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第91話 魔界編26

戦争の終わりを告げた後、甚大なダメージを受けたレオとマリアはすぐさま医務室へと運ばれることとなった。ジェノから受けた傷は思っていたよりも大きく、医師の診察では1週間は絶対安静らしかった。レオは内臓の裂傷があってしばらくは動けず、マリアに関しては各部位の粉砕骨折があるため、魔界に帰るのはずいぶん先になるとのことだった。


ただ、刹那だけはジェノの攻撃を受けていなかったのが幸いし、1日休んだだけで動けるようになった。問題は魔力の著しい消耗だけであり、特に怪我らしい怪我をしていなかったため、刹那は戦争が終わったことを報告しようと魔界へ向かうことにした。


天界のほうで乗り物を用意してくれるという話も上がったのだが、まだ魔界は戦闘態勢を解いてはない。そんな中、わざわざ天界の乗り物で降り立ったとなれば、高い確率で攻撃されるかもしれないということで、刹那は自身の『翼』で魔界へ降りていくことになった。


魔界に降り立ち、戦争の終わりを報告しようと刹那はメルゼの元へと向かった。天界へ向かう前はベッドで安静にしていたメルゼだが、リリアと風花の治療のおかげで歩けるくらいには回復していた。話を聞くと、2人の治療はこの国の医師が腰を抜かすほど高性能なものだったらしい。


刹那から戦争の終わりと、レオとマリアの安否を聞いたメルゼは、見ている人間が呆れるくらい大袈裟に喜び、そして城中にそのことを言って回った。


噂が広まるのは思っていたよりもずっと早く、戦争が終わったことはあっという間に国全体に広がった。人々は大いに喜び、そして盛大な催しをすべく準備を始めた。戦争が終わって嬉しいのは、天界も魔界も同じようだった。


報告が終わったあと、刹那はリリアと風花と共に天界へと再び向かった。メルゼの怪我をあれだけ早く治したのだから、レオとマリアの容体も診てもらいたかったというのもあるが、何よりも2人の強い要望があっての同行だった。


手段は最初に天界に向かった時と同じく、鉄板の上に2人を乗せ、刹那が飛んで運ぶというものだった。今度は十分に魔力があったため、あの巨大な大砲に入るということはしなくていいよかったらしく、振り落とされたらどうしようというリリアと風花の不安は杞憂に終わった。


2人を連れて天界へと戻ってきた刹那だが、宮殿に降り立った瞬間ものすごい数の神族に囲まれ、しばらく身動きを取ることは叶わなかった。戦争を終わらせた張本人である刹那は、もはや英雄に近い存在として天界の人間に認知されていた。話では、レオとマリアも同様な扱いを受けたらしい。


何とかその場から逃げ出した3人は、レオとマリアが収容されている医務室へと向かった。刹那の報告では無事だということを知らされていたものの、やはり心配だったらしい。レオとマリアの元気そうな顔を見て、リリアと風花は涙ぐみながら胸を撫で下ろしていた。


再会のあと、2人は傷ついたレオとマリアの治療にすぐさま取りかかった。リリアの回復術と風花の手術は天界の医療の最先端を遥かに上回っており、魔界の医師と同様、レオとマリアを診察した医師も舌を巻くほどの技術力だった。


最悪でも1週間は絶対安静と診断されたレオとマリアだったが、リリアと風花の治療が思いのほかよく効き、1日でベッドから起き上がれるほどにまで回復した。過去に両断された刹那の腕を後遺症も残さず綺麗に繋げたリリアの回復術と、それが届かない内部までメスで切り進め、体内に吸収される素材の糸で繋げる手術にかかれば、そんなこと造作もないことだった。


治療は続けられ、そして3日が経った。レオとマリアの傷は完全に癒え、その間に天界と魔界の両国で平和協定が結ばれた。もう2度とこういった悲惨な出来事が起きないよう、全力を尽くしてお互い支え合おうと、メルゼとマキージャは手を取ったのだった。


その後、マキージャは王位から身を引くということを天界の国民に発表した。これからよくなっていく国の頭脳が、無能で愚かな者ではいけないという理由からだった。ジェノがいなくなった今、愚者が王である必要などこにもない。よりよく国をまとめてくれる新たな人物が王になったほうがよほどマシだと、マキージャは惜しげもなくあっさりと王位を破棄した。


