結婚報告は宣戦布告 《1》
森と山ばかりだった車窓からの眺めが、次第に開けてくる。やがて馬車は広々とした農地の中を走るようになった。
国土の大部分が山岳地帯というローシェンにおいて、これだけ広い平野部はほかにはない。豊かな農業生産力を誇るローシェンの食糧倉、ウルワット地方にようやく私たちはたどりついた。エンエンナ宮を出て実に十日目のことだった。
「あと少しだ、よく頑張ったな」
隣に座るイリスが私をはげます。馬車での長い旅路は、本当に大変だった。
現代日本の乗り心地のいい交通機関になじんだ私には、舗装もされていない道を、がたごと揺れる馬車で移動するのは本当に辛いのだ。すぐに酔ってしまうから、たびたび休憩を入れ、普通よりもずっと時間をかけてゆっくり移動してきた。この世界の旅慣れた人なら七日もかからないし、イリスひとりなら飛竜で空を行くのでもっと速い。十日もかかったのは、ひとえに私の体調に合わせたためだった。
「酔ってないか?」
「……少し。でも吐くほどじゃないから、だいじょうぶ」
季節は初夏。馬車の窓は全開にし、外の風を入れている。排ガスのない爽やかな空気は現代日本よりずっと素晴らしい。休憩しながらゆっくり進めば、エチケット袋を求めるような事態にはならずに済んだ。
「もう少し行ったところに村があるから、そこで休憩しよう」
農地といっても日本のものとは規模がちがう。見渡すかぎり畑、畑、畑……民家は遠くにぽつぽつと見えるくらいだ。これ、農作業はともかく日常生活にはものすごく不便なんじゃないのかな。どうやって暮らしているんだろう。
「休憩ばかりして、時間は大丈夫? 夕方までに着けるかしら」
「もし間に合わなければどこかで泊めてもらえばいい。この辺の地主ならみんな知り合いだから頼めるよ」
「……イシュちゃんでひとっ飛び、というわけにはいかないの?」
イリスの相棒は自主的に同行している。馬車の速度に合わせて飛ぶことはできないから適当に遊びつつ、でも宿泊地ではちゃんと合流する。目的地が間近なら、イシュちゃんを呼んでここから飛んでいくこともできるんじゃないだろうか。馬車には後から来てもらうとして。
「できるけど……君はそれでいいのか? きちんとした身なりで行きたいって言ってたじゃないか」
イリスの指摘に、私は考え込んだ。
そうなんだよね……こうして馬車の旅を我慢しているのは、荷物が多いのと長距離の二人乗りでイシュちゃんに負担をかけたくないという理由もあるけれど、それだけじゃない。空を飛ぶとどうしても髪はくしゃくしゃになってしまうし、服も着崩れる。せっかく新しい衣装でおしゃれしてきたのに、ヨレヨレになって到着は情けない。
「心配しなくても、この調子なら十分日暮れまでには間に合うよ。あわてる必要もないんだし、ゆっくり行こう」
イリスの言葉に、結局私はうなずいた。
やっぱり、身だしなみ重視で行きたい。到着してそれで終わりではないのだ。むしろそこからが本番なのだから。
金色の麦畑のかなたに、領主館はまだ見えない。でも馬車が進むごとに私の緊張は高まっていく。
いよいよ、来てしまった。
結婚を決めた人の家族に、挨拶に行くのだ。
吐き気はしないけれど、胃のあたりが痛かった。
日本にいた頃、よくインターネットの情報サイトで悩み相談の投稿を見かけた。
彼氏の家族に反対されていますとか、自分の家族が反対していますとか、悩んでいる人が多かったものだ。身分や家柄なんて意識の薄れた現代日本でさえ、価値観の違いやら何やらでもめることが少なくなかった。結婚って、当事者ふたりが盛り上がるだけではできないことなんだね。
うちの両親は奥さんの実家に同居という形だった。父方の祖父母は私が生まれる前と、まだ赤ちゃんの頃に亡くなっているので、母とどんな関係だったのかは知らない。父の兄弟とは、そこそこ仲良くしていたみたいだけれど。
家にいた頃はそんな話全然無縁な学生だったし、将来縁があるとも思わなかった。でも聞いておけばよかったかな。彼氏の家族に挨拶に行く時って、どういう点に注意すべきなんだろう。
ただでさえ知らない人に会うのは苦手なのに、目的が目的だからますます萎縮してしまう。気が重い。胃が痛い。本当は行きたくないけれど、そういうわけにもいかない。
