熱き闘い 《1》
季節の花に彩られた室内に、艶やかなドレスの貴婦人たちが集まっている。
公妃主催のお茶会に招待されたのは、いずれも名を知られた王族や名門貴族の奥方ばかりだ。美しくも貫祿あるおばさまたちに囲まれて、私は死にそうな気分を必死に隠していた。
「今日は姫様もご出席ですのね、お珍しいこと」
「こうしてご一緒できるのは初めてでございますね。以前からぜひ一度、ゆっくりお話しさせていただきたいと思っておりましたの」
「いつぞやの式典の折には、ご挨拶くらいしかできませんでしたものね。こうした機会がもてるのは、うれしいことにございますわ」
おっとりと上品な口調で話しかけてくるおばさまたちに、礼儀正しく笑顔で受け答えしながらも、すでに胃が重くなっている。顔と名前を知っている程度のまったく親しくない人たちといきなりお茶会だなんて、私にとっては拷問だ。本当の本音を言うと、こんな場所に出てきたくはなかった。
これまでは、誰に誘われてもけっして顔を出さずにきた。私は上流のご婦人たちに混じって社交をする必要なんかないと、一の宮に引きこもって暮らしていた。でも正式にハルト様の養女となり、イリスと婚約もした以上、いつまでも好き勝手にはしていられない。王女として、そしていずれ一家の主婦となるからには、多少は人づきあいもしなければならないと、ユユ母様に命じられて初の参加となったのだった。
……うう、頑張らなきゃいけないとわかっているけど、胃が痛い。
「今日集まる方々は、ほとんどが穏やかなお人柄だから、そう心配しなくて大丈夫よ」
少しずつ慣れていけるようにと、ユユ母様は客の人選に気をつかってくれたらしい。私に対して特に批判的ではない、温和な人が大半なようだ。
が、付き合いの関係上呼ばざるを得ない相手もいる。
かなり近い位置に座る、ちょっと肉付きのよい中年のご婦人は、イリスの実家フェルナリス家に並ぶ名家、クロシエル家の奥方だ。過去に何度も王族が嫁入りしていて、血筋ではフェルナリス家より上だと常々自慢しているお家柄である。今の当主夫妻もバリバリの血統主義で、私に反感を抱く貴族の筆頭みたいな人たちだった。
こちとら元平民の孤児だからね。同じ人間とも思われていないかもしれない。それを形だけでも王女として敬わなければならないのだから、嫌悪感はいや増すことだろう。
できれば呼びたくないけれど、他の招待客との兼ね合いでハブるわけにはいかなかったとユユ母様は言っていた。上流夫人同士のお付き合いはいろいろめんどくさい。
「わたくしや他の皆様の前で露骨なことは言ってこないと思うけれど……あまり気にせず、適当に流しておきなさいね。間違ってもけんかをしてはだめよ」
事前の打ち合わせで言われた注意に、私はちょっと口をとがらせた。
「けんかなんてしない」
「どうだか。おとなしそうな顔して、じっさいはかなり好戦的なあなただもの。攻撃されたら倍にも三倍にもして返すでしょう。それではいけないのよ。フェルナリス家とクロシエル家が全面戦争するようなことになっては困るの。お互い気に食わないと思っていても、表面上はお付き合いをしなくてはならないのよ。それに、うかつな真似をすると相手に口実を与えるだけよ。やはり卑しい生まれだから、と言われるに決まっているわ。そんなことになったら余計に腹立たしいでしょう? 相手に付け入る隙を与えず、礼儀正しい大人の態度を見せることが、本当の意味での勝利よ。頑張りなさい」
私とたった二つしか違わないのに、うんと年上の人みたいにユユ母様は言う。人生経験の違いだろうか。早くから領主として働いていた彼女は、大人たちの中に入って対等に渡り合ってきた。きっといろいろ大変な思いをしてきたのだろう。
