1、休日の朝
この後日談は書籍版とはほぼ別物です。たたき台のようなものとお思いください。
本編終了後ライブ感だけで書いたので、設定の練りやストーリーが大分甘いです。それでもよろしければどうぞ。
ふわりとレースのカーテンが舞う。
ここは後宮内にあるレティシアとジルベールの寝室。
肌触りのいいシルクのシーツの上に男性にしては少し長めの黒髪が散らばっていた。最近随分と忙しそうにしており、無理が祟ったのだろう。昨晩は頬を撫でただけで、とろとろに蕩けて眠りに落ちてしまった。
薄いシャツを一枚羽織った状態で、無防備な顔を晒すジルベール。大変に愛らしい。
レティシアは彼の前髪を掻き上げて寝顔を堪能する。
烏の濡れ羽のような黒髪。長い睫毛が白磁の肌に艶やかな影を落としていた。薄くあいた唇からは浅い寝息が漏れている。ベル・プペーと名高いレティシアの隣にいるせいでほんの少し霞むが、それでも十分すぎるほど整った造形だ。
しかし、恋は視野をくるわせる。瞳に愛おしさというバフが乗ったレティシアにとっては、世界で一番愛らしく美しい旦那様であった。
だからこそ本当は妻として、あまり無理をしないでくれと身体を慮ってあげるべきだったのだが。丸三日、誰にも邪魔されずレティシアと二人だけの時間を確保するためだ、とお願いされてしまっては駄目だと首を横に振るなど無粋というもの。
「さて、どうしたものか。私としてはこのまま寝顔を見つめているのも吝かではないのだが」
太陽はすでに高く昇っており、遠くの方に見える城下街は活気に満ち溢れているだろう時間帯。存分に身体を休めてほしいという想いもあるが、二人きりの時間を確保したいと頑張ったジルベールのためにも起こしてあげるべきなのか。
「ふふ。早くあなたのその綺麗な瞳に私を映してほしくもある。なぁ? ジルベール様」
手の甲でさらりと頬を撫でる。するとピクリと瞼が震え、唇からは「んん」と鼻から抜けるような甘ったるい声が漏れた。
「レティ……シア……?」
「おはよう、ジルベール様。まだ眠っていなくて大丈夫か?」
「……ん。ゆっくり、ねむれたからな、からだは……かるいよ」
覚醒しきっていないのか、何度も瞼を瞬かせている。受け答えもぽやぽやと地に足がついていないぼんやりとした様子だ。
「いま、なんじ……」
「そうだな。大体昼ごろだ」
「ひ、る……――昼!?」
ジルベールは勢いよく飛び起きて、窓の外を見た。雲一つない輝かんばかりの蒼穹。照りつける太陽。丁度その時、二羽の白い鳥が仲睦まじそうに寄り添いあって横切って行った。なんとものどかな光景だ。
彼はもう一度布団の上に身体を投げ出すと、少しだけ恨めしそうにレティシアを見上げた。
「俺の寝顔をずっと見ていたのかい? ……レティのえっち」
少しだけ拗ねた素振りをみせた後、挑発するように細められる瞳。
愛されることを知らなかった昔と違い、溺れるほどの愛を注がれた今のジルベールには自信の色が見てとれた。
どんな自分でも愛してもらえる。それが彼の自信に繋がり、ひいては妙な色っぽさを身につけるまでになった。
妻としての色眼鏡もあるかもしれないが――いや、最近ジルベールが甘えるように「レティ」と呼ぶ時、周囲の女性陣から熱い視線を感じるのだ。気のせいではないはず。
もっとも、原因はレティシアにもあるのだが。
持ち前の明晰な頭脳から、どうすればレティシアを揺さぶれるか理解できてしまう。ゆえに愛されたがりの旦那様はそれを実行に移してしまうのだ。周りからどのように映っているかなど考えずに。ただ、レティシアに愛されたいという一心で。
「まったく、困った旦那様だ」
「でも好きだろう? こういうの」
レティシアの手を取って、すり、と頬を寄せてくる。
ああ好きだとも。色っぽく挑発してくる彼も、愛らしく照れる彼も、健気に甘えてくる彼も、全部。それがジルベールであるならばすべてが愛おしい。
あなたの前では隠し事などできんな――そうレティシアは笑うと、ジルベールの顔の横に手をついてじっと見下ろした。銀糸のような美しい髪がぱさりと上に落ちる。片方の手で彼の胸板に触れた時、ふとある事に気が付いた。
「そういえば、大分厚くなっているな」
「ただ甘やかされるままにレティの愛を貪るのでは伴侶失格だろう? キミに末永く愛されるために、俺も出来ることをしようと思ってね」
ジルベールはよくぞ気付いてくれたとばかりに微笑んだ。
「もともと食べ物には気を遣っていたので無駄な脂肪は無かったんだが、それだけだ。美しいかと問われたら頷くことは出来なかった。身体を動かすのは好きではなかったし。でもそれじゃあキミの寵愛には相応しくない。だから少し、ね」
「最近、妙に鍛えていると思っていたら、そんなことを考えていたのか」
「戦うためではなく魅せるためさ――ほら、レティのために絞った身体だ。全部。キミの好きにしてくれていいんだぞ?」
見せつけるように胸元近くの服を摘まんで下へ引っ張る。
待て。誰が彼にこのような事を教えた。まさか独学か。末恐ろしすぎるぞ旦那様。頭の中では欲望の先制パンチが入ったが、鋼の理性がそれを抑えつけなんとか辛勝した。レティシアだから耐えられた。レティシアでなかったら耐えられなかったかもしれない。
「……ジルベール様は私の理性を試しているのか?」
「ふふ、いつも真っ直ぐなキミの瞳を揺らめかせることができたのなら上々だ」
「く……据え膳のままおあずけとは」
この国では十五から婚姻を結べるが、それ以上は十七になってからと法律で決まっている。ジルベールへ輿入れしたことで皇族の一員になったのだ。率先して破るわけにはいくまい。
「しかし、キミがまだ十七にもなっていないなんて最初は何かの間違いかと思ったよ。まぁ、だからこそこうやって身体を作る時間があったんだが。誕生日までにもっともっとキミ好みになってみせるから、待っていてくれレティ」
「……ああ、その暁には覚悟しておいてくれよ。散々煽ってくれた分、たっぷり溶かして可愛がってあげるつもりだ」
ジルベールの顎をくいと持ち上げ、親指で唇をなぞる。
すると途端に彼の瞳は甘えるように蕩けだし、恥ずかしいのか耳まで赤く染めながら「うん」と頷いた。
「で、でも……その、お、お手柔らかに? 頼む、よ……」
「なぜそこで照れるんだ。本当に愛いな、私の旦那様は!」
さて本日の予定はない。
このまま寝所で二人、ごろごろと怠けながら旦那様を甘やかし続けるのもまた一興。たまの休日なのだ。こういう日があってもいいだろう。
レティシアはジルベールの頭を撫でながら今日の予定を思案する。
しかしその時、――寝室に張り巡らせていたレティシア特製の防壁がドン、と音を立てて揺れた。
まだ書き溜めは終わってないのですが、今までマイナー村で一人ちゃぷちゃぷ楽しんでいたため、こんな私の趣味全開のヒーローでも大丈夫か……?と不安になってしまって。先んじて一話を公開いたしました。
長い間期待させておいてなんか違う!では大変申し訳ないですし……!
全然ウェルカムついてこれそう!な方は、こんな感じの二人ですのでこれからどうかよろしくお願いいたします!!





