結婚報告は宣戦布告 《5》
「お茶がはいったけど、飲む?」
ずっと手元に視線を落として考え込んでいたイリスは、私が声をかけるとようやく顔を上げた。
「ああ、いただくよ」
テーブルに書類の束を置き、カップを受け取る。私も自分のカップを持って彼の隣に座った。
「で、気になっていることは何? 賊問題の続き?」
その場で沸かせる電気ポットなんてないから、この世界で飲むお茶はたいてい少し冷めている。猫舌の私にはありがたい。
ひと口飲んで尋ねると、イリスはうーんとうなった。
「全員捕らえたんじゃなかったの? 取り逃がしたのがいるの?」
「……いや、あの場にいたのは確実に押さえた。ほかに仲間がいるようすもない」
「わかるの?」
「ごろつきが集まってできただけの集団だからね。ああいう連中に強い仲間意識なんてないよ。わざわざかばって口をつぐむことはないだろう」
「……どうかしら。実はすごく仲のいい相手がいるとか、元から仲間だったとか」
「一人二人ならともかく、全員にその意識が徹底されることはないだろう。何かの理由があって示し合わせているなら、そういう雰囲気があるものだよ。見る限り、やつらは嘘なんてついていないな」
戦がない時は王都守備と犯罪の取り締まりが竜騎士の主な仕事だ。イリスには経験があって、それにもとづいて判断しているのだろう。
「でも、ひっかかる? 何がそんなに気になるの」
「……被害の範囲が、広いんだ」
イリスは難しい顔になった。
「はじめに被害が出たのはニンベ村のはずれ。そこからムッセ、ヨーシン、カラム、セルと移動していってる」
地理を思い出しながら話を聞くが、村の名前までは把握しきれていない。覚えているのはこの館の周辺くらいだ。
イリスはテーブルからさきほどの書類を取り上げた。私が参謀室からもらってきた、この地方の資料だ。
地図を出して指先で示しながら、もう一度賊の出没場所を挙げていく。
「それ以外に、ノゼやカーニスでも被害が出ているんだ」
はじめに示したのは、館から北西にある地域。そこから反時計回りに南下していっている。ノゼやカーニスという村は南東部で、他の被害地域とは大分離れていた。
「被害が出た時期は? どちらが先なの」
「どっちとも言えないな。たしか……ムッセのあとにノゼが襲われたんだったか。そのあとヨーシン、カラム、次がカーニスで最後がセル」
「おかしいわね」
ムッセからセルへはひとつのルートとしてつながっているのに、途中でいきなり他の場所へ飛び、また元の場所へ戻り、ふたたび飛んでまた戻る――なんて、あまりに不自然だ。
それぞれの襲撃時期がちがうならともかく、ほぼ同時期である。車なんてものはなく、移動手段は徒歩かせいぜい馬に乗るくらい。広範囲を移動するには時間がかかる。意味もなくこんな無駄な移動ルートは取らないだろう。集団が移動していれば人目につくはずだが、そういう目撃情報もないらしい。
――と、なると、
「もう一組いるってこと?」
そういう結論に至るしかない。同じことを考えていたらしいイリスは、うなずいた。
「その可能性が高いな。昨日つかまえた奴らとは別口の賊が、ノゼやカーニスを襲ったのかもしれない」
「全然無関係なのかしら。同時期に偶然別々に被害が出るなんて、そんなことあるの?」
「そりゃ、いくらでもあるさ。あってほしくはないが、田舎ってのは賊の標的になりやすいからな。うちはまだ治安がいい方だぞ。騎士の数も多いし、見回りもしているから何かあったら今回みたいにすぐ報告がくるが、場所によっては領主がちゃんと目を配らなかったり手が回らなかったりして、そのまま放置されることもある」
「それは、国として対策を考えないといけないんじゃないの」
「まあ、そうなんだけど」
イリスは肩をすくめ、資料と空になったカップをテーブルに戻した。私を抱き寄せ、自分の脚の間に座らせる。
「考えてないわけじゃないんだが、領主がちゃんと報告してくれないと、どこでどんな問題が起きているか把握しきれない。王都に近い場所ならまだ目も届くけど、地方へ行けば行くほど実情がわからなくなるんだ」
その領主すら自分の領内のことを把握しきれるとは限らない、と聞いて、私は少し呆れてしまった。
