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第8話 第二王子の提案

「…………はい?」


 たっぷり十秒は経ったあと、眉間にぐっと(しわ)を寄せたエマが聞き返した。


「ごめんなさい。もう一度おっしゃっていただいても?」

「お前の婿として、俺を、選んで、欲しいんだ」


 できる限り怖い顔をしたつもりだったが、アルヴィンには全く効果がなかったらしい。

 相変わらず輝かんばかりの笑顔を浮かべ、ご親切にも聞き取りやすいよう、一文字一文字はっきり発音してくれている。


「……あの、わたくし男性恐怖症だと、先ほど申し上げたばかりで」

「だけどお前の母(雪の女王)は克服して欲しいと思っているのだろう? そして婿を見つけてこいと」


(しまった……正直に話しすぎたわ)


 架空の戸籍だとバレたのが気まずくて勢いで喋ってしまったが、余計な情報も与えてしまったらしい。


 エマにしがみついていたシロが、興奮したようにフンスフンスと鼻息を吹き出す。


「と、言いますか、アルヴィンさまもその口だったので!? いつの間に姫さまの(とりこ)にッ!」

()()()ではないが、その方がお互いのためになると思ったんだ」

「お互いのため? なぜ?」


 すかさずエマが口を挟む。

 その質問を予想していたのだろう。アルヴィンは滑らかな口調で説明し始めた。


「さっきも言った通り、俺はこの国の第二王子だ。だが母親は正妃ではない。それどころか貴族ですらなく、ただの踊り子上がりでね」


 そこでいったんアルヴィンが言葉を切る。


「無理矢理第二の妃として迎えられたが、出産であっけなくこの世を去った。そうして残されたのは後ろ盾も何もない俺一人というわけなんだ」

「ああ、だからアルヴィンさまには護衛がいらっしゃらないのですね?」


 そう指摘したのはシロだ。

 言われて初めて、エマはアルヴィンが護衛をつけていないことに気づく。オスカーの後ろにはぞろぞろいたというのに。


「そういうことだ。今日まで生かしてもらっているのはありがたいと思うが、それとは別に、近々売り飛ばされるのは確実だろうな」

「売り飛ばされる? 王子のあなたがですか?」


 理解できなくてエマは聞き返した。

 王族は国で最も尊ぶべき存在のはず。それがなぜ“売り飛ばされる”なんて表現になるのだろう。


「王族の務めとして、政略結婚があるのは知っているだろう? そのための駒として俺ほど適任な人物はいない。王位を継ぐのは第一王子の兄上だし、第三王子の弟は正妃が手放したくない」


 アルヴィンは淡々と続けた。


「対して俺はもうすぐ二十で結婚適齢期な上に、身の振り方に反対してくる面倒な後援者もいない。他国に飛ばしておけば、王位継承にも絡んでこれなくなる。ほら、駒として打ってつけだろう?」


 そう言ってあっけらかんと答えたアルヴィンに、エマはなんと返していいかわからなかった。


 エマにとって結婚とは自分で好きな相手を選ぶことであり、決して物のように売り買いされて決めるものではない。

 そんなことがまかり通るこの国も、それを平然と受け入れているアルヴィンも、エマにとっては新種の生物同然だった。


 その気持ちを察したのだろう。シロがこっそり耳打ちしてくる。


「ちなみに姫さま、これはオルブライト王国のみならず、周辺国は大体みんな似た価値観をお持ちですよ。我が国だけが特殊なのです」

「そうなの?」


 エマは仰天した。当たり前だと思っていたことは、どうやら周りにとっては違うらしい。

 絶句していると、アルヴィンが大したことじゃないさ、と首をすくめる。


「だから、せめて売り飛ばし先は自分で決めたいんだ。イルネージュ王国なら国王たちも異論はないだろうし。何せあの雪の女王が治める国だからな」


 その顔に悲壮感はなく、あるのはさっぱりとした明るさだけ。あるがままの事実を受け入れ、その上で彼なりの解決策を模索しているのだとわかる。


(……お母さまが見聞を広めてこいと言ったのは、これが理由だったのかもしれない)


 制度が違えば、人の価値観や考え方も変わってくる。母はきっと、そのことを知ってほしかったのだろう。


(それに、同じ王族でも彼はわたくしとは全然考え方が違う。わたくしは用意された道の上を歩いているだけ。でもこの人は、自分で道を決めようとしている……)


 エマは初めて、アルヴィンをまっすぐに見た。


 彼の澄んだ青い目は、見方によって軽薄に見える時もある。

 けれど、時折瞳の奥に覗くどきりとするほど深い青は、アルヴィンのまだ見ぬ一面を示しているようでもあった。

 春風に誘われて若葉が萌え出るように、感じたことのない気持ちが芽生え始める。


(この人の見ている世界は、どんな世界なのだろう……)


