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 社長は念入りに試作機を確認した後、いずこかへ電磁通話を掛けるために一旦事務室へ戻った。


「社長とはどんな作戦会議をしていたんだ?」


 祖父は僕の保護者としてというよりも、開発担当者として聞いておきたいようだった。


「主に兵器の仕様と編成、想定される『船』の居場所と『敵』についてです」


 サハラはリーダーらしく答えた。


「この機体はどのエンジンを積んだんですか?」


「とりあえず一番出力の低い二千馬力のやつだ」


 サハラはちらりと機体の主翼に目線を移した。


「武装していないですね」


 祖父の眉がわずかに上がり、不愉快そうな目つきになった。


「こいつは試作機だからな。それに、もとより俺は武装することには反対だ。いくらなんでも武装して国境を越えるなんてのはやり過ぎだ。撃ち落とされても文句は言えねえぞ」


「国境を越えるならば、そうだと思います。ですが、武装していなくても所属不明機です。どうしたって行けても中立空域までだと思っています」


「だから武装させろってか?」


 サハラは少しだけ間を置いた。事務室での作戦会議の時にも、彼は何かを掴んでいるというよりは、『敵』についての持論があるように見えた。


「俺も最初は、状況から考えてオセアニア軍に拿捕されたのだと思いました。『恒久和平』を盾にした拉致だと考えたんです。でも、それにしては腑に落ちないことがいくつかありました。オセアニアはなぜリスクを冒してまでイースタシアの『船』を拿捕し、民間人を拉致したのか。それはつまり、なぜ『軍艦』か、資材を積んだ『輸送船』を襲わなかったのかという疑問も内包します。なぜ政府は『船』の失踪を報道規制しなかったのか。だって『恒久和平』のほころびとも取られかねないですからね。それになぜこのタイミングなのかという点も気になります。何か意味があるのか、無いのか。こじつければイースタシアの自作自演と考えることもできますが、それもまた矛盾は多い。だから俺はテロだと予想しています。少なからず武装していて、イースタシアにもオセアニアにも属さない『海賊』のような勢力が、中立空域のどこかの島に潜んでいるんじゃないでしょうか」


 祖父は長いまばたきの間に頭を回転させている風だ。この一週間に電磁ビジョンやラジオで報道されている内容や、報道されている事自体、歴史などを組み合わせて思案している。


「お前さんの言うように、それが矛盾の少ねえ予想かも知れねえが『なぜこのタイミングなのか』という疑問にはどういう結論になったんだ?」


「何か意味はあるのでしょうが、今はわかりません。俺が記憶している限りでは、こういった事件は初めて聞きましたから」


 祖父は手拭いでもう一度だけ顔の汗を拭い、慣れた動作でそれを絞った。その場に水分がしたたって、すぐにでも蒸発していきそうな錯覚に陥る室内温度だ。


「全体、そういう想像は俺もしてねえわけじゃねえ。だが、お前の話を聞いていて、俺にもひとつピンと来たことがある。『なぜこのタイミングなのか』そいつはたぶん良い目の付け所だ」


 夕方へ向かう時間に差し掛かったが、作業場の空気はいっそう熱くなっていく。工場のすぐ近くで鳴いていたセミが、不意に飛び立った様子だった。


「と言うと?」


「そりゃあこんな事件はお前らには記憶に無いだろうが、俺たち『旧人類』のイースタシア人にとっちゃ忘れられねえ事件があったんだよ。それがちょうど二〇年前だ」


 飛び発ったはずのセミが戻ってきて、敏感になっている僕の耳には大き過ぎる音を発した。その音はまるで耳元で鳴っているかのような音量に感じられ、祖父のかつて語った『遊陸』前のニホンの夏を僕に思い描かせた。


「宗教戦争ですか?」


 深く頷いて、祖父はかつての様子に思いを馳せるように目を細めた。その瞼の裏には僕の両親も映っているのだろうか。


「あの時も、始めはちょっとしたことからだった。居たはずの人間が居なくなる、あったはずの資材が無くなっちまう、駐めてあったBVが見当たらねえ……そんな事件が妙に多かった。このトウキョウでも、もっと言やあこの辺でも多かった。誘拐ならともかく、今ならそんなただの盗みぐれえじゃ報道にも上がらねえが、当時は違った。なにしろその少し前までの旧政府で、俺たちは飼い馴らされちまってたからな。旧政府では反社会的な行為を少しでもやろうモンならどこからともなく憲兵がやってきて、風が枯れ葉を舞い散らすみてえにあっと言う間にどこかへ連れて行かれちまう。とにかくそんな世界に慣れちまっていたから、盗みを働こうなんて考えるようなやつは万にひとりもいねえような時代だった。それだってえのに、週に何十件、何百件って単位で頻発したんだ。飼い馴らされた人間がある日突然、示し合わせたみてえに悪人になるか?そりゃあ無いとは言わねえ。抑圧から解放されたんだからな。だが、それよりはもっと組織的だと誰もが感じてた頃に、『天の火教』から新政府に対する宣戦布告があった。今でもそうだが、当時だって新政府にも旧政府にも不信感はあった。単に飼い馴らされていただけで、俺たちはオオカミだ。計画された戦争も、示し合わされた平和もまっぴらだった。イースタシア人によるイースタシアだけの革命に、『天上人』たちを中心に信者が急増した。「世界を創るのは俺たちだ」ってな具合よ」


 灼熱の作業場に、風が吹き抜けるような感覚があった。事務所の扉が開いたのはわかったが、そのことが気流を生んだのかもしれないし、そのほかの要因によるのかもしれない。扉の付近から社長が半身だけを出してこちらへ叫んだ。


「試作機をトレーラーに積んでくれ!試験飛行だ!」

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