ネバトロ丼
「いやぁ、今日も美味しかったよ。御馳走様」
「最初から卵があっても良かった」
「何言っている、卵が無いからまず魚が味わえたわけで……」
「今日もとっても美味しかったわ」
やいのやいのと皆さんも食事を楽しめたようで、お見送り。
「お口に合ったのならよかったです」
「いつも口に合いっぱなしだけどね」
がーさんが笑って言います。
「奥の子がそろそろ痺れを切らすだろう?大丈夫かい?」
「この後自分たちのお昼でゆっくり食べるつもりなので大丈夫だと思いますよ」
「それならよかった」
がーさんはそう言うと、少し寄ってくるようにと手招き。
招かれるままにがーさんの所へ行くと、
「あのお店の更に前。マスターは色々なところで調理をしていたんだ。その頃からの伝統みたいなものなのだよ、今日の卵聞きはね。まあ、いつもの料理にアレンジを加えてもらうのも昔からだからずっとマスターと似たようなことを君は知らずにしているんだけどね」
ニヤリとがーさんは笑います。
「そうなんですね」
尊敬している人と同じことをしているというのは少なからず自信につながる部分があるわけで。自分が一歩ずつ進んでいるのを実感できたので心の奥からじんわりと嬉しさが込み上げます。
「明日も楽しみにしているから、よろしく頼むよ」
そう言うと、右手を揚げてお店を後に。
まるでバスガイドさんのような感じでその右手について行く皆さんを見送って、一段落。
「片付けの前に、お昼かな」
とは思ったのですが、食器を下げて水に浸けておくだけで洗い物はグンと楽になるので、見送ったその足で客席へ。
食器をある程度纏めて持って厨房へ戻ると、
「雅ぁぁぁ」
それだけ声が出せるのであれば、もう少し我慢できそうな気がしますが精霊も我慢の限界なのでしょう。
「はいはい?」
なんてことない様に聞き返します。
「皆さん帰られたのですし、お昼にしましょ?ね、しましょ?」
すりすりと寄ってくるスーパーボールは何とも言えない圧があり、少し気圧される感じはありますが、まあ約束もしているので頷きます。
食器を水に浸けて、カニカマ卵を二つ作って丼ぶりに。
少し甘いかもしれませんが、自分の分の鯵なので四つが三つに変わっても大差ないので、精霊の丼ぶりにも魚も乗せて出すことに。
「おお。丼ぶり!」
精霊も喜んでくれたようです。
「じゃ、いただきます」
「ええ、いただきます」
かなり美味しく出来ていますが、元々これは魚に合わせたあんかけなので酸っぱさが際立ちます。
丼ぶりで食べるにはもう少し酸味を抑えて、出汁や醤油で鯵をまろやかにした方がよかったかもしれません。
「うーん」
悪くないけど、ちょっとだけ唸ると、
「どうかしましたか?」
精霊が聞いてきます。
「ちょっと酸っぱすぎたかなって。あ、この丼ぶりにしてはって意味で元々はアレでいいと思っているけどね?」
思っている事をそのまま伝えます。
「そうです?酸っぱいのもそれはソレで食欲が湧くので私的にはオッケーですけど」
精霊的にはオッケーの様で。
少し悩み過ぎなのかもと考えますが、考えることは悪い事ではありません。
「雅、この後はいつも通りです?」
「うん。まあ、先に洗い物を済ませてからだけどね」
お昼が終ったら、いつも通りのゆっくりな時間。
さっさと洗い物を済ませて今日も木刀作りといきましょう。
いつもの光景と認識してくれているのか、南の扉の人達も最初の頃は怪訝な顔をしていましたがいまは軽い会釈だけで気にすることも無く通してくれます。
木刀作成も少しだけ慣れてきているのもあって、少し時間があるときには六属性の玉を作って軽い素振りも。
素振りは十回をワンセットでやるのですが、他も気にしているので中々集中力を削られます。
「玉がぶれています。もう一回」
いつの間にか精霊がふわりと出て来ると、学生時代の教師の様に指導。
何か違うと思う気持ちも少しだけあるのですが、実際に玉はぶれているので文句も言えず。ぼそりと小さな声で“はい”とだけ。
少し早い時間ですが、日が落ち始めると結構早いので片付けを始めると精霊がポンッとまた出てきて、
「今日の夕飯はなんでしょう?」
木刀を作って、素振りをして。その作業に集中していたのでいつも通りに考えているわけがありません。
「まだ決まってない」
「では、汗を結構かいていた様なので、そういう日の料理というのは無いのでしょうか?」
汗をかいたときの料理?
