6、重たい理由と楽しい竜帝様
一部文章が差し替え前のまま更新してしまったので修正いたしました。意味が分からない部分があってすみませんでした!
「もちろん、有事の際はとびっきり活躍してもらうつもりだから。頼りにしているよ、俺の竜帝様」
「有事――ふむ、つまり私は保険だと?」
「ふふ。一応の保険ではあるけれど、俺の予想が正しければキミなしではこの作戦は瓦解する。きっと活躍してもらうことになるさ」
左右に灯された蝋燭の火で浮かび上がる、蔦の彫刻が施された扉。
ジルベールはそれに手を伸ばそうとするが、レティシアは彼の腕を掴んで自分の方へと引き寄せた。そして考えの底を探るように、ベールを持ち上げ紅の瞳を熟視する。
「それだけではないな?」
「え」
「本音はどこだ。実はそちらの方が重要なのだろう? なぁ、ジルベール様」
彼の腰を掴んで引き寄せ、逃げられぬよう固定した。少々抵抗されたが竜帝状態の彼女は腕力も男性並み。SSランクの傭兵騎士として名を馳せているのは、何も魔術の腕だけではない。
普段とは違う力強い腕に抱かれて、途端にジルベールは慌てだす。
「……いや、それは……うぅ、どうしてそっちが重要だと?」
「野生の勘みたいなものさ。的中率は恐ろしいほど高いがね」
「そんな特殊能力初耳なんだが!?」
「特殊というほど大したものではないよ」
「十分大したものだよ。……ずるいなぁ、勘だったら防ぎようがないじゃないか。確かにキミの直感通り、この件は俺にとって両得どころか三つも得がある。一つは国の不祥事を事前に防ぎロスマン皇帝に恩が売れる事。もう一つは国家調査部隊におけるレオン殿の求心力を元に戻す事。組織の役割上、力がどちらかに傾くのは好ましくない。オルレシアン家の不祥事の件は俺のせいでもあるし。レティやアドルフ殿たちは関係ないと笑ってくれたが、やはりそうとは思えないよ。だから、これからも彼らの利になることは積極的に噛ませてもらうつもりさ。それから――」
ジルベールは覚悟の決まった顔でレティシアを見上げ「俺は、キミが俺に抱くよりもずっと、ずっと、ずうっと独占欲が強いんだ」と彼女の頬を両手で包んだ。
「ジルベール様?」
「昔は興味がなくて聞き流していたが、意識して耳を傾けてみると至る所で竜帝様の名が聞こえてくる。美しいだとか素敵だとか見惚れるだとか格好いいだとか。当たり前だ。俺のレティはこの世で最も素晴らしい。しかし、賛辞を述べるだけならばまだしもお近づきになりたいとはどういうつもりだ。誰のものに手を出そうとしているのか骨の髄まで知らしめてやりたい。が、キミの正体を大っぴらにはしないと決めたのは俺とオルレシアン卿。今更覆すわけにもいかない。さりとてレティと竜帝様が別人となっている今、俺の伴侶だと声高に叫ぶ事も出来ない。まったくもって煩わしいよ! レティも竜帝様もどっちもキミだし俺の伴侶だ。本音を言うのならば指先一つ触れてほしくはない。まぁ、俺も大人だから、やむを得ない場合があることも分かる。それくらい許容して黒い気持ちすら飲み込もう。だからキミも、もっと自分の魅力を自覚してほしい。どんな目で周りがキミを見ているのか知るべきだ。――そして、キミが夫に選んだ男は、キミが思っているよりもずっとキミのすべてを手に入れたいと思っていると……理解してくれ。男にも、女にだってキミを取られたくない。キミの視線の先はずっと俺だけでいてほしい。名実ともにレティは俺の伴侶だから下手な輩は湧かないけれど、竜帝様は違うだろう? 俺のものに、色目を使ってほしくない。キミの隣には俺がいるって分からせてやりたい。キミにその気があって触れてくる奴らは、絶対に許しはしない。キミの髪の毛一本、爪の先まで、ぜんぶ俺のものだ」
口を挿む隙もないほどの勢いで言い切ったジルベールは、最後ぽすんとレティシアの胸に顔を埋めた。正確には胸と言うか胸筋なのだが。そこはそれだ。
「……竜帝様は美しい女性や可愛らしい女性、どのようなタイプの女性に言い寄られようと袖にすると有名だ。そのため男性が好きなのではないか、と噂になっているらしい。だから――……」