ローシェンにおいては地方の施政も治安も、基本領主に一任されている。中央は細かいところまで関与しない。だから領民の生活は領主次第というわけだ。
シャール地方やウルワット地方みたいに、有能な領主がきちんと目を配る土地ならいいけれど、無能な領主に当たると最悪だ。それどころか、もしかすると違法行為をしている領主だっているんじゃないだろうか。
それは、国の責任だな。領主にまかせきりにしてしまうのがいけない。自治権があるといっても、国はまったく何もしなくていいという話にはならないだろう。
「巡検使を出せばいいのに」
「巡検使?」
「監査役のことよ。普通の旅人のふりして各地を回って、問題が起きていないか調査するの」
調べたことを領主に報告するか中央に報告するかは、問題の内容次第だ。
「なるほど、参謀室向きの仕事だな」
言いながら私も思ったので、イリスの言葉にうなずいた。こういうのは本来参謀の仕事ではないけれど、ローシェンの参謀室は半分諜報部みたいなものだから、ストライクに得意分野だろう。
「帰ったらオリグと相談してハルト様に提案してみたらどうだ? 悪くない案だと思うぞ」
「そうね。それは置くとして、同時期に別々の賊による被害が出る可能性はあるというわけね。だったら、ノゼとカーニスはやっぱり別口なんじゃない?」
話を戻すとイリスの表情がひきしまった。
「……そうだな」
「そっちの賊はまだ野放しなわけよね? これで終わりにはできないのね」
「ああ」
ため息をついて、イリスは私の頭に顎を乗せた。おなかの前で手を組んで、ゆるく抱き込む。
「ごめんな……着いてからずっと、君を放って出歩いてばかりだ。両親もいつ帰ってくるのかはっきりしないし、ちっとも本来の目的が果たせない。せっかく頑張って馬車の旅に耐えてくれたのにな」
罪悪感と少しばかりの苛立ちを含んだ声に、私は内心首をかしげた。
「気付いてないの?」
「ん? 何に?」
「……いえ、いいわ」
――まあいいか。
ここでつっこむのはやめておこう。今イリスは、大事な問題と向き合っている。
「私のことは、いつでもかまわないでしょ。どっちが急ぎかは考えるまでもないわ」
「……ああ」
「遊び歩いてるわけじゃないのに、こんなことで怒らないわよ。気にしないで行ってきて。でもその前に、ちょっとだけチャージさせてね」
「チャージ?」
イリスの腕の中で身じろぎして、横向きになるよう座り直す。細身に見えてしっかりたくましい身体に腕をまわし、あたたかな胸に頬を寄せた。
別に、二十四時間いつでも一緒にいたいなんて言わないよ。言われてもうざいよ。でも時々ぬくもりが恋しくなるから、今のうちにたっぷり補充しておこう。
イリスも私を抱きしめてくれる。優しい手が髪をなで、頬や額にキスが下りてくる。少しくすぐったい気分で甘えていると、吐息が唇に近付いてきた。
もうすっかりなじんだ、でもけっして飽きない甘い瞬間を堪能しようと、目を閉じたその時、
「大兄!」
「稽古して稽古!」
何の前触れもなくドバンと勢いよく扉が開かれ、双子が飛び込んできた。
「……お前らな……」
イリスが顔をひきつらせる。私は小さく息をついた。ま、お約束だよね。
お邪魔虫なのは一目瞭然な状況だろうに、まったく意に介するようすもなく双子はやってくる。ええ、わかってますよ。絶対わざとだよね。もしかして覗いていたのか? もっと見せつけてやればよかった。
「約束してただろ。もう賊も片付けたんだし、稽古してよ」
「あと竜に乗せて! お願い!」
「今日はだめだ」
イリスは息をついて立ち上がった。私も立ってカップを片付ける。洗うのは女中さんがやってくれるから、お盆の上に乗せておくだけね。
「なんでさ」
「これから出てくる。もう少し、調べたいことがある」
「え、じゃあ俺たちも一緒に……」
「来なくていい。ノゼ村の方まで行くから、今からじゃ行って帰るだけになる」
午はとうに過ぎている。飛竜なら短時間で移動できるからいいけれど、馬で行ったんじゃ調査の時間が取れない。
「なら向こうで泊まってくればいいじゃないか」
「僕は帰ってきたいんだ」
くいさがる弟に、イリスはそっけなく言い返した。邪魔されて少し怒ってるかな?