その経験をふまえての助言は素直に聞いておくべきと考え、私はだまってうなずいた。そしてすぐさま参謀室にお願いして、クロシエル家のネヴィラ夫人をはじめ、お茶会出席者全員の情報を提供してもらった。誰と誰がどんな関係か、それぞれのお家の事情はどうか、あらゆる情報を参謀官たちは用意してくれた。ついでにそろそろ本格的に参謀官として働かないかと誘われたが、結婚まで忙しそうだから当分無理だろう。先に参謀室を整理整頓してくださいと答えておいた。
資料をしっかり読み込んで、言われそうな皮肉や嫌味に対する受け答えも脳内シミュレーションしておく。さあこれでどんと来い――という状態にまでは準備してきたのだが……。
「今年は地竜隊が新人を入れる年ですわね。息子のウィレムが入隊を希望しておりますの。よろしくお願いいたしますわ」
ネヴィラ夫人は私のことなんて眼中にないようすで、ユユ母様に息子のことを頼んでいた。さんざん準備して気合を入れてきたのに、とんだ拍子抜けである。
「まあ、彼が地竜騎士を目指しているのですか?」
ユユ母様はやんわりとした笑顔で聞き返す。他の夫人たちも上品な微笑みであら、とかまあ、とか言っていた。
「ええ、将来は竜騎士団長になりたいと。わたくしは宰相を目指してほしかったのですけれど、あの子は武官の方がいいみたいで。どうしても竜騎士になりたいと言うのですわ」
ウィレムというのはクロシエル家の次男だ。たしか私と同じ今年十八歳だっけ。家督を継いで領主になるのは兄なので、他の名誉ある職を望んでいるのだろう。でもアルタの引退はまだまだずっと先だから、出世を望むなら宰相の後継者を目指した方がいいんじゃないのかなあ。
と、考えたところで、眼光鋭いじいさまの顔が脳裏に浮かんだ。……あっちもあと二十年くらいは現役な気がする。当分殺しても死にそうにないな。
「頼もしいこと。竜騎士になるにはいくつもの厳しい試験を受けなければなりませんが、頑張ってくださいとお伝えくださいな」
ユユ母様は気品あふれる笑顔ですっとぼけた。期待した答えをもらえず、ネヴィラ夫人はわずかに眉を上げた。
「ええ、優秀な子ですから、ご期待には十分にお応えできると思っておりますわ。いずれこの国の重鎮となって立派に勤めることでしょう。ですから、お願いを申し上げておりますの」
「お願いとは?」
ユユ母様は表情を変えない。あえて気付かないふりで尋ねる。それに苛立つだろうかと思ったら、そうでもなく、ネヴィラ夫人は笑顔のまま当然の口調で答えた。
「まさか、クロシエル家の正当なる直系を、その辺の民と一緒にさせるおつもりではございませんでしょう? どこの生まれかわからないような者たちには厳しい審査が必要ですけれど、息子にはそのようなもの必要ありません。生まれた時から、竜騎士にでも何にでもなれる身であることが証明されていますもの」
関心のない表情を保ちながら、私はそっと他のご婦人がたを見回した。ネヴィラ夫人の言葉にどういう反応を見せるだろうかと、興味を持って観察する。
おっとりしているようでも、さすが皆さん上流の貴婦人だけあって、容易に内心を悟らせなかった。ふたりのやり取りを世間話でも聞いているような顔で見ている。ネヴィラ夫人の言い分に賛同しているのか、呆れているのか、好奇心を抱いているのか、まったくわからなかった。
これが一流の貴婦人の社交スキルかあ。私も真似できなきゃいけないんだよね。難しそうだなあ。
「竜騎士となるための条件に身分は関係ありません。試験を勝ち抜いた者だけが竜と名誉を得られるのです」
「ええ、もちろん建前は承知しております。さすがに最終試験だけは受けさせますわ。多少の体裁は必要ですものね」
ユユ母様はほんの少し困った顔で息をついた。私は知らん顔でお菓子を食べつつ、内心呆れ返る。
このおばさん、コネで竜騎士になれると本気で思っているのか。体裁のために最終試験だけ受けるって、それがいちばん危険な試練なのにわかっているのかな。下手したら息子が死んじゃうんだよ? 知ってて言っているのだろうか。
