馬鹿だし、そんな風に育てられたことが可哀相でもあった。
あんな親の元に生まれたのでなければ、彼も普通の人だったかもしれないのにね。今回のことで、ちょっとは現実を知ってくれるといいんだけど。
「こっちも負けていられないぞ。飛竜隊の誇りにかけて、後半戦は全力で行く!」
「おお!!」
「くっそー、調子乗ってんなよっ。最後に笑うのは俺たちだぁっ!」
「殺す気で行くぜ!」
イリスたちも気合を入れ直しているようでなによりだ。むさ苦しさが私の限界値を超えたので、黙ってその場から離脱した。男同士で好きなだけ騒いでいればいいよ。ウィレムを逃がさなければそれでいい。
暫定順位が出たとはいえ、いずれも僅差だ。逆転の可能性はどのチームにもある。午後からの後半戦、みんな頑張りなさい。
騎士たちに背を向けて本部席へ戻ろうと歩く私を、途中で呼び止める人がいた。
「お待ちくださいませ、姫様」
見るからに怒った顔でやってくるおばさまに、私は今気付いたという顔で挨拶した。
「ごきげんよう、ネヴィラ夫人。いらっしゃってたんですね。怖いお顔ですけど、どうかなさいまして?」
早足で近付いてきたネヴィラ夫人は、とりつくろう余裕もないようすで私をにらんだ。
「先程のあれは何ですの」
「あれ、と申しますと?」
「ウィレムの出た勝負ですわ。なぜあのような、ひどいことを」
「ひどいとは、何がでしょうか」
頬に手を当てて不思議そうな顔を作る。すっとぼける私に、ネヴィラ夫人は唇を震わせた。
「あのように、人前で恥をかかせるなど。ウィレムが可哀相ではありませんか。もう少し配慮しようとは、思ってくださいませんでしたの」
「どういう配慮を言ってらっしゃるのでしょう」
モンスペなら黙って我慢なんてしているまい。きっとすぐにクレームをつけに来ると思っていた。予想どおりだ。
私は準備していた言葉を返した。
「ウィレム様が負けないように、一緒に走る対戦者にわざと手加減するよう指示するのですか」
「……あの子はまだ正式に叙勲もされていないのです。騎士として経験を重ねた者たちに後れをとってしまうのは当然でしょう。そのくらいのことは事前にわかっていらしたはずです」
「でも競技に出ることはウィレム様ご自身が決められたものですよ。試合なのですから、勝ち負けがあるのは当然です。それはしかたのないことでしょう。負けたのはウィレム様だけではありません。すべてのレースに一位もいれば最下位の人もいるんです」
「ですが!」
「そこで他の選手たちに手加減などさせては、かえってみっともないことになりますよ。ご覧になっていておわかりでしょう? 騎士たちの能力はとても優れたものです。一般人とはかけ離れた力をさんざん見せられているのに、特定のレースでだけ急にレベルが落ちたら、誰の目にも意図的なものだとはっきりわかります。ウィレム様に合わせてわざと手加減しているのだと、みんなが承知して見守る中で茶番を演じさせる方が可哀相だとは思われませんか?」
「…………」
くやしそうに唇を噛むネヴィラ夫人に、私はいかにも真摯そうな態度で説得した。
「そのようなことをせずともよいのです。たとえ負けても、全力で頑張る人には賞賛が贈られます。大切なのは順位よりも、頑張る姿です。本気で力を尽くす選手たちに、みんな感動しているのですから」
真っ向勝負では勝てるはずがない。さりとて出来レースなんかしたらかえって笑い物だ。どういう方向に転んでも、ウィレムやネヴィラ夫人に満足の結果は得られない。それが不服なら、最初から出るべきではなかったのだ。
騎士たちにおだてられだまされて、うまく乗せられたウィレムは可哀相と言えなくもないけれど、こういう結果になると予想もできずにいたネヴィラ夫人には同情しない。周りが自分たちに遠慮して譲るのが当然という考えをそのまま勝負に持ち込んだら、余計に恥をかくと気付かなかった彼女が愚かなのだ。