ぶーぶー上がる文句を無視してイリスは玄関へ向かう。城代のナジムさんに説明するのを見ていると、羽音がしてすぐ近くにイシュちゃんが舞い降りてきた。
「あら早い。待ってたの?」
呼んでもいないのにイリスが外へ出た途端やってくるなんて、お出かけしたくてずっと待っていたのかな。それとも何かを察してやってきたのだろうか。竜と主の間には、時折理屈では説明がつかない不思議な絆を感じる。
クュルル、と可愛く喉を鳴らしてイシュちゃんは私に頬ずりしてきた。甘え鳴きだ。戦場では恐ろしげな咆哮も上げるのに、一方でこんな声も出す。竜って見た目はこわもてだけど、実は感情表現が豊かだ。
「行ってらっしゃい、イリスをよろしくね」
押しつけられる身体に倒されないよう踏ん張って首筋をなでていると、双子の片割れが手を伸ばしてきた。自分もイシュちゃんをなでようとしたのだろうが、途端にイシュちゃんはふいと首をめぐらせ、離れてしまった。届かなかった手が、くやしげににぎりしめられる。
「じゃあ、行ってくるよ。帰りは少し遅くなるかもしれないから、夕食は先に食べててくれ」
イリスが私の額にキスしてイシュちゃんに騎乗する。飛び立つ彼らに手を振って見送り、私はナジムさんをふりかえった。
「昨日捕らえられた賊たちは、どこにいるんですか?」
「離れの牢に入れてあります」
唐突な質問におどろくそぶりも見せず、ナジムさんは答えてくれた。
離れって……あれかな。裏手に小さな建物がある。使用人が使っているのだろうかと思ったら、牢なんてものがあるのか。
「地方では犯罪もすべて領主が扱います。今回のように賊を捕らえることもございますし、領主館には拘束用の施設があるものですよ」
なるほど、警察も司法も全部領主の管轄だから、わざわざ別に本部とか用意する必要はないんだな。
「行ってもかまいませんか?」
「姫様がですか?」
この質問には少し眉を上げられた。
「邪魔になるのでしたらやめますが、少し話がしたいです」
「……おそろしく野卑な者どもでございますよ。ご不快な思いをされることになるかと存じますが」
「はじめからわかっていますから、大丈夫」
微笑んでうなずけば、それ以上は反対せずナジムさんは私を牢へ連れて行ってくれた。見張りの騎士に言って、扉を開けさせる。
なかなか厳重な施設だった。内部にもう一つ、柵状になっている扉があり、その向こうにも見張りがいる。鍵を開けてもらい入ると、さらに鉄格子に閉ざされた牢が並んでいた。
「あの男が首領です」
騎士が耳打ちして、牢の奥に座る男を示す。
いかつい男だった。多分若くはないと思う。無精髭と蓬髪、垢じみた顔で人相もよくわからないほどだ。逮捕される時に相当抵抗したらしく、顔が腫れ、服のあちこちに血がにじんでいた。
捕らえられ意気消沈しているかというと、そんなことは全くなく、じろりと鋭い眼光が私を突き刺してくる。同じ牢に手下らしい男も数人入っていて、一様にこちらをにらんできた。私はゆっくり鉄格子の前に歩み寄った。男たちから異臭がただよってきて胸が悪くなるが、顔をしかめないよう頑張る。
「ごきげんよう、悪党さんたち」
床に座る彼らを見下ろし、冷やかに微笑んでみせた。
「私の罠に見事にひっかかってくださって、ありがとう。まさかこんなに早く解決するとは思わなかったわ。意外と単純な人たちだったのね」
「……んだ、このアマ」
手前にいた男がうなるが、笑顔でスルーだ。
「イリスは強かったでしょう? 飛竜隊長直々に捕らえてもらうなんて、むしろ名誉なことよ。感謝してちょうだい」