そんな私とは反対に、イリスは出発して以来終始ご機嫌だ。自分の実家に帰るだけだから、そりゃあ気楽だろう。でなくても能天気な人だし、私の不安なんて理解できないだろうな。ハルト様やユユ母様は大丈夫としか言ってくれなかったし、スーリヤ先生も誠意で接すれば問題ないなんて言っていた。宰相には鼻で笑われたし、みんなもうちょっと私の気持ちをわかってほしいよ。
こんなどこの馬の骨とも知れない女を、由緒あるフェルナリス家の嫁にはできないとか言われちゃうんじゃないの。貴族の中でも屈指の名家なのに、外国生まれの平民、しかも身寄りがなく素性のはっきりしない女なんて絶対に認めないとか、すごくありそうだ。漫画でもドラマでも、そういうのはお約束のパターンだもんね。
反対されたってイリスとの結婚をあきらめるつもりはないけどさ、説得できる自信もない。どういうことになるのか、本当に胃が痛い。
なんでこの人貴族なんだろうな。普段は全然そんなふうに見えない脳筋なんだから、生まれも普通の人だったらよかったのに。
私の気持ちを知ってか知らずか、イリスはにこにこしながらオレンジに似た果物の皮をむいている。馬車の中に甘酸っぱい香りが広がる。口に放り込まれた果実は、沈みがちな気分を少しだけなぐさめてくれた。
無事日暮れ前に到着した館の玄関前には、たくさんの人が迎えに出ていた。
「おかえりなさいませ!」
使用人らしい人たちがイリスに笑顔で挨拶をする。中心になっているおじさんは笑顔だけでなく、少し呆れも含ませて言う。
「三年ぶりのご帰宅とは、まったく薄情な若さまにございますな。イリス様がどうしておられるか、皆いつも気にかけておりますのに」
「悪いね、忙しくしてたら毎日があっという間でさ。遠いのにそう頻繁に里帰りしてられないよ」
先に降りたイリスが私に手を貸してくれる。スカートの長い裾を踏んづけないよう、私は気をつけて馬車を降りた。
うわあ、いっぱいいる。館の使用人全員出てきたのかな。二クラス分くらい? 若い人、年輩の人、男性も女性も、みんな興味津々の顔でこっちを見ている。
「全員の紹介はしていられないから、とりあえずこの二人だけな。城代のナジムと女中頭のマーゴだ」
おじさんの隣にふくよかなおばさんも並び立つ。
「ようこそいらせられました。遠路お疲れさまにございます」
「姫様のご到着を心待ちにしておりました。ご滞在中精一杯お世話させていきだきますので、なんなりとお申しつけくださいませ」
一応ふたりとも、愛想よく迎えてくれる。私も顔が引きつらないよう、なんとか笑顔で挨拶した。
「佐野千歳です。どうぞよろしくお願いいたします」
おじさんは城代か。執事は使用人のまとめ役だけど、城代っていうのは主人の秘書というか、補佐役だったっけ。江戸時代でいうと家老みたいな。使用人というより、偉い役人ってくらいに思っておいたほうがいいな。
見た目は穏やかそうに見えるけれど、油断は禁物。うかつなふるまいをしたら嫁失格の烙印を押されるかもしれない。主人や領民への影響力も強いだろうから、この人に嫌われたらアウトだな。
対して女中頭のおばさんの方は、いかにも田舎の婦人という感じだった。垢抜けない印象はあるが、にこにこして人当たりがよさそうだ。表面どおり歓迎してくれているのならありがたいけれど、本音のところはどうなんだか。こちらもあまり油断しないよう気をつけよう。
勝負はすでに始まっている。私はできるだけ愛想よく、そして礼儀正しくふるまうことを心がける。あとは、上品に? にわか王女でも肩書にふさわしい気品は求められるだろう。元庶民がどこまで猫をかぶれるか、限界に挑戦だ。
馬車から下ろされた荷物を使用人たちが受け取っている。そちらはおまかせして、私はイリスに続いてしずしずと玄関をくぐった。古いけれどよく手入れされた、趣のある城館だった。戦にそなえた要塞機能はなさそうだな。飴色の柱と同じ色の枠を持つ細長い窓が並んでいる。木造と漆喰半々くらいだ。
「大兄!」
「おかえりなさい大兄!」
中へ入るとすぐに飛び出してきたのは、私とそう年の変わらない男の子二人組だった。事前に聞いていたからすぐにわかった。イリスの三人の弟のうち、下の二人、双子のニノイとルーフィだ。