「ウィレム様はくじけず、午後の競技も頑張ると言ってらっしゃいましたよ。今地竜隊は四位で、騎馬隊に負けています。みんなで力を合わせて逆転しようと一致団結していました。飛竜隊なんてさらに下の五位ですが、それでよけいに闘志を燃やしてうっとうしいくらいでしたよ。逆境は殿方を強くするようです。頼もしいと喜んで、私達は応援していましょう?」
にっこりと微笑んでしめくくり、言い返せずにいるネヴィラ夫人に会釈してその場を立ち去った。クレーム処理一回目終了。これでおしまいならうれしいけど、また何か言ってくるかもね。
本部席へ戻るとアルタとハルト様が来ていて、興味深そうに成績表をのぞき込んでいた。
「お、戻ったか」
「チトセはまだ昼食を摂っておらぬであろう? どさくさで抜いたりせず、ちゃんと食べなさい」
いつものように言った後、ハルト様は心配そうな顔を見せた。
「予想以上に差があって、哀れなほどだったな。もう少し加減してやることはできぬのか?」
「できません」
ここでは冷たく答えて、私はサンドイッチを口にした。
「出来レースなんてやったら、ますます哀れになりますよ。参謀官やマッシュファミリーみたいに、力一杯負けていればいいんです」
「うむ……」
「はっは、さすが容赦ないな」
笑いながらアルタは私の前にドンと牛乳の入ったカップを置いた。思わず顔が歪んでしまう。成分調整済みの牛乳なら飲めるけど、この世界にそんなものはない。しぼったまんまの百パーセント生乳だ。濃すぎて私にはちょっと飲みづらい。匂いも苦手だ。
「鼻をつまんででも飲め。飲まないと、嬢ちゃんも騎士たちと一緒に走らせるぞ」
「……あとで、おなかをこわすかもしれません」
「しぼりたてだぞ、心配いらん」
しぼりたてだからこそ心配なんだけどね。まあこの世界で雑菌を気にしていたら何も食べられない。今さらだとため息をついて、私はカップに口をつけた。一年間の生活で私のおなかも少しはたくましくなっているはずだ。
「午後は何の競技に出るんだっけか?」
アルタの質問はウィレムについてだろう。私はプログラム表の下の方を指さした。
「騎馬戦と最後のリレーです」
「騎馬戦か……走るのは馬役だったな。それならば、先程のようなことにはならぬか」
「戦利品を一本でも取れるとは思いませんが、どれだけ頑張るか見ものですな」
「その後の競争が心配だ。また大きく差をつけられて恥をかきそうだが」
「まあ、それがチトセの作戦ですからな。しかし最後のは多少手心を加えているそうですよ。大丈夫でしょう」
頭の上で親父たちが話している。私は牛乳でサンドイッチを流し込み、手早く昼食を終えた。うう、口の中が牛乳くさい。
「これで到底竜騎士にはなれぬと自覚してくれればよいのだがな」
「自覚はするでしょう。身分ではどうにもならないと思い知らせますよ。そのための計画ですから」
口直しの果物を食べる私を、二人はなにやら複雑な顔で見下ろした。
「なんだろうなあ、勘違い野郎をやり込めるのは大いにけっこうな話なのに、妙に気の毒に思えてならんよ」
「チトセに関わったのが不運だったな。他の者が相手ならば、こうまで手厳しくはやられなかったであろうに」
「無害な小蛇と思って踏んづけたら、実は毒蛇だったということですか」
「若い娘を蛇にたとえるのはよせ。そうだな、子猫と思ったら虎だった、でどうだ?」
「いやあ、チトセの静かな執念深さはやはり蛇ですよ」
うるさい、親父ども。わざとらしいこと言って笑い合うな。
竜騎士に対する誤解をとき、親のせいで勘違いして育ってきた若様に更生の機会を与えてやっているのではないか。感謝されてしかるべきなのに、なんでこっちが悪者みたいに言われねばならんのだ。蛇だの虎だの失礼な。
とっとと自分の席へ戻れと、私はふたりを追い払った。笑いながら立ち去るお父様と騎士団長に、あとでしっかりお返ししてやると心に決める。
執念深い蛇ですからね。恨みは忘れませんよ、ふん。