 エマがうなずけば、彼は助けてくれると言う。それに、婚約者を見つければ国にだって帰れるのだ。


 これはエマにとっても悪い話ではなかった。


(……そう、これもある意味政略結婚だと思えばいいのだわ。どのみちわたくしは男性恐怖症。誰かと恋をしたいなんて思わない。それなら、彼の提案に乗ってもいいのかもしれない)


 自分を納得させる言葉を並べてから、エマは静かに口を開いた。


「……あなたを受け入れれば、わたくしを手伝ってくれるのですね?」

「そうだ。その上、男性恐怖症の克服にも協力できる。さっきは少し強引だったが、普段は至って紳士的だ」

「……わかりました。あなたをわたくしの婚約者として考えましょう」

「エッ!? 姫さま、いいんですか!?」


 仰天したシロが、小さな手でエマの腕をはっしと掴む。


 一方、言い出しっぺであるはずのアルヴィンも驚いた顔をしていた。まさか受け入れられるとは思っていなかったらしい。


『姫さまがご婚約!』

『きゃーっ!!! やるじゃんやるじゃん!』

『姫さまおめでとうなの〜! ぷぷぷ~!』


 即座にシマエナガたちが喜びの舞を舞おうとするのを、エマは慌てて止めた。


「ま、待って。まだ続きがあるんです。その、いきなり婚約者というのはハードルが高すぎるから、今は婚約者(仮)とさせて欲しいの!」


 それを聞いて、アルヴィンがニヤッと笑う。


「まずはお友達から始めましょうってことか?」

「そ、そういうことです」


 そこへシロが、まるで父親であるかのように威厳たっぷりの顔で身を乗り出した。


「わたくしめは妥当な提案だと思いますね! アルヴィン殿下と言えど、いきなりうちの姫さまを任せるわけにはいきませんしッ」


 そんなシロの丸い頭をポンポンと叩きながら、アルヴィンがエマに聞く。


「友達から始めるのは構わないが……散々協力した後になって、やっぱり嫌だと捨てられる可能性もあると言うことか?」

「そ、それは……」


 痛いところを突っ込まれてエマは押し黙った。

 それからそばに伸びる薔薇の葉っぱを散々いじり倒し、蚊の鳴くような声でボソボソと答える。


「……そんな不誠実なことは、しません。協力してくださった暁には、きちんと婚約者として母にも紹介します」


 エマの言葉に、アルヴィンが嬉しそうに笑った。


「よし、その話乗った。なら婚約者(仮)と言うより、婚約者(予定)だな? 俺の可愛い婚約者殿」


 その笑顔があまりに無邪気なものだから、エマは一瞬、本当に好かれているのかと錯覚しかける。


 が、次の瞬間、アルヴィンはとんでもないことを口にした。


「円満にまとまってよかった。断られた時のために既成事実を持ち出して強引に囲い込まなきゃいけないかと思っていたが、必要なさそうで安心したよ」

「……何ですって?」


 既成事実? 強引に囲い込む? 思わぬ単語に困惑していると、仕方ないですねぇ……といった顔のシロが耳打ちしてくる。なぜかシロは、まったく驚いていなかった。


「姫さま、以前わたくしめは姫さまに注意しましたよね? 決して殿方と二人きりになってはいけないと」

「え、ええ……。そういえば、そんなことを言われた気がする」

「と言いますのも、この国では結婚前の男女が二人きりになってしまった場合、問答無用で“関係を持った”と認識されてしまうのですよ」

「えっ!? なっ……!」


 言われた言葉が理解できず、頭の中が真っ白になる。


(二人きりになっただけで、関係を持ったことになる? ってことは、つまり……?)


 アルヴィンが、シロの言葉に同意するようにうなずいた。


「お前と俺が二人で出ていくのを、兄上含めたくさんの人が目撃している。だから今頃みんなは思っているだろうな。『ああ、エマ伯爵令嬢とアルヴィン王子は、()()()()()()だったのか』と」

「そ、そんな、めちゃくちゃです! たったそれだけで!?」

「姫さま、残念ながらこれがこの国の()()なのですよ。だからお気をつけくださいとあれほど言ったじゃないですか。もうどうしようもありませんよ」


 大きなため息をついて、シロが首を振る。……その顔はなぜか嬉しそうだった。


「あ、あなたまさか最初からそれを狙って……!?」


 震える声で問い詰めれば、アルヴィンはにっこりと極上の王子スマイルを浮かべて言った。


「もちろん」

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