それ以上言葉を紡げないのか、急に押し黙ってしまう。
なるほど。正体不明の『氷の竜帝』。彼の人気は凄まじく、小さな噂話でさえ瞬く間に広がってしまうほどである。彼がオルレシアンの人形姫だという噂が一瞬で立ち消えたのは、あまりにも荒唐無稽で信憑性がまったくなく子供の悪戯だと思われたからだ。そのあり得ないものが真実なのだから人の心理とは面白い。
この仮面舞踏は出会いを見つける場。わざわざ相手を連れてくる必要はない。しかしこんなに美しい相手と同伴しているのだと見せびらかす目的で参加する者も、稀にだがいるらしい。
ジルベールは彼女にそれを求めているのだ。
竜帝様が男と連れ立って仲睦まじそうにこのような集まりに参加していた。実にセンセーショナルな話題である。一瞬で広がりを見せるだろう。
まぁ実際は、集まりに参加していると知られたくないものばかりだろうから、街中で見かけたとか、もしくは見つかりにくい路地裏で見かけたとか、そういったものに置き換わるだろうが。
重要なのは場所ではなく『竜帝様が男と仲睦まじく連れ立っていた』という部分なので問題はない。
竜帝の寵愛を受ける者がいる。
ジルベールにとって重要なのはその噂が広まることなのだろう。男も、女も、全員諦めろ――と、正体は明かさずに存在感を植え付ける。
なんともまぁ、強烈な嫉妬心だ。
レティシアは「ははは!」と軽快に笑った。
「なるほどなるほど。つまりは嫉妬と牽制か。自ら出向こうとしないあなたがわざわざ出張るのは何事かと思ったが、随分可愛らしい理由だったわけだ」
「……本当に可愛いと思っているのかい? 嫌、じゃない? 竜帝様に変な噂をくっ付けることになるんだが……」
「そんなこと気にするはずもない。そもそも私は叔父様と感性が近いらしくてな。男だろうが女だろうが、愛いものは愛い。性別など些末なものだ」
「え! じゃあ人類の半数が敵じゃなくて全員が敵なのかい!?」
「なぜそうなる。何度も言うが、どのような姿であろうと私が愛しているのはあなただけだ。……だが、そうだな、私の愛し方に不安を覚えているのならばこちらの不徳のいたすところ。早急に改善し、あなた好みの愛し方に変えよう。さぁ、どんなのが好みだ?」
ジルベールの顎を掴み、表情が分かるように上を向かせる。想像通りと言うべきか。耳まで真っ赤に染め恥ずかしそうに上目づかいに見上げるジルベールの姿は実に愛らしかった。
「……不満なんてないよ。でも……キミが魅力的すぎるから心配になるんだ」
「ふふ、いいね。やはり旦那様に褒められるのは気分が良い。お得意の口でもっともっと愛を囀ってくれてもいいんだぞ。今ならどんな化物にだって勝てる気がするよ」
「――レティ」
半分ほどからかっていたのがバレたのか、ジト目で睨まれる。
「ははは! 悪かった悪かった。謝るから拗ねないでくれ! ……そう心配せずとも私はあなたしか興味はないよ。だがまぁ、旦那様の頼みとあれば仕方ない。目一杯イチャイチャしようか」
腰を強く抱いて引き寄せ耳元で「なぁ?」と息を吹きかける。
「ひっ!」
すると可愛い悲鳴が聞こえた。
顔が見えないのでどんな表情をしているかは分からないが、体温が上がったのは分かったのできっと更に顔を赤くしている事だろう。暴いてやりたい気持ちはあるが、首に手を回した状態でぎゅっと抱き着かれているのでそれは叶わない。
無理やり剥すなどあまりに不作法だ。
「どうした? ジルベール様」
「……いや、その、悪いんだけど、ずっと俺の腰に手置いていてほしい、んだが……」
「引っ付いていたいのか? 良いだろう。承った」
「そ、それもあるが! ……普通に腰、砕けた」
首に巻かれた腕が更に締まる。
どうやら本当に足に力が入らないらしい。
「――ハ、本当に愛らしい旦那様だ」
自分の傍から離れられないのならば好都合。
顔を隠しているとは言えこのような格好のジルベールを衆人の目に晒すのは好ましくないと思っていたところだ。
レティシアは片手でジルベールを支えつつ、眼前の扉にもう片方の手を添えた。
「さあ、それでは行こうか。刺激的なデートへ」
そう言った彼女の声は、どこか弾んでいた。