「ああ、ただいま」
兄弟が顔を合わせるのは三年ぶりらしいのに、イリスはあっさり済ませてしまう。それでは到底足りないとばかり、双子はイリスにタックルした。
「ひっさしぶり! ったくちっとも帰って来ないんだから!」
「大兄、大兄、剣の稽古してよ。俺けっこう腕上げたんだよ。どのくらいになったか見て!」
今年十九歳になるという二人は、身長だけならイリスを抜いているようだ。でも犬がじゃれつくみたいにまとわりついているようすは、なんだか幼い感じでいかにも弟っぽい。
……うちのコーちゃん、どうしてるかな。あの子はこんな風に感情をあらわにして飛びついてくる子じゃなかったけど、時々静かに甘えてきたよね。普段クールだからお姉ちゃんっ子なところを見せるのが可愛かったな。
「はいはい、あとでな。今帰ったばかりだっての」
でっかいワンコ二匹に飛びつかれてもびくともせず、イリスは軽く押し戻した。
「ずいぶん大人びたかと思ったのに、中身はちっとも変わらないな。客人を前にして挨拶もできないのか」
叱って二人を私に向き直らせる。イリスより色の濃い瞳が二対、こちらへ向けられた。
「ああ、ようこそ」
「遠路お疲れさま。ゆっくり休んでね」
愛想はいいけれど素っ気ない挨拶を口にして、彼らはまたイリスを見る。こちらが挨拶をする暇がなかった。
「お前たちな……」
イリスが叱ろうとした時、階段からまた一人下りてきた。
「ようやくお着きですか、待ちくたびれましたよ。おかえりなさいませ、兄上」
双子のテンションとは正反対な、ちょっとひんやりした静かな声をかけられ、イリスが顔を上げる。現れたのは文官のような服装をした、いかにも貴族的な雰囲気の青年だった。
これが上の弟、レイシュか。イリスと二歳違いの、今年二十四歳。兄よりも年長に見える、落ちついた雰囲気をしていた。まあイリスが童顔なんだけどね。
「ただいま、レイシュ。ほら、ニノイとルーフィも、もっとちゃんと挨拶しろ。連絡してただろう? 僕の婚約者のチトセだ」
紹介されて私はおじぎをする。王宮で叩き込まれた淑女のお作法だ。最近はずいぶん優雅にできるようになったと、ユユ母様のお墨付きです。
「ようこそおいでくださいました。家族一同お待ちしておりましたよ」
レイシュは近くまでやってきて礼を返した。双子もならい、一応私に礼をする。
双子はやんちゃな犬属性だけど、レイシュは猫だな。優雅で物静かで、ちょっとミステリアス。兄弟の中では変わり種かもしれない。イリスも明らかに犬属性だものね。
「遠路さぞお疲れでしょう。部屋の用意はいたしておりますので、まずはゆっくりお休みください。あいにく両親は不在にしておりますが、精一杯のおもてなしをお約束いたします」
……うん?
「不在って、どういうことだ」
気になる一言に、イリスが問いかけた。
「帰省の連絡はしていたのに、どこ行ったってんだよ」
色の薄い瞳が静かに兄を見る。
「ホサックの大叔母君のお加減がよろしくないとのことで、お見舞いに。お年がお年ですからね、もしもの可能性もありますし」
「でもさ……」
「もちろん、兄上たちのご到着をぎりぎりまで待っていたんですよ? もう少し早くお着きなら、せめてご挨拶くらいはしてから行けたんですけどね」
ひそかに刺を含ませた言葉に、イリスはだまって肩をすくめた。遅いと責められても、こっちにはこっちの事情がある。そんな状況だと知っていたらイシュちゃんで飛んできたけれど、現代日本と違って移動中に連絡を取る手段がないんだからしかたがない。間が悪かったということだね。
ご両親との対面が先送りになって、ちょっと気が抜けたようなかえって気が重くなったような、複雑な気分だ。旅の疲れも一気に押し寄せ、倒れ込みたくなった。察してくれたイリスがとにかく私を部屋へと言ってくれ、さっきの女中頭さんが呼ばれた。
「晩餐まで横になって休んでいろ。もし起きられそうになかったら部屋に運ばせるから、遠慮しないで言うといい」
私に言い、マーゴさんにも頼む。
「熱を出すかもしれないから、気をつけてやってくれ。多分今夜はろくに食べられないと思うから、厨房には粥を用意するよう言っておいてくれ」