「ざけんなクソガキが! 調子こいてんじゃねえぞ!」
ガンと鉄格子が蹴りつけられる。思わずびくりと身体が跳ねそうになるのを、つとめてこらえた。余裕の笑みを消してはならない。裏返した手を口元に当てて、ホホホと高飛車笑いをした。気分は悪役令嬢だ。
「いい眺めですこと。汚い賊どもが牢の中でわめくしかできないなんて、無様で大変けっこう。領民たちをずいぶんと苦しめてくれたそうですからね、優しい裁きがあるとは思わないように。身の程にふさわしい末路を迎えるといいわ」
「こんのぉ……」
「メス豚が、守られてると思っていい気になりやがって。てめえなんぞ、こんな檻がなきゃひとひねりで息の根止めてやるわ」
「全員でぶちこんでヒイヒイ言わせてやらあ。その取り澄ましたおきれいなツラに、汚ねえモンたっぷりぶっかけてやるぜ」
「さらった娘にも、そのようなことを?」
言われた意味がわからないほど子供じゃない。平成の女子高生は、この世界の女の子よりよほど耳年増だ。
「おうよ、たっぷり可愛がってやったぜ」
「てめえも相手してほしいか? いくらでも啼かせてやるぜ。ひとりやふたりさらってったくれえじゃ、全然足りなかったんだ。こんなちびでもツマミくれえにゃなるだろうよ」
吐き気がするほど腹が立つのを隠し、私はフンとせせら笑った。
「牢の中から吠えたところで、何の意味もないわね。ますます見苦しくて哀れなこと。とてもよくってよ。せいぜい無様でみじめな姿をさらしてちょうだい。領民たちの溜飲も少しは下がることでしょう」
「この……っ」
そこで私は、少し表情を変えて息をついた。
「もう一組の方も捕らえられていれば、もっとよかったのに。そちらは取り逃がしてしまい、くやしいこと」
頬に手を当ててぼやけば、そばの騎士が少し目を見開いた。でもそれ以上態度には出さず、驚きを隠す。他の騎士たちもだまっている。優秀なことだ。イリスの教育かな?
私はさもみんなが知っていることだという顔で、言葉を続けた。
「あなたたちと違って、あちらは賢かったわね。あなたたちに我々の目が向くよう仕向けて、その間に逃げてしまったの。囮にされたあなたたちはみじめでけっこうだけど、あちらにはまんまと逃げられて腹立たしい話だわ」
騎士たちとは反対に、牢の中の面々はたちまち形相を変えた。もう一組いることを知っているかどうかはわからず、かまをかけただけなのだが、どうやら知っていたようだ。口々に怨嗟の声を吐き出した。
「ちくしょう! あいつら俺たちを利用しやがったのか!」
「チンケな連中のくせに、舐めた真似しやがって!」
「こっちのシマを荒らさねえならと見逃してやったのによ、こんなことならぶっ殺しておきゃよかったぜ!」
遠く離れた場所でそれぞれ別に活動していたのに、どうやって囮にするのかという考えは出てこないようだ。こちらの誘導にあっさりひっかかってくれる。あまり頭がよくないのかな。これが普通? 今まで相手にしてきたのは軍人だっり国のトップだったりする人々なので、賊のレベルがよくわからない。
「あら、それほど数は多くないのかしら? たしかに、あなたたちほど派手な真似はしていなかったようだけど」
「はっ、たった三人ぽっちのゴミどもさ。コソコソみみっちい盗みを働くくらいしかできねえくせに、よくも俺たちをはめやがって」
侮蔑を込めて吐き捨てられるが、ゴミがゴミをののしってもな。
「まだそう遠くへは逃げていないはずなのだけれどねえ。せめてどんな風貌かわかれば、見つけ出せそうだけれど……あなたたちに聞くのは無駄でしょうね。仲間を売るようなことはしないでしょうから」