ローシェンの名門貴族なのに、この程度の認識なのが不思議だった。それともこれが一般認識? 今まで私が見てきたのは現場の騎士たちだから、周りの見方というものはあまり知らない。身分も何も関係なく、ただ実力だけで勝ち取るものだというのが常識だと思っていたけれど、案外外部の人には知られていないのだろうか。
ユユ母様の視線がちらりとこちらを見る。ヘルプを求められているのはわかったが、どうしろというのか。ここで私が口出しなんかすれば、ネヴィラ夫人は機嫌を悪くするだけだろう。
そう思っていたら、
「姫様は龍の加護を持ち、竜を従えられるそうですわね。そのため竜騎士たちから崇拝されていらっしゃるとか。姫様からお口添えいただけましたら、騎士団には納得してもらえるでしょう。お願いできません?」
意外にもネヴィラ夫人の方から話しかけてきた。しかしいろいろ間違えている。私の言葉でどうにかなる問題ではないし、そもそも崇拝なんてされてないよ。なんか一部のマニアックな騎士たちが一般人にはわからない萌え方しているだけだ。
私は少し考えて口を開いた。
「でしたら一度、ご子息とお話させていただけませんか? お会いしたことがないので、どのような方か存じませんもの。直接ご本人を見てから考えたいと思います」
ユユ母様が目を丸くした。私から知らない相手、しかも男に会いたがったので驚いたのだろう。
でも当の本人抜きで話していても仕方ないからね。まずは本人を見てみないと。
「まあ、ありがとうございます。では当家へご招待いたしますわ。姫様をお招きできるなんて光栄なこと」
うれしそうな表情を作ってネヴィラ夫人は言うけれど、瞳に侮りと計算がはっきり浮かんでいた。こんな小娘一人、いくらでも取り込めると思っているのかな。私はにっこりと微笑んで言葉を続けた。
「いいえ、せっかくですから一緒に地竜隊を見学に行きましょう。騎士たちの活動をじっさいに見ながらお話をしたいと思います」
そっちのホームグラウンドに飛び込むなんて不用心な真似はしませんよ。会うなら外で、人目のある場所でだ。
万が一にも襲われたりしたら困るからね。女として口外できないような目に遇いそれをネタに脅されるとかいう展開を想像してしまう。いや、もしそんなことになっても私は絶対言いなりになんかならないし、全力で報復するけれど、そもそも被害を受けたくない。疑いすぎかもしれないが、このおばさんの態度を見ているとあながちあり得なくもない気がするので、念のための予防策だ。騎士たちがすぐ近くにいれば心配ない。
「そうね、それがよいでしょう」
私の考えを読み取ったようで、ユユ母様がすかさず賛成した。他の人もうなずいている。これでごねるわけにはいかず、ネヴィラ夫人は表面上機嫌よさそうにうなずいた。
「かしこまりました。息子にそのように伝えましょう」
私は近衛騎士を呼んで、すぐにトトー君に都合のいい日を聞きに行ってもらった。お茶会が終わる前に騎士は戻ってきて、明後日から五日後までならいつでもいいという返事を伝えてくれる。あらためてネヴィラ夫人と相談し、三日後の午後に地竜隊で落ち合うことに決まった。
お茶会の後、一の宮に戻った私は、隠していた疑問をユユ母様にぶつけた。
「こういう話ってよくあることなの? 竜騎士の採用にコネってあり?」
「ありません」
複雑な形に結った髪をヘンナさんにほどかせながら、ユユ母様はきっぱりと否定した。
「たとえ王族であっても、竜騎士を目指すならば他の者と同じに一から試験を受けなければならないわ。特別扱いはいっさいありません。アルタに聞いても、ハルト様にお聞きしても、同じに答えられるはずよ」
「じゃあネヴィラ夫人はなんであんなに堂々と不正を頼んできたの? 他の人も聞いてるのに全然気にしてないようすだったけど」
「……不正だとは思っていないのでしょうね」
