「氷の竜帝様?」
突発的に番外編です。
※ほぼ竜帝のターンです。
「竜帝の件で、尋ねたい事?」
城内にある寝室で、ベッドに腰掛けながらレティシアは首をかしげた。隣にはジルベールの姿がある。
竜帝に質問とは。珍しい事もあるものだ。
レティシアは「わかった」と頷き、指にはめている反転の魔導具を用いて竜帝の姿をとった。竜帝状態であろうと中身はレティシアのまま。わざわざ反転する必要はないのだが、こちらの姿の方が適当だろうという彼女なりの配慮だ。
足を組み、柔らかく微笑む竜帝の姿を目に入れたジルベールは、慌てて距離をとって手を前に突き出した。
「べ、別に、竜帝様に反転してくれとお願いしたわけでは!」
「竜帝に質問なのだろう? ならばこちらのほうが臨場感が出る。さぁ、旦那様。なんなりと尋ねてくれ」
突き出された手首を握って引き寄せ、逃げられぬよう腰を抱く。
最初ジルベールは所在なさ気に手をすり合わせていたが、覚悟を決めたのかレティシアを見上げた。身長差のせいで上目遣いになってしまうのがなんとも愛らしく、つい頬を撫で、そのまま髪を梳く。
「……レティ」
「すまない。話を逸らすつもりはないのだ。普段は私が見上げる側だからな。こういうのも新鮮で良い……ではなく、質問だったな。なんだろうか」
「あー、いや、それほど重大な話ではないんだ。ちょっとした興味関心、好奇心というか……」
「かまわない。なんだって聞いてくれ」
愛おしい旦那様から興味を抱いてもらえるのならば、どのような些末事であろうと嬉しいものだ。目尻を細めるレティシア。
その姿に、ジルベールは不思議そうな顔をした。
「……やはり、噂とは全然違うな」
「噂?」
「竜帝様の噂だ。氷の竜帝……氷竜を使役するからだけではなく、その氷のような美しい美貌は、どのような敵であっても眉一つ動かない。彫像のような男だと――」
ジルベールの腕が伸び、レティシアの頬に触れる。
「うん?」
「――聞いたんだ。しかし俺の知るキミは基本にこにこしていないか? いや、にこにこは語弊があるな。表情が柔らかい?とでも言うべきか。氷の美貌と言うからにはもっとこう、クールで表情筋が動かない感じだと思うのだが」
「なんだ、そんなことか」
「だから言っただろう。ちょっとした好奇心だと」
恥ずかしそうに唇を尖らせるジルベールに、つい笑みがこぼれる。
本当に可愛い旦那様だ。
「ジルベール様は頭は良いのに、時折鈍感になる事があるな。特に人の感情――好意というものに関してだけは鈍いと言わざるを得ない」
「ば、馬鹿って言いたいのか!?」
「ははは、違うよ。愛らしいと言いたいのだ」
頬に置かれた彼の手を包み込むように握りしめ、紅の瞳を覗きこむ。
「あ……ちょ、……レ、レティ……」
「愛する人の傍にいて、笑顔にならぬ者などおらんよ。普段の私が氷だというのならば、それを溶かしているのはあなただ。旦那様。噂通りの竜帝をご所望ならばすまないが、ジルベール様の前ではこのような顔しかできないらしい」
握った手をゆっくりとずらしてゆき、手の平に口付ける。銀の睫毛に縁どられたサファイア色の瞳が、じいとジルベールを見つめた。
「嫌か?」
「い、嫌なわけ……キミは、もっと自分の破壊力を自覚して――わ!」
「ふむ。こっちの姿だと軽々押し倒せるな」
「は!? な、なに!? なんだ!? どういう意味だ!?」
「いつもはレティシアの姿で愛を注いでいるからな。私の表情一つ、気にしていただけるのであれば、竜帝からも愛を注いだ方が良いのかと」
「か、過大解釈だ!」
ベッドに倒れ伏しながらレティシアの胸をぐいぐい押し返そうとするジルベール。だが残念。竜帝状態の彼女の体幹は、身長と体重が強化された分恐ろしく強い。箱入り皇子様であったジルベールの力程度では猫がじゃれ付いているようなもの。ビクともしない。
普段レティシアがするように、よしよしと彼の頭を撫でる。すると途端に抵抗が弱まった。
「大丈夫。愛でるだけだよ、旦那様。さぁ、思う存分可愛がってやろう」
「……キミの愛で方は甘すぎるんだよ。足腰立たなくなったらどうしてくれるんだ」
「その時は……そうだな。責任を持ってお運びしよう」
「良い笑顔だな! もう! ……キミに触れられるのは嫌じゃない。けど――」
ジルベールが次の言葉を紡ぐ前に、寝室に張り巡らせてある防壁が大きく揺れた。人がぶつかった――わけではなく、蹴り飛ばしたというのが正解だろう。このような大雑把なやり方、フォコン以外に考えられない。
レティシアはしぶしぶ彼と念話を繋いだ。
「……フォコン」
『あれ? 竜帝様? まぁ丁度いいか。アドルフ様からご依頼です! 雀ちゃん飛ばすんで防壁緩めてくださーい!』
「……はぁ」
『竜帝様?』
「いや、承った」
壁をすり抜けてきた雀がレティシアの肩にとまる。フォコンを使っての伝達ならば急務案件であることの方が多い。案の定、今すぐ対応してくれとの内容だったので、彼女はしぶしぶベッドから降りた。
「レティ」
「急務らしい。行ってくるよ、旦那様。帰りは少し遅くなる。先に寝ていてくれ」
「ちゃんと待っている」
「しかし……」
「待っている」
竜帝への依頼は大抵が討伐依頼だ。無事に帰ってくるまで待っていたいのだろう。そう心配せずとも負ける事など万に一つもありはしないのだが。待っていると言ってもらえるのは嬉しいものだ。
レティシアは「ああ、分かった」と頷いてとびきりの笑顔を見せた。