「冗談じゃねえ! あんな連中仲間なもんか!」
「ああ、いくらでも教えてやるぜ。俺たちだけとっつかまって、あいつらがまんまと逃げおおせるなんざ腸が煮えらあ。連中は……」
「待て」
それまでずっとだまっていた首領が、低い声を出した。とたんに手下たちがぴたりと黙る。見事な反応だった。ごろつきはごろつきなりに、上下の関係が徹底されているようだ。
むくりと身を起こし、首領が檻の前までやってきた。牢の中にいるとは思えない迫力だ。私は気押されないよう、お腹に力を入れて見返した。
「そいつを聞きにきたわけか? ちびのくせに、小賢しいことだ」
手下よりは頭が回るようで、私が誘導していることを見抜いている。髭だらけの口元がゆがみ、黄色い歯が見えた。
「教えてやってもいい。あいつらがどうなろうと、俺たちにゃ関係ねえ。だが、ものをねだるにゃ相応の礼が必要だろう。てめえは俺たちに、何を出す?」
「……さあ。あなたたちが何をほしがっているのか、まずそれを知らないとね」
「聞くまでもなかろう」
首領の右手が鉄格子をつかむ。
「放免しろというのなら無理よ。できるわけがないでしょう」
「まあ、そうだろうな。だがお裁きに手心を加えるくらいはできんじゃねえのか」
私は無言で首領の目を見返す。こんな小娘相手に交渉を持ちかけるくらいだから、内心相当追い詰められているのだろう。普通なら相手にもならないと鼻で笑われて終わりなところだ。
「このままだと俺たちは縛り首だ。そいつを、てめえの言葉で変えることはできるか」
「……刑を軽くしろというわけね」
「ああ。もっともこんなちびにどこまで力があるのか知らねえがな。てめえは一体何者だ?」
私は一歩さがり、ことさらに冷たい顔を作ってみせた。
「賊ふぜいが、みくびってくれること。私は公王の娘、チトセ・リルフィ・サノ・ローシェンよ」
痛さ恥ずかしさをこらえて長ったらしい名前を口にする。正式にハルト様の養女となった時に与えられた、王族としてのフルネームだ。普段は絶対名乗らないし人にも呼ばせないが、はったりをきかせるにはこれを使うのがいちばんだ。
「公王の娘……? 王女、か?」
「ええ、そう。ついでに言うと、この領主家の長男イリスの婚約者よ」
はっと首領が息と笑いを吐き出した。
「こいつぁ驚ぇた、お姫様かよ。道理でくそ偉そうなわけだ」
王女と聞いて手下たちも表情を変えていた。別におそれいっているわけではない。珍獣でも見るような目つきだ。
彼らにとって身分なんてどうでもいいものだろう。相手が何者だろうと関係ない。ただ、王族なんてまず見ることもない相手だから、目の前に出てきて驚いているというところかな。
実はにわか王女なんですけどね。本物のお姫様じゃなくてごめんね。
「それなら期待させてもらえるかね。どうだ? 俺たちの命と情報を交換だ。あんたにそれが約束できるか」
私は考えるそぶりで少し間を置いて、ゆっくりうなずいた。
「……いいわ。イリスに話してみましょう」
「本当か」
「信じられないなら、無理にとは頼まないわ。教えてくれれば助かるけれど、聞かなくてもどうにかなるものね。少し時間がかかるだけで」
今度だまったのは首領の方だった。向こうは本当に考え込んでいる。けれど、彼らに選択肢なんてひとつしかない。
「……約束だ」
「いいでしょう」
私はうなずき、首領をちょっと待たせて騎士たちをふりかえった。
「何か、書くものはあるかしら? 紙とペンがあれば貸してちょうだい」