だが、国民は反対した。もちろん他の者に王位を継がせたほうがいいという声も上がらなかったわけではないが、それでもマキージャにこのまま国を治めてもらいたいという声が圧倒的に多かった。


理由としては、マキージャが愚者であるという発言は自己申告であるため、本当にマキージャがどうしようもない能無しであるかどうかは自分たちが判断する、という国民の声があがったことが挙げられる。


マキージャは王であることは愚者の証だと言うが、国民からしてみれば今までマキージャは王の鏡としてしか映ってこなかった。ジェノの言う通りにして今まで行動してきたなどというマキージャの言葉にどうも合点が行かず、その立派な王であるマキージャを失脚させたがる天界の人間はほとんどいなかった。


そして何よりも、王座にしがみつくような真似をしなかったマキージャの潔い態度が国民の胸に響いたことが大きかった。王位など、これからの天界の将来を考えれば安いものだと言わんばかりのその態度に国民は感服し、結果マキージャを支持する人間が増えることとなった。


マキージャは最初こそ渋ったものの、国民の熱意に負け、国の再興に全力を注いでいくという決意を表明した。愚者であると自分で言っているマキージャだが、ジェノの言う通りではあるが、この国の政治をこなしてきた経験はあるのだ。あとはその経験を生かし、国民と協力しながら国を作っていくだけ。自分で思っているほど、マキージャは無能ではないのだった。


戦争の締結から、5日が経った。両国とも落ち着きを見せ、驚くべきことに国民同士の交流をも始めていた。神族も魔族も、どちらも相手国を恨むことをしなかったことが幸いし、敵国に乗り込んでテロ行為をしようと考える人間はほぼ皆無であるため、問題なく交流を深めることができていた。戦争が起こる前の情景も、ようやく取り戻すことができたというわけだ。


この世界の『罠』であるジェノを追い返し、平和を取り戻した今、もう刹那たちがここに留まる理由はなくなった。他の神の使いが仕掛けた『罠』に苦しんでいる世界へと、旅立たなければいけない。

刹那たち一同は、この世界へとやってきたときに通ってきたゲートの位置する場所へと集合し、そして同行してきたメルゼとマリアに別れを告げる。



「本当に世話になった。おかげで、色々とこれからの課題が見つけることができた。感謝する」



腕を組み、そして刹那たちを見て名残惜しそうな表情を浮かべているメルゼに、レオがそう告げる。ジェノを相手に弾丸をほぼ無力化されたレオには、まだまだ学ぶべきことがたくさんある。今回の世界は、そのことを痛感させられた実に収穫の多いものであった。



「世話んなったのはこっちのほうだ。お前らが来なかったら、たぶん今頃この魔界は火の海だったろうからな」



はははと笑いながら、メルゼがそう言う。解決したから笑いごとで済むが、刹那たちが来なければと思うと、メルゼの言葉も馬鹿にはできない。



「・・・でも本当によろしいのですか? もっと色々持って行っていただいても、こちらは一向に構わないのですよ?」



謝礼を頑なに受け取ってくれない刹那たちに、今一度マリアが確認をする。これだけ偉大な功績を残したというのに、それに対する褒美を与えられないということは、何とも心苦しいものであった。



「俺たちは褒美が欲しくてやったわけじゃないから、いらないです。それに、もらえるものはもらいましたから」



リリアと風花のほうを向いて、刹那が答える。2人の腕の中にあるのは、それぞれ毛むくじゃらのぬいぐるみと蛇の玩具。それを持っている2人の嬉しそうな顔といったらない。



「はいっ! 私はもうこれがあればとっても満足ですっ! ずっと大事にしますっ!」



ぬいぐるみに頬ずりをするリリアは、誰が見ても幸せそうな表情を浮かべていた。本人の言う通り、このぬいぐるみさえあれば他の褒美などいらないのだろう。



「私もこの蛇の玩具で満足です~。妹が寝てるときに枕元にこっそり置いておくのが今から楽しみです~」



にこにこしながら頭の部分を指でなでている風花も、言葉に偽りがないように思える。考えていることはあまり褒められたものではないが、こんな玩具でも風花は心から喜んでいるようだった。