プラチナの髪がさらりと流れ落ちる。白い肩にまとわりつかせながら、ユユ母様はため息をついた。
「建前と言っていたでしょう? 規定は表向きのもので、身分の高い者には特別措置があって当然と考えているのでしょう。じっさい、そういう理屈がまかり通る場面は多いから、竜騎士団も同じだと思っているのでしょうね」
「ふーん……」
職場によってはコネも裏口入学もありか。身分社会なら当然の話なのかな。現代日本だって完全実力主義ってわけでもなかったし、意外に思うほどのことでもないのかもしれない。お茶会に出席していた他の人たちも、普通の話と思って聞いていたのかな。
でも、竜騎士団にはコネも金の力も通用しない。
「竜騎士のことって、案外知られていないのね。イリスやトトー君みたいな若い人たちが先輩をさしおいて隊長やってるっていうのに、実力主義だとわからないものかなあ?」
疑問に首をひねると、ユユ母様とヘンナさんは顔を見合わせた。うん? なんだその微妙な表情は。
「その二人が隊長だからこそ、余計に誤解しているのだと思うわ」
「…………」
なんでだと考え、なんとなく察してしまった。
「もしかして、ふたりもコネで竜騎士になったと思われている?」
「多分ね」
困った顔でユユ母様はうなずいた。
「イリスは王族に次ぐほどの血筋家柄だし、トトーも実情はどうあれ、由緒ある古い家柄ですもの。現在の地竜隊にそれほど身分の高い者はいないから、一番身分が高くて祖父も地竜騎士だったトトーが隊長になったのだと思っている人は多いわ」
怒るべきなのか、呆れるべきなのか。
あのイリスのどこを見たらコネ入隊だなんて思うんだ。騎士以外にはなれそうにない根っからの脳筋で、部下たちから熱烈に慕われているアニキなのに。トトー君は天才的な有能ぶりをこれでもかと発揮しているし、いずれもほんのちょっと調べればすぐわかることなのに。
外部からだとまたちがって見えるのかなあ。でも失礼な話だよね。実情を何も知ろうとせずに、勝手な思い込みで決め付けるなんて。
「いっそ希望どおりいきなり最終試験受けさせてあげたらどうかしら。そんな舐めた考えで成功するわけないわよ。竜に殺されてしまえばいいんだわ」
冗談で言うと、小物を片付けていた侍女がびくりと震えた。そんなに怖い声でしたかね。え、顔が怖い? 笑っていたのになんでだ。
「そうねと言いたいところだけど、あのようすを見るに最終試験だってまともに受ける気はないわよ。本人は安全な場所で見物だけしているつもりではないかしら」
「見物じゃ卵は手に入らないけど」
「見届け役の騎士に代わりに取ってこさせるか、あるいは代理の者を連れていくつもりなのでしょう。他の者に卵を取らせて、自分が取ったことにするのよ」
あまりに馬鹿げた話で呆れたが、ユユ母様がこうもはっきり言うということは、過去に似たようなことをした者がいるのだろう。当然竜騎士団が不正を認めるわけはないから、失格になったか竜に殺されたかしたにちがいない。そういう話はもっと公表するべきだろう。同じ馬鹿を量産しないために。
「親馬鹿というか、モンスペかな……どこの世界にもいるものね」
「もんすぺ?」
「モンスターペアレント。常識かっ飛ばした自分たちの理屈が、世界のルールだと思い込んでいる非常識ではた迷惑な親のことよ」
「ああ……」
心当たりがあるのか、室内のみんながうなずいていた。こういう事情はどこの世界も変わらないね。
「それで、どうする気なの? ウィレムに会って話をすると言っていたけれど」
「別に、どうも」
ユユ母様に問われて私は首をかしげた。
「竜騎士になりたがっているのは息子であって母親じゃないからね。本人抜きじゃ何も判断できないもの。まずは直に会ってたしかめてからよ」
もちろん不正の協力なんてするつもりはないが、どんな人物なのかはたしかめておくべきだ。もしかしてもしかすると、母親とは反対に常識人かもしれないじゃないか。それならちゃんとお母さんを説得するよう頼めるだろう。
