受賞記念SS 後編 「昔話」
急遽休日出勤決めることになったので更新遅れてすみません。後編です。
突き付けられた美の概念に一瞬意識が飛びかけるも、メイドの矜持でなんとか手繰り寄せる。周囲を見回してもレティシアの姿はない。
ならば自らがとるべき行動は一つだ。
「誰か――」
人を呼ぼうと声を出す。しかし、男の方が何もかも早かった。
一瞬で距離を詰めた彼は片手でリゼットの口を塞ぎ、もう片方の手で扉を叩いた。壁ドンならぬ扉ドンである。
だがリゼットは気付いた。これは扉に圧をかけることで開くのを防いだだけだ。つまり、彼女は逃げ場すら失ったのである。
「し。声が大きい。騒ぎになっては困る」
「――ッ、ン、ン!」
落ち着いた、氷のような冷たさをはらむハスキーボイス。濡れた銀髪の奥から、青い瞳がこちらを覗いている。眼前に迫る圧倒的な「美」の塊に目が潰れそうだ。これほど美しい男性は見たことがない――そう考えてハッと気づく。
そうか。彼がかの竜帝様だ。
ならばやはりあの噂は本当だったのだ。
呪われた皇子、ジルベール。しかしリゼットは知っていた。彼はメイドの仕事を当然とは思わず、無愛想ながら「ありがとう」と言ってくれる優しい人だと。女性にだらしないという噂もただのフリ。
彼をダシに使っているのなら、いくら竜帝様でも噛みつく覚悟は出来ている。
リゼットは彼の腕を掴み、ねめつけるように竜帝を見た。暴れる気はない。人を呼ぶのはやめた。だから喋らせろ、と無言で訴えかける。
すると彼女の声なき声を察した竜帝は、あっけない程簡単に手を離してくれた。
「竜帝様を至近距離で浴びてよくぞその対応。さすがリゼットさん」
フォコンは紅茶をすすりながらしみじみ呟いた。
「浴び……? 竜帝様とのご接触は浴びると形容するのですね。勉強になりました」
「いやいや、別に決まってるわけじゃないですって! 受け取り方が真面目すぎぃ。でも、なんか美を浴びてるって気がしません? 姫様も綺麗だけど、姫様の場合まだ可愛らしさがあるからさぁ。ギリ耐えられる」
「……なんとなく、分かる気がいたします」
竜帝様のファンだったわけではない。むしろ彼の話題で盛り上がっているメイドたちを冷ややかな目で見つめていた側だった。それにもかかわらず、彼の瞳に見つめられれば問答無用で心臓が跳ね、緊張と羞恥で意識が混濁してくる。
もはや暴力の一種だとリゼットは思った。
耐えきれたのは、例の噂のせいで竜帝様への好感度が下がっていたからだ。今だったら秒で意識を失う自信がある。
「では、続きですが――」
リゼットは心を落ち着けるため、咳払いを零した。
「レティシア様はどこですか。いくら竜帝様といえど、レティシア様はジルベール様の奥方様です。ジルベール様はレティシア様を心底大切にされております。彼を傷つけるのならば、いくら竜帝様でも許せません」
「ふむ。君がジルベール様を心配する気持ちは伝わった。ありがとう。だが問題はない。そもそも、なぜ私がジルベール様を傷つけるという話になる?」
「それが本当だというのならレティシア様の居場所をお教えくださいませ。彼女は今、どこにいらっしゃるのですか。それとも、彼女に会おうとして無駄足を踏んだ、でしょうか?」
敵意を隠そうともしないリゼットの台詞に、竜帝様は顔を顰めて髪を掻き上げた。
「どうやら憶測が憶測を呼んでとんでもない勘違いが起きているようだ。現場を見られた以上説明はするが――その前に、これを借りるよ」
竜帝はワゴンに敷いたテーブルクロスの端を持ち上げると、勢いよく引き抜いた。完璧なまでのテーブルクロス引き。上に乗っていた皿などは一ミリのズレもない。
しかし一体何に使うのか。
不思議に首をかしげた瞬間、彼はどういうわけかその場にしゃがんでテーブルクロスを頭からかぶった。同時に床に魔法陣が現れ、光の柱が立ち昇る。ぱさりとクロスが床に広がった。