ひとりが身を翻して入り口近くの詰め所へ戻っていく。すぐに紙とペンを持って戻ってきた。書きやすいよう台になる板も一緒だ。気が利くね。
「さあ、いいわ。教えてちょうだい」
私にうながされて、首領が三人組の特徴をあげていく。いずれも二十代くらいの若い男らしい。リーダー格は赤毛に青い目、やせ型で長身。茶色いくせ毛と茶色の目で小太りな男に、黒髪で灰色の目を片方隠した陰気な男――髪型や服装など細かいところを聞き出しつつ、手元の紙にペンを走らせる。
「……こんな感じかしら」
話をもとに描いた似顔絵を、首領に見せてみた。じっと見つめた首領は、次の瞬間吹き出した。
「なんだそりゃ、変な絵だな!」
腹を抱えてげらげらと笑う。すみませんね、漫画絵と言うんですよ。リアルな似顔絵を描く技術はないもので。でもなるべく真面目な絵に描いたぞ。そこまで笑わなくてもいいだろう。
「ひっでえな、そんな似顔絵初めて見たぜ――ああ、でも、特徴はよく出てる。たしかにそんなんだ。まあ、そいつで探せなくもねえだろうよ」
手下たちまで一緒になって笑われ、いささか気分が悪いが無視しておく。わかればいいのよ、わかれば。ふん。
似顔絵の横には文字でも特徴を書き込んである。これでちゃんと資料にはなるはずだ。
「それならいいわ。ご協力ありがとう。それじゃあね」
「おい! 約束を忘れんじゃねえぞ!」
「ええ、もちろん」
出口へ向かいながら、私は肩ごしに彼らを振り返った。
「記憶力には自信があるの。そちらこそ、私の言ったこと忘れないでね」
最後だからにっこり笑顔をふるまって、廊下を戻る。内部に残る騎士にお礼を言って、外へ出た。
私にできるのはここまでなので、似顔絵はすぐナジムさんに渡した。
「お見事なお手並みでしたが、勝手にあのような約束をなさるのは、いかがなものでしょうか」
受け取ったナジムさんは紙を一瞥し、表情を変えずに言う。私は肩をすくめた。
「問題はないと思いますよ。別に罰の軽減を確約したわけではありませんから」
私が言ったのは、イリスに話してみるという、その一言だけだ。彼らの要求をのむとは言っていない。話してみたけどやっぱり変更はできませんでした、でおしまいだ。
「……彼らを詐欺にかけられたわけですか」
「まあ、そんなたいそうなものじゃありません。こういう場合のお約束ですよ」
説明を聞いてかえって微妙な口調になったナジムさんに、笑顔で答える。
「だいいち、もしはっきり確約していたとしても、何か問題ですか? 相手は死刑になるしかないような悪党ですよ。そんなのと交わした約束を、守る必要が?」
私はそこまで馬鹿正直になる気はない。だまされたと知った彼らがどれだけ私を呪おうと、それがどうしたと笑ってやる。彼らのしたことを考えれば、罪悪感なんてまったくわいてこない。
「イリスが聞き込みに行っていますが、こちらでも動いておいたほうがいいんじゃないでしょうか。さっきの話じゃありませんけど、ぐずぐずしていると逃げられかねませんから」
「騎士たちに言って探させましょう――しかし」
ナジムさんはうなずき、もう一度似顔絵に目を戻した。
「特徴はとらえているとのことですが……手がかりがこれだけというのは……」
なんですか、そのまなざしは。周りの騎士のみなさんも、何が言いたいんですか。文句があるなら自分で描いてくださいよ。横で一緒に話を聞いていたんだから、できるでしょう。
けっこう上手く描けたと思ったんだけどなあ。残念ながらこの世界では、漫画絵は評価してもらえないようだ。
今度、カームさんに絵のコツでも教えてもらおうかな。