「そうですか・・・」



残念だという顔をマリアは浮かべるが、無理に持たせることはできない。刹那たちに受けた恩が計り知れないものであるが故に、マリアは残念でならないらしい。


会話が途切れ、そしてほんの少しだけ無言になる。お互い、別れの時間が迫っていることを悟っているのだ。わかっているからこそ、しんみりとした空気になってしまうことは仕方がない。


その空気を感じ取り、レオがメルゼとマリアに告げる。



「『罠』はもう外れたし、平和にもなった。あとはこの世界の人間の管轄だ。俺たちは、この世界から退場させてもらう」



「・・・そうか」



レオの言葉に、メルゼが短く答える。短い間とはいえど、共に剣を合わせた仲。そして、息子である刹那をつれてきてくれた、大事な客人。これほど惜しくて仕方がないという別れは、メルゼが生きてきた中で初めてのことだった。


レオが銃を構え、弾倉に1発の弾丸を込める。ゲートのある位置は記憶している。人差し指に力を込めて引き金を引き、その位置へと弾丸を撃ち込む。


地鳴りのような低音が響き、空間に小さな円が出現する。それが徐々に広がっていき、やがて人の通れる大きさにまで形成されて穴となる。異次元図書館へと続くゲートである。



「本当に世話になった。いつまでも、この平和を守ってくれ」



「あぁ。お前も、頑張れよ」



「本当に、ありがとうございました。道中、お気をつけて」



短いやり取りをかわし、レオはゲートへと入った。姿はもう見えない。ゲートの中の歪んでいる空間は、レオをあっという間に目的地へと運んだようだった。



「それじゃ、次は私が行きます。メルゼさん、色々とお世話になりましたっ! マリアさんも、このぬいぐるみ、プレゼントしてもらえてとても嬉しかったですっ! 2人とも、ずっと仲良くしてくださいねっ!」



「おう。体、治してくれてありがとな」



「リリアさんも、ありがとうございました。娘ができたみたいで、とても楽しかったですわ」



ひまわりのような笑顔を浮かべながら2人とやり取りをし、レオに次いでリリアがゲートへと入っていく。ゲートへと入る際に、腕のぬいぐるみを強く抱きしめたのは、リリアなりの寂しさの紛らわし方だったのかもしれない。



「それじゃ~私も行こうかな~。メルゼさん~、刹那くんとレオがお世話になりました~。マリアさんも~、町に連れて行ってくれてありがとうございました~。とても楽しかったです~」



「はは、世話んなったのはこっちだっての。妹、あんま驚かしてやんなよ?」



「はい、私もとても楽しかったですわ。短い間でしたが、ありがとうございました」



風花も2人に別れを告げ、元気よく手を振りながらゲートへと入っていった。メルゼとマリアも、笑いながら手を振り返し、風花を見送っていた。


残ったのは、刹那だけ。何か気のきいた言葉の1つや2つでも言えればいいのだが、どんなことを言ったらよいのかわからず、黙りこくってしまう。



「・・・ほんと、運がよかった。いくら喜んでも、足りなくて仕方ねぇ」



先に言葉を発したのはメルゼだった。表情は笑顔のまま、まるで独り言のように呟く。



「あんなに喜んだのは、マリアが結婚を承諾してくれたとき以来だったっけな。本当に嬉しくて、いねえはずの神様に感謝したもんだ」



メルゼの言葉に、刹那は何も言えなかった。こんな時に、何と声をかけたらいいかなどわからなかった。ただ黙ってメルゼの言葉を受け取り、そして刻んでいく。



「・・・刹那」



不意に、メルゼから名を呼ばれる。そのことに驚いてろくに返事もできないでいるうちに、メルゼが言葉を続けた。



「これからお前は、色んな出来事に巻き込まれて、色んな人と関わって、そして色んな敵と戦っていくだろう。楽しいことばかりじゃねぇかもしれねぇし、悲しいことだらけかもしれねぇ。だけどな・・・」



刹那の肩を力強く掴み、いつにない真剣なまなざしで刹那を見つめ、そして言った。



「どんなことがあっても後ろを振り返るな。何が何でも前を向いていろ。つらくてどうしようもなくても、歯を食いしばって、それでも前へ進んでいけ。・・・大丈夫、お前ならできるさ。なんたって・・・・・