まさか逃げられたのか。
しかしそれはもぞもぞと動き始め、「ぷは!」と愛らしい声とともにでてきたのはリゼットが探していた人物――麗しのベル・プペーであった。
「レティシア、さま?」
竜帝が消え、出てきたのはレティシア。
どういうことだ。まさか交換魔法か。普段から二人は入れ替わっていた。しかしなんのために。そこまで考えて、リゼットの中に一つの可能性が浮かび上がった。
「まさか、レティシア様と竜帝様ではなく、ジルベール様と竜帝様が良い関係だった……? だからこうして交換魔法で入れ替わって――ああ、そんな! そのような禁断の恋! 私はどうすれば!」
「随分錯乱しているな。落ち着いてくれ、リゼット嬢。どうもしなくていい」
くるりとクロスを身体に巻きつけ、やれやれとため息をつくレティシア。その姿からはベル・プペー――人形のような作りこまれた表情は消え、一人の血の通った少女に見えた。いや、少女というには放つ圧があまりにも強く、貫禄すらあるのだが。
「情けない事に、依頼終了後うっかり頭から水をひっかぶってしまってね。風呂の準備をしてもらえると有難い。話はその時にゆっくりと」
「え? あ、えっと」
「頼めるだろうか?」
「か、かしこまりました! 急ぎ準備いたします!」
有無を言わせぬ迫力に、考えなどすべて吹き飛んだ。
リゼットはレティシアに言われるがまま風呂の準備をし、そして真実を知ったのだ。
「そんなこんなで、私もこちら側に」
「こちら側って。やべぇ界隈みたいにいわんでくださいよ。まぁ、リゼットさんが味方に付いてくれたおかげで、俺としては超やりやすくなったから万々歳なんだけど」
フォコンは密偵。至るところに忍び込み、様々な情報を得るエキスパートだ。しかし、怪しい人間すべてを一日中張っているのは不可能。ある程度目星をつける必要がある。
そこでリゼットだ。
彼女は人の懐に入るのが上手い。有体に言えば人の口を割らせる、という点において非常に優れている。
何気ない日常会話からヒントを持ち帰り、それをもとにジルベールが当たりをつけ、フォコンが証拠を揃える。ちなみにバックには竜帝様。最強の布陣である。
「というわけで、フォコンさん! 本題です!」
「うぇ!? あ、はい!」
「オルレシアン家にはレティシア様ファンクラブなるものあるとお聞きしました。入会希望です。繋いでいただけますか?」
「いきなりぶっこんでくるね!?」
机に乗り出さんばかりの迫力でフォコンに詰め寄るリゼット。普段の冷静沈着な面影はきれいさっぱり消えている。
「リゼットさんって面白いね」
「初めて言われました」
「嘘だぁ」
元オルレシアン家の密偵として、誰が加入し、誰がメインとなって活動しているかも知っている。フォコンに頼めば確実なのは間違いない。諸手を上げて歓迎されるはずだ。
相変わらず罪だね姫様は、と彼は苦笑して「任せて」と頷いた。
改めまして、この度は皆様の応援のおかげで受賞でき、書籍化という有難い結果に結びつきました。
お礼申し上げます!
正直、ストーリー性ではなく癖方面特化型なので、頂いた賞に一番驚いてビビリ散らしているのは私だと思います。発表まで金賞2、3人いると思っていました。
ネタ枠だと思ってたんです!!
なのでコメントや感想などで喜んでくださるお声が聞けて本当に励みになりました。おかげで寿命が伸びました。ありがとうございます。マイナー村小心課所属です。
頑張ってめちゃくちゃ加筆修正致します。まず文字数全然足らないですしね!
おそらく後日談はニュアンスだけ抽出した別物になる予定です。でも竜帝様の活躍、ジルベールとのイチャは健在です。
なるほどこっち方面ね!!となるかもですが(笑)
あと新キャラも!
WEB版よりストーリー性は上がってる……はず(当社比)
になる予定ですので、どうかよろしくお願いいたします!(平身低頭)