汗をかくのだから暑い頃を想像すると、スタミナ系?
でも、結構疲れている今、手の込んだものが作りたいとはあまり思えず。
「スタミナ料理って事?」
喋ってみるとある程度ぽつぽつと浮かぶものも。
「スタミナ料理。ほほぅ?面白そうな料理ですね?」
「いや、スタミナ料理っていうのは、なんていえばいいかな、精の付く料理っていうか……」
まじめに説明してもなんというか少し恥ずかしいような。
「んんっ、体力の付く料理って事」
「それは今の雅にとってベストですね!」
「まぁ、ね」
少しだけ誤魔化した様な感じですが、喋っているうちに頭には一品思いつくものが。
「夜も丼ぶりになるけど、いい?」
「食べやすいので全然かまいませんよ」
という事で、帰って夕飯を作るとしましょう。
「ただいまー」
「おかえりなさい」
いつもの挨拶ですが、これがあるとやっぱり嬉しいもので。
手を洗って、いつもの厨房へ。
「どんな料理に?」
精霊が聞いてくるので、
「ネバトロでいこうかと思ってる」
「ネバトロ?」
「そう。ねばねば、とろとろ?」
とろとろ?と自分で言って、入っているかな?と自問自答。
入っているか微妙だけど、まあ大丈夫かな?
「まあ、見ていて」
使う材料はシンプル。
ひきわりの納豆、山芋、モロヘイヤ、オクラ。
食感が欲しい人は、たくあんがおすすめ。あとはちょっと贅沢にいきたいときはマグロも細かく切って一緒にするのもいい感じ。
大きめのボウルを用意して、納豆は容器から出して付いているタレも一緒に入れればオッケー。
山芋は皮を剥いてすりおろし。今日の作業では手を洗わないといけないので最後で。
モロヘイヤとオクラはちょっとだけ下準備。
オクラは板ずり。オクラをまな板の上に置いて、塩を振ってずりずりと。コレをすると口当たりがよくなるので、ちょっとの手間ですが惜しむことなく。
モロヘイヤは葉と茎に分けて、あとは纏めてゆでるだけ。茎の方が火の通りは見た目通り遅いので、茎を先に入れましょう。
茹であがったら、オクラはがくを取ってヘタを落として準備完了。
後はモロヘイヤと一緒にみじん切り。細かくすればするほど美味しいと思って、頑張ってみじん切り。気分的にはフードプロセッサーもちらりと頭をよぎるのですが、この後自分で洗う事を考えれば、包丁とまな板だけで済むこっちの方がかなり楽。
細かく粘り気が出て来たら納豆の入っているボウルに入れて殆ど完了。
山芋を摩り下ろして、ボウルに入れたら後はこれをかき混ぜて、準備完了。
納豆のタレの味で薄く味は付いているのでご飯にこのままかけて出来上がり。
色合いは地味ですが、味とスタミナに関しては抜群。
「精霊、できたよー」
お昼に卵を結構食べているのであえて今日は卵抜き。
そして、味が少し足りない場合は醤油を足したり、めんつゆをかけてみたり。
「雅、それは?」
僕の秘密兵器は葉わさび漬けの醤油。
「ピリッとしてコレ美味しいよ」
「おぉぉ。ネバネバでトロトロ。更にピリッと。これはなかなか」
ちょっとだけ汗もかいて疲れていたのですが、するすると入るので食べやすくこういう時には丁度いい感じ。
後はお風呂でもゆっくり浸かるかなぁ。
少しだけ夏の空気を思い出しながらの精霊との夕飯。
今日も楽しい一日でした。
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