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悪役令嬢 ――リリアンヌ・フォン・セレスティア物語――   悪役令嬢が出来るまで…  作者: 南蛇井


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第21話 学園の門 ―― 令嬢たちの戦場、そこが彼女の舞台。

帰還 ―― “完璧”の象徴、再び学園へ


冬の朝。学院の門前に、薄い霧とともに白い馬車が止まった。

馬の吐息が白く立ちのぼり、その中から降り立った少女の姿に、周囲の空気が一瞬で張り詰める。


雪白のマント、銀糸の刺繍がきらめく制服、そして――血のように深い紅を宿した瞳。

リリアンヌ・ヴァルモンド。

王妃教育課程を首席で修了し、“白薔薇令嬢”と呼ばれた少女の帰還だった。


「あれが……ヴァルモンド嬢……」

「首席合格の噂は本当だったのね……」

「まるで――白薔薇の女王だわ。」


囁きが風のように広がり、教師たちまでもが足を止めた。

リリアンヌはその視線の嵐を受けながら、ただ静かに歩みを進める。

石畳の上を、氷の上を渡るような足取りで――決して乱れぬ姿勢、崩れぬ微笑。


(見られることは、私の運命。

ならば、完璧に――美しく、凍りついたままでいればいい。)


門をくぐる瞬間、冬の光がマントの裾を照らした。

その一歩は、まるで“凱旋”のようであり――同時に、静かな戦場への帰還でもあった。


称賛と羨望、そして嫉妬。

そのすべてが、彼女の周囲に花弁のように舞い落ちる。


(この学院で、もう一度――咲くわ。

たとえその花が、血よりも冷たい白であっても。)


令嬢たちの戦場 ―― “優雅”という名の武器


学院の中庭には、春を待たぬ冬の光が差していた。

その冷たい陽光の下、令嬢たちの談笑はまるで絹の刃。

一見、柔らかく――けれど、少しでも踏み違えれば心を切り裂く。


廊下で交わす挨拶の角度、食堂でのティーカップの持ち方、

ドレスの色、アクセサリーの配置。

すべてが“身分”と“格”を示す言語であり、ここでは沈黙すらも戦略だった。


そんな戦場の中心に立つのは、もちろんリリアンヌ。

彼女が廊下を歩くだけで、空気が一段と澄む。

その一歩にまで気品が宿り、視線が自然と吸い寄せられる。


「見て、ヴァルモンド嬢が……」

「あの方の立ち姿だけで、教本になるわ……」


そう囁く声を背に受けながら、リリアンヌは微笑を崩さない。

だが、その笑みの奥は冷ややかに静まっている。


昼休み、若い新入生の令嬢が勇気を振り絞って近づいた。

目を輝かせ、少し震える声で言う。


「リリアンヌ様のようになりたいです!」


リリアンヌは紅茶を口に運び、ゆっくりとその少女を見た。

唇に浮かぶ微笑は、春の花のようにやわらかく――けれどどこか遠い。


「ありがとう。けれど……」

「わたくしのようになるには、少し寒いわよ。」


少女は意味を理解できずに瞬きをする。

リリアンヌはただ微笑みを深め、再びカップを傾けた。


(“完璧”は、誰かの憧れになる。

でも同時に、それは“孤独”の別名でもあるのよ。)