本人の考えを聞いてみたいと言うと、ユユ母様は苦笑した。
「正しい方針だとは思うけれど……先に言っておくわ。似た者親子よ」
やっぱりねーと思いながら迎えた三日後、私は地竜隊の隊舎前で問題のウィレム坊っちゃまと出会った。
今日はママの姿はなく、従者を一人連れて来ていたウィレムは、いかにも育ちのいい若様という雰囲気の若者だった。容姿も悪くないし背も高い。私やトトー君と同い年には見えない、いくつか年上っぽい外見だった。
「はじめまして、ウィレム様」
挨拶は私からした。一応こちらは王女なのだから、彼の方がへりくだって挨拶をすべきなのだが、そんな意識はかけらもないだろう。まだしも上辺はとりつくろっていた母親と違い、彼は最初から私に対する嘲笑をはっきりと顔に浮かべていた。
「これは驚いた。名前だけでも王女の立場にある人が、供も連れずに一人で出てこられるとは。それともここにいるのは小間使いかな? 先触れに来たのかな」
個人的に会うのはこれが初めてでも、私の顔は知っているはずだ。去年の式典で正式にお披露目されたし、ハルト様の結婚式でも親族席にいた。わざと言っている嫌味なのは明らかだ。名前だけでも王女と言いながら、どういう神経なんだか。これで私がハルト様にチクったら自分の立場が悪くなるって考えないのかね。
もちろん私はチクったりしない。気に入らない相手に報復するなら、自分でやらないとつまらない。
「運動のために頑張って歩いてきました。本当に一人なら気楽なんですけど、どうせ近衛があとをついてきているでしょうね」
私は軽く笑って受け流した。王女として敬われなくてもかまわない。そんなもの最初から求めていないから、どうでもいい。血統主義のお家柄だというから、元庶民の私がどういう目で見られているかも先刻承知だ。
フンと鼻で笑って自分からは挨拶しようとしないウィレムに、腹を立てる気もなかった。内申書の点数がマイナスされていくだけだ。
「さっそく中へ入りましょうか。トーヴィル隊長が待ってくださっているはずです」
私はウィレムをうながし、地竜隊の敷地へ踏み込んだ。
呼ぶまでもなくすぐに騎士がこちらへ駆けつける。今日の予定は知らされているようで、私たちは隊舎の応接室に案内された。
「ようこそいらっしゃいました」
よそいきの態度でトトー君が出迎えてくれる。胸に手を当てておじぎする彼に、私も淑女のおじぎで応えた。ウィレムはふんぞりかえったままである。
「ごきげんよう、トーヴィル隊長。こちらはクロシエル家のご子息、ウィレム様です。地竜騎士を志望していらっしゃるので、今日は隊内を見学させてさしあげようとお連れしました」
「うかがっております。どうぞごゆっくりとご覧になっていってください」
ぽやんとしている普段とは別人だ。必要とあらばトトー君はきりっとした態度もできる。お互いに澄ましてやりとりするのがおかしくて、うっかり笑い出してしまいそうなのをこらえなければならなかった。
「ウィレム様、まずどういったところをお知りになりたいですか?」
すぐに見学に出かけるか、それとも隊長から話を聞きたいか。ウィレムに尋ねると、彼はさっさとソファに腰を下ろした。
「別に、知りたいことなど何もありませんよ。今日はあなたが呼び出されたのであって、私から希望して出向いたわけではありません。こちらの希望はすでに母から伝えているはずです。他に何か話す必要がありますか?」
「でも希望されている地竜隊にいらっしゃったのですから、いろいろと見て回りたいでしょう?」
私も向かいに腰を下ろす。トトー君は座らないまま、私の斜め後ろに控えた。それをちらりと見てウィレムは冷笑する。
「何を見ろとおっしゃるのです? たしかに地竜騎士を希望してはいますが、まだ入隊していない。今は何も見る必要はないでしょう」
……うーん?