「おや、ジックが張り切ってごちそうを用意していたんですけどねえ」
「それは僕が楽しみにさせてもらうよ。チトセはもともとあまり食べられないんだ。特に今は疲れているから、重いものは無理だよ」
「わかりました。では姫様、どうぞこちらへ」
うながされ、私は兄弟たちにもう一度おじぎして別れる。本音を言うとイリスについてきてほしいのだけれど、彼は弟たちにつかまって解放してもらえそうになかった。
「たしかにお顔の色がよろしくありませんね。大丈夫ですか? なんでしたら、医者を呼ばせますが」
マーゴさんは私を気づかってくれる。私は笑顔で首を振った。
「ありがとうございます。いつものことなので、心配いりません」
病気じゃないもんね、医者は必要ない。
「休めば回復しますから。イリスはああ言いましたけれど、晩餐は一緒にいただきます。食事も普通のものでいいですよ……ただ、量はうんと少なめでお願いします」
疲れているし、もしかすると熱も出るかもしれないけれど、この調子なら寝込んで起き上がれなくなるほどではないだろう。そうならないよう、ゆっくり時間をかけて移動してきたんだからね。
「ご無理はなさらず。お加減が悪ければ、すぐにおっしゃってくださいね」
「ええ、ありがとうございます」
通されたのは二階の東側にある部屋だった。客間だからかなり豪華な内装だけれど、いつかのカルブラン宮殿みたいな異次元空間ではない。金ピカ要素のない落ちついた部屋だ。宮殿暮らしで贅沢にも慣れてきた私は、さっそくくつろがせてもらうことにした。
手伝ってもらってドレスを脱ぎ、寝台に横になる。
「ご用がありましたら、これを鳴らしてくださいませ」
枕元の小卓に呼び鈴を置いて、マーゴさんは部屋を出ていった。人がそばにいると落ちつかないだろうと、配慮してくれたらしい。そのあと別の女中さんが飲み物を持ってきてくれたが、彼女もすぐにさがった。一人になって、私はほっと息をついた。
とにもかくにも到着した。辛い馬車の旅は一旦終わりだ。今はそれをありがたく思っておこう。
ご両親と会えなかったとか、結局弟組とろくに話もしていないとか、気にすべきポイントはあるけれど。
まずはヒットポイントを回復させなければ。戦いには、万全の準備で臨まないとね。
目を閉じるとすぐに眠気が襲ってくる。そのまま晩餐の時間まで、私はぐっすり眠り込んだ。
「セル村やカラム村の辺りで、最近賊が出没すると報告が来ております。詳細はまだ不明なのですが、どうやら少数ではなくそれなりの集団のようです。討伐隊を組む必要があるかどうか、まずは調査をしたいのですが、せっかく兄上が戻られたのですから行ってきてくださいませんか」
食事の席でレイシュが淡々と話をする。久しぶりに帰った兄をさっそくこき使おうという、なかなか容赦なく合理的な態度だ。
「僕がか?」
「本職でしょう。領地の問題ですし、嫌とはおっしゃいませんよね?」
イリスは気がかりそうにこちらを見る。
「チトセ、一緒に行けるか?」
慣れない場所で一人にされるのはうれしくない。私のそういう性格を知って言ってくれるが、返事をするより早くレイシュが言った。
「調査に同行させるなど、お気の毒でしょう。到着されたばかりで疲れておいでなのに、また遠出をさせるのですか」
「僕が出かけている間のことが、心配なんだよ」
「ずいぶんと過保護ですね」
ふっと鼻を鳴らしてレイシュは笑った。
「彼女のことは、私たちがちゃんとおもてなししておきますよ。兄上はお気になさらず、しっかり働いてきてください」
「三年ぶりに帰った家族を翌日から働かせる気か」
「三年分溜めていた仕事です。跡継ぎとして領民のことも気にかけてください」
レイシュはなかなか頭が回るようだ。口ではイリスより上手だな。ぴしゃりとやり込める手際がお見事である。
ニノイとルーフィも次兄の意見を支持した。
「そうだよ、竜騎士の仕事も大事だけど、大兄はいずれ領主になるんだから義務も忘れないでくれよ」
「たまには顔を見せないと、領民に忘れられるよ」
よってたかって責めているようだが、言葉上だけのもので、イリスと話ができるのがうれしくてたまらないといったようすだ。彼らの視線はイリスから外れることはない。