その日も、白薔薇の令嬢は静かに微笑んだ。

戦場の中心で、誰よりも優雅に――そして、誰よりも孤独に。



新たな敵影 ―― “微笑”を武装した少女


学院の春期が始まってまもなく、ひとつの噂が風のように広がった。


――侯爵家フロリアンの令嬢、エレーナが転入してくるらしい。


その名は、すぐに学園中の令嬢たちの間で囁かれた。

美貌、家柄、教養。どれをとっても申し分なく、しかも人当たりのよさは抜群。

登校初日、彼女が学院の門をくぐると、その場の空気がやわらぐのがわかった。


陽光をまとったような金髪。

軽やかな笑みと、鈴のように響く声。


「まあ、ここが“白薔薇の学び舎”ですのね!」


その明るさは、冬を払いのける春風のようだった。

けれど――リリアンヌの目には、それがどこか“計算された光”に見えた。


数日後の昼下がり、エレーナはついに彼女の前に現れる。

中庭の白薔薇のアーチの下、完璧な姿勢で歩み寄り、手を差し出した。


「ヴァルモンド嬢。あなたのような方にお会いできて光栄ですわ。」

「……ご丁寧に、フロリアン嬢。」


二人の視線が触れ合った瞬間、周囲の空気がわずかに震える。

その静かな張り詰めた感覚に、周囲の令嬢たちは息を飲んだ。


そして、エレーナは微笑を崩さぬまま続けた。


「でも――私、勝ちたいの。」


リリアンヌの睫毛が、わずかに揺れた。

その言葉は挑戦であると同時に、宣言でもあった。


エレーナの笑顔は、まるで鏡に映る自分自身のよう。

温かく見えて、芯は氷のように透き通っている。

人を惹きつけながら、同時に距離を保つ――“完璧な仮面”。


(この子……わたくしと、同じ顔で笑っている。)


その日を境に、学園は二つの“光”に照らされた。

白薔薇のヴァルモンド嬢と、黄金のフロリアン嬢。


そして誰もが、心の奥で感じていた。

――この学園が、静かな戦場になることを。



令嬢の門前戦 ―― “勝ち続ける”という孤独


朝の光が、学院の尖塔を金色に染めていた。

石畳の上を、二つの影がゆっくりと近づいていく。


白の馬車から降りたリリアンヌ・ド・ヴァルモンド。

金の馬車から降りたエレーナ・ド・フロリアン。


まるで約束されたかのように、同じ刻に、同じ門をくぐる。

周囲の令嬢たちが一斉に息を飲み、その光景を見つめた。


「見て……あれが“白と金の薔薇”よ。」

「まるで舞踏会の幕開けみたい……。」


リリアンヌはゆっくりと足を止め、エレーナへと向き直った。

白い手袋を整え、氷のように澄んだ声で言葉を落とす。


「この場所は、夢を見る少女たちの舞台。

けれど――“勝ち続ける者”には、拍手よりも孤独が降るわ。」


その微笑みは、悲しみを隠した完璧な仮面。

拍手も称賛も、どれほど浴びても、心の温度は上がらない。


エレーナは一歩前に出て、黄金の髪を風に揺らす。

その瞳は、強さと優しさの狭間で静かに燃えていた。


「それでも、咲くのをやめない――それが令嬢でしょう?」


その言葉に、リリアンヌの胸がわずかに震える。

彼女はゆっくりと瞬きをし、まぶたの奥で何かが崩れそうになるのを感じた。


(この子は……戦うために笑っているのね。)


二人の視線が交錯する。

白と金、氷と光――二つの薔薇が静かに対峙する。


誰も声を出さなかった。

ただ、冷たい朝の風が二人の間を通り抜け、学院の門が重々しく開く。


その瞬間、学び舎は舞台ではなく――戦場になった。


そして、リリアンヌは心の奥で微かに呟く。


「さあ――今日も“完璧”を演じましょう。」


白薔薇の令嬢は、孤独という名の冠をかぶり、再び微笑んだ。



凍てつく花壇 ―― “戦いの始まり”


放課後の庭園。

冬の陽が沈みかけ、白薔薇の花壇が青白く光っていた。

その中に、ひとりリリアンヌの姿があった。


吐く息は白く、指先は冷たい。

けれど彼女の瞳だけは、どこまでも澄んでいた。


霜に覆われた花弁にそっと手を伸ばす。

冷たさが指に刺さり、痛みのような感覚が胸を貫いた。


「誰もが、美しく咲こうとする。

けれど――冬の庭では、咲くことが戦いになるのね。」


風が薔薇の花弁を震わせる。

白い花びらが一枚、静かに舞い落ちた。


その儚さの中に、リリアンヌは確かに“覚悟”を見た。


ゆっくりと立ち上がり、凍てつく空へと視線を上げる。

頬にかかった髪を整え、いつもの“完璧な微笑”を取り戻す。


ラストモノローグ:


「ここは、少女たちの学び舎なんかじゃない。

夢と誇りを賭けた“静かな戦場”。

私――リリアンヌ・ヴァルモンド。

もう一度、戦うわ。

微笑みを――武器にして。」


雪がひとひら、彼女の肩に落ちる。

それを払わず、リリアンヌは静かに歩き出した。


白薔薇の令嬢は、凍てつく冬の庭に咲き続ける。

その微笑の裏に、誰よりも強い闘志を秘めて――。


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