態度が悪いとかトトー君に席を勧めないとか私より上座に座っているとか、そんなことはいい。そこは最初から気にしないことにしている。それよりも、彼の地竜隊に対する無関心が引っかかった。
「興味はありませんの? 地竜たちと間近で出会える機会ですよ。主の騎士に頼めば、さわらせてもらったり乗せてもらったりもできますよ」
竜騎士を志す者なら誰もが竜に憧れ、できるだけ近くで見たいふれ合いたいと望むものだ。そんな機会は滅多にあるものではないから、なんでもいいよと言われたら普通は大喜びで飛びつくだろう。
そう思ったのに、ウィレムはめんどくさそうな顔をしただけだった。
「子供ではあるまいし、そんな遊びがしたいとは思いませんよ。くり返しますが、今日出向いたのはあなたの方から要請があったためです。何を知りたいかとお聞きしたいのは、こちらの方ですよ。どういう意図で私を呼び出されたのです?」
……どうやら思い違いをしていたようだ。彼に対する認識を改める必要がある。
「トーヴィル隊長、しばらく席を外していただけません?」
トトー君を振り返ってお願いする。榛色の瞳に、心配の色が浮かんだ。私とウィレムとその従者だけにするのが不安らしい。でも近くで待機していてくれれば、何かあってもすぐに駆けつけられる。そのくらいウィレムもわかっているだろうから、何も問題はないはずだ。
無言の微笑みでお願いする私にため息をついて、トトー君は部屋を出ていった。扉が閉じられて、私はあらためてウィレムの顔を見る。
尊大でわがままそうな若様だ。ついでに言うとオツムは軽そうだ。それでも竜騎士に憧れて入隊したがっているのだと思っていたが、どうやらちがうらしい。彼の志望動機は他にありそうだ。
「これで忌憚のないお話ができますね。ウィレム様は、なぜ地竜騎士になりたいと思われたのですか? どうやら竜に対する憧れといったものではないごようすですが」
「竜騎士団長になるためですよ。外部からでは団長になれない。竜騎士を経験した者でないといけませんからね」
当然という顔でウィレムは答えた。なるほど、ようは高い地位がほしいだけか。
「騎馬隊から団長が出た例もあると聞いておりますが」
「例外的な話ですよ。基本は地竜隊か飛竜隊からです」
「ではなぜ飛竜隊を希望されなかったんです? 失礼ながらウィレム様の体格ですと、地竜隊より飛竜隊の方が向いていらっしゃるように思います」
うんとお世辞を上乗せすればね――という本音は隠しておいた。
騎士を希望するだけあって、ウィレムも一応鍛えているのだろう。ひょろひょろのモヤシということはなく、それなりにがっしりした体格をしていた。ただし、あくまでも貴族の若様としては、だ。騎士たちと比べればはっきり見劣りする。その程度でしかない。体重制限のある飛竜隊ならなんとかまぎれ込めなくもない、かも? と思えるが、ごつくてでかい騎士ばかりな地竜隊では浮きまくりだろう。
飛竜騎士たちだって実は筋肉の塊なんだけどね。気持ち悪いくらいにね。見た目よりずっと体重ありそうだけど、地竜騎士に比べれば細身だ。
「あなたがそれをおっしゃるとは、嫌味のおつもりですか? それとも何もわかっておられないのか」
不快そうにウィレムは顔をしかめる。私は本当にわからなくて首をかしげた。
「嫌味とはどういうことでしょう。失礼なことを申し上げたのでしたらお詫びしますが、そんなつもりはありません。なぜそうなるのです?」
「わかっていないのか……これだから庶民は」
ぼそりとウィレムはこぼしたが、隠す気ゼロだよね。はっきり聞こえたよ。
「飛竜隊にはイリス・ファーレン・フェルナリスがいるではありませんか。あなたの婚約者のね」
「それが?」
「クロシエル家に対抗できる家はそうそうない。竜騎士団において、私より上の者などいない――唯一、イリスを除いては」
「…………」
「よりにもよってあの男が隊長をやっている飛竜隊に入って、私が希望どおりに昇進できると思いますか? 彼も団長の座を狙っているはずだ。隊長の権限を利用して妨害されるに決まっています。そんなこともわざわざ説明しなければおわかりになりませんか」
