ラーメン蟻地獄
「夏こそ、ラーメンよ!」
聖痕十文字学園中等部二年、炎浄院エナがキラリと眼鏡を光らせながら、またぞろ訳の解らない気炎を上げた。
謎のJCラーメンブロガー『なえタン』の中の人として、今日もラーメン取材に余念のない彼女に、
「てゆーか何で俺まで……こんな暑い日に、ラーメンなんか食いたくねーよぉ」
クラスメートの時城コータがブツクサ文句を言いながら、うだるような真夏の商店街を征くエナの後を追う。
夏休みの宿題をエナに写させてもらった「代償」として、彼女の「取材」に付合わされているのだ。
「仕方ないでしょコータくん。あのラーメンは二人で入店しないと注文できないのよ!」
ツインテールを弾ませながらそう答えて、エナが意気揚々と向かう店は、地元聖ヶ丘の人気店『闇野川圧勝軒』。
その店が、この夏カップル客だけに供する限定メニュー『真夏のラブラブラーメン』がお目当てらしい。
「イヤ、でもカップルだなんて、なんぼなんでも……」
あからさまに厭そうな顔のコータに、
「大丈夫よコータくん、形だけだから!」
エナは全く意に介さずに即答して、二人は店に入った。
「へいおまちカップルラーメン一発!」
注文から程なくして、二人前で一杯の巨大なラーメンが二人の前に運ばれてきて、
「それじゃ食べる前に一枚。ハイ肩組んでー!」
笑顔の店主が二人にカメラを向ける。
「ちょまっ!」
面食らうコータに、
「大丈夫よコータくん、形だけだから!」
エナが無理矢理コータに肩を組み、店主がパシャッと一枚。
次いで、
「コータくん、はい。アーンして!」
エナが特大チャーシューを箸でつまんで、コータに差し出す。
「や、やめろよ恥ずかしい……」
ドン引きのコータが顔をしかめるが、
「大丈夫よコータくん、形だけだから!」
「おニイちゃん、『チャーシューあーん』で百円引きだから!」
店主のオススメもあって、仕方なくコータはチャーシューあーんして、店主がパシャッと一枚。
そして、ズルズルズル……一杯の丼から、二人がようやくラーメンを平らげた頃、
「それじゃあ最後に、この『特製ラブラブ一本麺』を、二人で両端からチュルチュルして貰おうかなー!」
極太の『一本麺』を別皿で運んできた店主が、カメラを構えながら二人にいやらしい笑顔。
「ちょまままま!」
そういうことだったのか!
慌てて席を立って逃げ出そうとするコータの腕を、エナの手がガシリと掴んだ。
「大丈夫よ……コータくん、形だけだからぁ……」
ものすごい力でコータを捕まえながら彼を覗き込む眼鏡の奥で、今日の太陽よりも熱くてギラついたエナの眼が、雄弁にこう語っていた。
何事も最初は形からだと。




