エピローグ
あ、えーっと、こんにちは。レティシア様お付――といいつつ実態はジルベール様お付の密偵フォコンです。今日はジルベール様からお預かりした姫様へのお菓子を持ってお二人専用の庭園へ来ています。
さすがはベル・プペーと名高い姫様。ただ座って紅茶を飲んでいるだけだというのに様になっています。いやぁ、お美しいお美しい。
本性を知っていなければこうやって相席するだけで心臓が口から飛び出ていたかもしれません。まぁ、中身は俺なんかよりもずっと男前で格好いい人なんですけどね。
さて、何で俺がこうして姫様とお茶をする事になっているのかは、非常にややこしい理由があったりします。まずはジルベール様のことから話しましょうか。
「ふふ、あとはフォコンたちに命じて種を蒔いて、芽吹くのを待つさ。そうしたらレティも竜帝様も、全部俺のものだ」
なんて事を言いながら悪魔も真っ青な表情で笑っていたジルベール様ですが、頭のいい彼にも人々の噂の広がり方までは完全に把握できなかったみたいで、実は今ちょっと落ち込んでいるらしいです。なんでも、当初の予定では『竜帝様には意中の男がいるから言い寄っても無駄』とかいう噂を広めるつもりだったとか。
しかし人間、自分の都合よく解釈してしまうもの。
結果広まったのは『竜帝様は男も女もいける博愛者』という内容。
相手どこに消えたんでしょうね。俺もびっくりですよ。
まぁ、それだけ竜帝様の人気は高くて、噂が広がるうちに相手の存在がいつの間にか抹消されてしまったのでしょうけど。好意を寄せている相手に恋人がいるなんて話、疑いようがない状況にでもならなきゃ信じたくないですもんね。わかるわかる。俺、考えが一般市民よりだから分かっちゃいますよ、ええ。
まぁ、そんなわけでちょっぴり意気消沈中なんです。
だから、普段不安に思わないことも頭によぎっちゃうんでしょうね。ってことで、ここからは真面目実況モードでいきますね。
俺はお皿に乗ったクッキーを一枚頂くと、「あの、姫様」と話しかけた。
「そういや姫様は聞かないんですね」
「うん?」
「ジルベール様にです。どういう意図があって何をされるのかとか普通ききたくなりません? わけのわからぬまま力だけ貸してくれって言われるの、よく不安にならないなぁと言いますか」
姫様は基本、ジルベール様のお願いを断ったりはしない。しかも詳細を一切聞かずただ「やってほしい事がある」と言われただけで「任せてくれ」と二つ返事をする。主に忠実な僕である俺ですら、何やらされるんですかと聞くくらいなのに。姫様にはまったくそれがない。ある意味凄いと思っている。
「はは、つまらぬことを」
姫様は軽く笑ってティーカップをテーブルに置いた。
「私はジルベール様ほど頭が良くないのでな。説明ごときに時間を浪費させたくない。ジルベール様が私を頼るのならばそれに応えるのが妻の役目。不安に思うことなど何もない。それにな」
じ、と真っ直ぐな瞳で見つめられて肩がビクリと震える。俺の考えなんてすべて見透かされていそうな目だ。いや、実際見透かされているのかもしれないですけど。ちょっと怖いくらいだ。
「ジルベール様は私に害をなすことはしない。私はジルベール様の頭脳も、お考えも、お考えになった計画も、すべてに信を置いている。もちろん、私への愛もな」
「あ、愛……」
「ゆえに、結果だけ分かっていればいい。お前から見てどうだ? ジルベール様が介入したことごとくが最良の結果に収まっていると私は考えるが」
「……ですね。無粋な真似をいたしました」
「よい。些事だ」
もう降参です降参。口から砂糖吐きそう。一切の照れなく言ってのけるんだから恐ろしいぜ姫様。聞いている俺の方が照れて顔が赤くなってしまう。
とりあえず必要な答えは得た。
懐に隠し持っていたチュン子が「チュン」と小さく鳴いたので俺のお仕事はここまで。「それじゃあ姫様、俺もお仕事に戻りますね!」と言って立ち上がり、急ぎ足で出口へ向かう。
しかしそれをただ見逃してくれる姫様ではない。
フォコン、と抑揚のない声で呼ばれたのでゆっくりと顔を後ろへ向けた。
「私とて何も見えていない盲目ではない。ジルベール様の状態は日々のコンディションから把握している。今朝から何か私に聞きたい事があるということも察していた。夜に暴いてやろうとも思っていたが……、たっぷり甘やかす方向に変えるさ」
「あ、やっぱり気付いて」
「さぁ、なんのことだろうか。今のは独り言だ。さぁ、行くといい」
「はいはい、お任せくださいませ」
更にお仕事一件追加だ。
俺は庭園を出るとくるりと右を向き、廊下に座り込んでいるジルベール様の手からチュンを回収した。俺は姫様やレオン様ほど魔力制御が上手くないから、念話の補佐は出来ない。けれど、雀を通してリアルタイムに会話を聞かせることは出来るのだ。
簡単に言うと、チュン子が聞いていた会話がチュンの口から再現されるって事かな。意外と何でも出来ちゃう密偵。フォコン君なのである。
「ってことらしいんですが、大丈夫です?」
ジルベール様は先程から膝を抱えたまま顔を上げようとしない。
「あの、多分ジルベール様が隠れて聞いてらっしゃること気付いてますよ。出ていかないんです? 姫様も待っていると思いますよ。ジルベール様がいらっしゃるのを」
「……こ」
「こ?」
「腰が、抜けた……格好良すぎるだろうあんなの。ズルい」
顔を上げたジルベール様は耳まで真っ赤にして半分涙目だった。これは関わったら長くなるぞ。俺は察知して適当に逃げ出す算段を考えるが、それよりも先に彼の手が俺の襟元に伸びて逃がさないとばかりにがっしり掴まれる。
ああ、終わった。
それからしばらく、痺れを切らした姫様がやってくるまでの数十分間、俺は延々とのろけ話を聞かされたのでした。とりあえず誰か、俺が砂糖を吐く身体になる前に助けてほしいなぁ――と思います。これはこれで楽しい毎日なんですけどね。
以上、フォコンの報告日誌でした。
窓の外から月光が差し込む薄暗い書斎。
アドルフ・オルレシアンは送られてきたフォコンからの報告を見て目を細めた。彼は非常に有能な密偵だ。手放すかどうか非常に悩んだが、手放して正解だったらしい。
まさかレオンの株すら綺麗に復権させ、国家情報部隊長の立場から「レティシアもそうですが、ジルベール皇子の頭脳も恐ろしいものです。味方で良かった」と言わしめるとは。
アドルフは手に持っていたそれをファイルに挟むと棚に仕舞って鍵をかけた。
「相変わらず報告書の体は成していないが、レティシアや皇子、フォコンも、皆楽しそうで何よりだ」
レティシアやフォコンがいなくなって少し静かになったオルレシアン家だが、こうやって妙に軽快な語り口の物語じみた報告書が届くのならば寂しくはない。
彼はふふ、と笑うと書斎を後にした。
これで完結です。
ジルベール攫われてレティシアが助けるみたいな話も考えていたのですが、せっかく竜帝設定があるのだからそれメインで書こうとこんな感じに。
ここまで付いてきてくださった方、ありがとうございました! 意外と趣味に走りまくっても大丈夫だと勇気づけられました。テンプレ一切外した趣味のものが何本か眠っているので、表に出してみてもいいかも?と思えるきっかけになりました。
本当にここまでお読みくださりありがとうございました!