私はほとんど話を振られることもなく、ひとり黙々と食事をする。
「俺も一緒に行くよ。大兄、竜で行くんだろう? 俺も乗せて」
「ずるいぞニノイ。俺も行きたいのに」
「馬で行けばいいじゃないか」
「自分だけ竜に乗せてもらうなんてずるい!」
「けんかするな、どっちも乗せないよ」
「ええー」
「なんでだよー」
「イシュが嫌がるから」
「ああ、ついでにケイ村にも寄ってくださいますか。土地問題でもめているらしいので、仲裁を」
「それはお前が行った方がいいだろう?」
「しっかり働いてください、長男」
「あのな……」
兄弟同士の遠慮のないやりとりは、はたで見ていて面白い。冷やかに取り澄ましているレイシュも、なんだかんだ言ってお兄ちゃんと話ができるのがうれしいようだ。ことさらに意地悪を言ってつっかかるのは、素直に甘えられないからだろう。
どこにでもある家族の風景。それだけを見れば、ただの微笑ましい構図だ。
私の存在がほとんど無視されているという点を除けば。
私を気にしているのはイリスだけで、他の三人はろくに視線すら向けない。イリスが私に話しかけようとするたびに横から口を挟んで邪魔をする。一見久しぶりの兄と話したいだけみたいな態度だけれど、こう続けば嫌でも意図がわかる。
なるほどね、こうきたか。
私を罵ったり、頭から拒絶して反対するという態度は取らない。一応は愛想を見せて出迎えたけれど、本音では受け入れるつもりはないということか。
いろいろ考えた中では、かなり平和なパターンだな。もっとひどいのを想像していたから、むしろ拍子抜けだった。
ご両親や領民たちに受け入れてもらえるかどうか、それも心配ではあるけどね。いちばんの敵はこの弟たちだと、最初からわかっていたよ。
今回の訪問に先立って、私はまっさきに情報を集めたのだ。領地のことはもちろん、イリスの家族がどんな人たちか、ちゃんと調べてきたんだよ。敵を知り己を知らば百戦あやうからずって、昔の人も言ってるもんね。
エンエンナ宮には便利な組織がある。こういう時に心強い参謀室に、私は協力をお願いした。オリグさんたちは快く受けてくれ、詳細な資料を提供してくれた。それに目を通してわかったのは、イリスの弟たちは大変なブラコンであるということだった。
……相当、お兄ちゃんが好きみたいだよ、この兄弟。
過去にも彼らのお眼鏡にかなわなかった女性が、こっぴどく追い払われたらしい。イリスは気付いていないけれど。
姉妹なら小姑と言うが兄弟の場合なんて言うんだろうな。小舅? そんな言葉あったっけ。
飛竜隊の騎士たちといい、イリスってば女だけでなく男にまでもてまくってるよね。いい加減で大雑把で時々残念な、絵に描いたような脳筋兄貴なのに、やたらと下の者から慕われている。いざって時の頼もしさがそうさせるのだろうか。
イリス大好き仲間としてそこに異論はないのだけれど、それはともかくこの兄弟だ。彼らにとって私は、大好きな兄を奪う敵でしかない。
子供かよとつっこみたいが、きっと私が非の打ち所のない最高の貴婦人なら彼らも認めていたのだろう。そうじゃないからこの冷たい反応だ。
――どうしたものか。
煮込み肉を小さく切って口に運びつつ、思案する。以前のように、近寄らない関わらないで片付けてしまってはいけない。男に嫌われてもそれがどうしたこっちだって男は嫌いだよという気分なのだけれど、今回は互いにそっぽを向き合っておしまいではいけない。なんとか認めてもらわなくてはいけないのだ。
ブラコンの気持ちが理解できればよかったのにね。あいにく私は、兄弟に対してそこまでの執着はない。姉とも弟とも仲がよかったけれど、取られたくないなんて思わなかった。ふたりに好きな人ができたら、大いに応援していただろう。よっぽどひどい相手じゃないかぎり。
レイシュたちにとって私は、「よっぽどひどい相手」なのかなあ。
領主夫妻が不在でも、晩餐の席はにぎやかだった。兄弟は長兄を囲んで大いに盛り上がっている。身内同士の内輪ネタばかり飛び出して、ますます私が入り込む余地はない。
やれやれ、私もインターネットに投稿したい気分だよ。ブラコン兄弟とうちとけるには、どうしたらいいですかって。