わからんわ。
内心のツッコミを無表情の下に隠す。どんだけ被害妄想だと言いたかった。
イリスがそんなことするわけないでしょ! と、いう以前に、ツッコミどころが多すぎる。どこから指摘すればいいんだか。
「その点地竜隊長は貴族とは名ばかりの没落した貧乏人ですからね。私が入隊すれば速やかに隊長の交代が行われ、団長を目指せるでしょう。イリスにさえ勝てれば団長就任は難しくない。なにせ今の団長は平民ですから。いかに陛下の覚えめでたいと言っても、クロシエル家を退けられる人材ではない」
つっこむにつっこめない。本気で言っているらしいウィレムに、呆れて言葉が出てこなかった。
どうすんだよ、これ。
話がしたいと呼び出したのは私だ。どうにかすべき責任がある。わかっているけれど、今すぐ放り出して一の宮へ帰りたかった。
モンスターの息子はやはりモンスターだった。甘やかされている分、親以上に馬鹿だった。ネヴィラ夫人は体裁を整えるくらいの意識はあったのに、いっさいとりつくろわないウィレムにはいっそ感心する。これで私に口利きしてもらえると思っているあたりが実に理解不能で天晴れだった。
頭を抱えたい気分をひたすらこらえ、とにかく一度見学してみようと誘うも、ウィレムは断り言うべきことは言ったとさっさと帰ってしまった。私はあっけなく応接室に取り残され、どっと脱力する。
「お疲れ」
ソファに撃沈する私を戻ってきたトトー君がねぎらってくれた。最初からわかっていたようで、彼は何も驚くようすは見せなかった。
「……あれ、貴族としては普通なの?」
「普通、と言えるかどうかはわからないけど……特別珍しくはないね」
家柄自慢血筋自慢の貴族は大抵あんなものだと、トトー君は言った。竜騎士団にもコネが通用すると思っている者は多く、時々似たような希望者が現れるそうだ。そんなのの相手もしなきゃいけないのかと、こちらがねぎらいたくなった。
「前に、メイから聞いたのよね……イリスが入隊した時にいろいろ言われたらしいって。どういうこと言われたのか、今回の話ですごくよくわかったわ」
きっと実力ではなくコネで入隊したと思った人々が、批判したり馬鹿にしたり騒いだのだろう。イリスがうんざりして私に生まれを隠したのもよくわかる。トトー君が悪い噂を立てられた時にも、私が知っている以上にあれこれ言われていたのだろう。
「なんでこんなに誤解されてるのかしら。竜騎士は選び抜かれた精鋭中の精鋭だって国中が認めてるのに、一方ではこんな認識されてるなんて変なの」
「選ぶ基準を勘違いしているんだろう……権力持ってる人間にとっては、実力主義の方が理解できない話だからね」
うーん、ローシェンにもいろいろ問題があるんだなあ。私が知っている話よりも貴族と平民の垣根は低いと思っていたのに、場所によってはやはり高いのか。
ハルト様やユユ母様は人格者だし、宰相も厳しいけれど身分で差別する人ではない。女官長も侍従長も、あと財務卿あたりも。上層部は柔軟で公平な人が揃っているのに、下まで徹底できていないのが残念だね。国という大きな規模になると、そう簡単にはいかないか。
「普段は騎士団の規則で追い払っておしまいだけど、クロシエル家が相手だと、ちょっと厄介だね……ハルト様に言っていただくしかないな」
トトー君の言葉に私はうーんと考えた。
たしかに、公王からきっぱり言われれば彼らもあきらめるしかないだろう。でもハルト様はイリスと従兄弟同士。身内贔屓だと思われないかな? クロシエル家が王家と縁続きとは言っても、当代の公王と直接のつながりはない。それで差別したとか言われるのも癪な話だ。
「……ねえトトー君、体験入隊ってできないかな?」
「体験?」
首をかしげるトトー君に、私は笑顔を向けた。
「あと飛竜隊や騎馬隊と一緒に、大運動会しましょ」
「……何たくらんでるの」
うふふ、と笑ってこの場では答えない。トトー君は呆れた顔で肩をすくめ、アルタが許可したらねと答えた。