この俺様の息子なんだからな」







肩を掴んでいた手が離れ、その手が頭に乗せられる。くしゃくしゃと乱暴に頭を撫でられ、刹那はされるがままになる。温かく大きなその手は刹那に安心感を与え、同時に別れを告げる言葉ではないメッセージであることを悟る。


刹那の頭を撫でていた手を下げ、メルゼは真剣な表情を和らげる。笑っているのに寂しそうなその表情は、どことなく儚げな雰囲気を醸し出していた。



「・・・マリア、次はお前の番だ」



「・・・はい」



メルゼの言葉にマリアが頷き、刹那に歩み寄る。表情はあくまで笑顔。しかし、奥底の悲しみは隠せていない。刹那には、マリアが今にも泣きだしてしまいそうにさえ見えた。


何も言わず、ただ笑顔で刹那を見つめているマリア。


そのマリアが、不意に刹那に抱きついた。


初めて刹那を見たときと同様、抑えられない感情を行動によって表すかのように、マリアは刹那の体を自身の細い体で力一杯抱きしめた。



「もう、行ってしまうのですね」



震えた声で、マリアが言う。



「・・・はい」



「もう、離れなければいけないのですね」



「・・・はい」



「刹那・・・あなたはあまりにも、温かすぎた。私の心を満たしてくれて、そしてこんなに早く行ってしまうなんて・・・あんまりです」



表情を見せず、マリアは心の内を言葉にして吐き出す。マリアにしてみれば、失った息子を再び失うに等しい別れ。刹那という光の訪れはあまりにも唐突で、あまりにも短すぎた。もうすぐ放さなければならない腕の中の存在が、愛おしくて仕方がなかった。



「・・・すみません」



刹那は、そんなマリアにそう謝るしかなかった。何を言ったところで、マリアの悲しみは癒せない。刹那にできることは、ただ一言謝ることだけだった。



「・・・あなたが謝る必要は、これっぽっちもありませんよ。温もりを、ありがとうございました」



言い終え、マリアがゆっくりと刹那から離れる。己の悲しさを悟らせまいと精一杯の笑顔を作るが、目が赤くなっていることはどうも隠せていなかった。泣き顔を見せることなく、別れの時でも笑顔でいるマリアの何と強いことか。



「離れていても、血がつながっていなくても、私たちは親子です。あなたの無事を、ずっとこの世界で祈り続けています。だから・・・だからどうか、お元気で」



こらえきれず、マリアの頬に一筋の涙が流れる。どうしても抑えきれなかった。熱い物がこみ上げてきて、それが涙になって流れていく。


それでも笑顔は崩さない。泣き顔なんて情けない表情を、息子である刹那に見せるわけにはいかなかった。母としての、そして見送る者としての義務だった。



「さ、もう行け。仲間が、お前を待ってるぞ」



メルゼの言葉に刹那は無言で頷く。


2人に背を向け、刹那はゲートへと近づいた。入ろうとして手を伸ばし・・・そして再びメルゼとマリアに向き直る。やり残したことがあったからである。心の内をめぐっているこの温かな感情を言葉にし、それを伝えるということが。


出来る限りの笑顔を作り、息を吸い込み、そして刹那は言う。






「いってきます! 父さん! 母さん!」






言葉自体はとてもありふれたもの。毎日、町のどこかで必ず耳にする当たり前な言葉。


だが、メルゼとマリアは違った。そんな当たり前の言葉なんて今までろくに聞いたことがないし、息子から言われるといったことも初めてのことだった。


胸に温かい物が満ちてきて、そして理解する。この当たり前の言葉は、子を1度亡くした自分たちにとって、とても貴重なものだと。目の前の刹那からこの言葉を聞くことは、もうないであろうということを。



「あぁ・・・行って来い」



「いって、らっしゃい・・・刹那・・・」



2人に見送られ、刹那は背を向ける。もう振り向くことはしない。迷うことなくゲートへと足を踏み入れ、そしてこの世界から退場する。


見計らったかのように刹那の入ったゲートは小さくなっていき、地鳴りのような音をあげながら消えていった。虚空に開いていたはずの穴はもう存在せず、音も静まった。まるで何事もなかったかのように、刹那たちの別れは呆気ないものだった。



「・・・行っちまったな」



「そうです、ね」



短く、メルゼとマリアは言いかわす。おそらく、刹那とはもう2度と会えないだろうということは2人とも心のどこかで理解していた。もともと刹那はこの世界の人間ではない。『罠』がなくなって今となっては、その刹那がここに来る理由などもうどこにもない。



「寂しいか?」



「・・・当然ですわ。でも―――」



涙をハンカチで拭きながら、マリアは言う。



「1度会えましたから、私は十分です。本当ならば、巡り会うことなどなかったのですから」



数ある世界。その世界の中から、刹那たちはこの世界を選んで来てくれた。それは必然ではなく、まったくの偶然。その偶然はマリアにとってこの上もなく幸運なことで、2度と味わうことのない刹那の温もりを知ることのできた貴重なものだった。



「・・・そうか」



一言だけメルゼが言って、2人の間に沈黙が生まれる。お互い、胸の内で描いていることは違うだろうが、ただ共通していることは刹那のこと。これからどんなことが起こるかはわからないが、それでも笑顔でいてほしいと願わずにはいられなかった。



「うっし! 帰るか、マリア! まだやらなきゃならねぇことがたくさん残ってらぁ!」



湿っぽい空気を吹き飛ばす様にメルゼが言った。もう姿を見ることはできずとも、もう会うことが叶わずとも悲しむ必要などない。どこにいようが、何をしていようが、刹那とメルゼたちは繋がっているのだから。



「・・・はいっ!」



マリアもメルゼの言葉に同意し、とびきりの笑顔を浮かべる。悲しみの色はもうない。悲しむ必要などないのだから。


空は青く、どこまでも透き通っている。雲は1つも存在せず、刹那たちが命懸けで勝ち取った白く神々しい空中都市だけが煌めいていた。






+++++






「ほうこ~く」



部屋に入りながら気だるそうに言うのはサラ。何か嫌なことでもあったのか、やれやれと言わんばかりに長い髪の毛を指に巻きつけている。



「何の報告?」



当然のことながら、ずっとこの部屋にいた青年には、サラが何に不満を抱いているのかがわからない。そのことを聞きたいがため、青年はサラに先を続けるよう促す。



「ジェノよジェノ。やぁっと帰ってきたと思ったら瀕死状態だったわ。今は治療中」



「・・・ジェノが? 本当?」



よほどジェノの力量を信頼していたのか、青年は驚きを隠せないでいる。



「ホント。何があったのかって訊いても、油断したの一点張り。まったくもう・・・こんなに心配してるんだから話してくれてもいいと思わない?」



不満げに口をとがらせながら、サラは青年に愚痴をこぼす。



「ははは。やっぱりさ、お姉さんには心配かけたくないんじゃない?」



「どうだか。あ~あ~、昔はもっと可愛かったのに」



「ずっとサラの後ろにくっついてたからね。あの頃も、懐かしいなぁ」



微笑みながら、青年は設置されている巨大なカプセルへと向き直る。今までふさげが入っていたサラも、それを見てうつむいてしまう。



「・・・失敗続きで、悪いわね」



「ん? あぁ、気にしなくていいよ。時間なら無限にあるんだから。僕だって、君たちだけにやらせて・・・ごめんね」



「・・・私たちの仕事だもの。謝られても困るわ」



「ごめん・・・色々」



それ以上何も言い返せなくなって、サラは押し黙る。恩人に報えていない今の状況は、はっきり言って芳しくない。何とかしなければならないと、今更ながらサラは痛感した。



「・・・もう行くわ。ジェノも、後でこっちによこすから」



「うん、お願い」



青年の返事を聞いて、サラはその場を後にした。

1人残された青年。目の前のカプセルに手を置き、物思いにふける。

その青年が何を思っているのかは、誰にもわからなかった。


今回の物語せかいはいかかでしたでしょうか?

共存してきた天界と魔界。神の使い、ジェノによって引き起こされた戦争が原因で仲を違えた両国も、刹那たちの活躍で見事に元通りとなりました。罠を外す、という点では、素晴らしい結果だったのではないでしょうか?

さて、次の物語せかいは異種編。

類稀なる体質と目を持った、哀れな少女のお話をどうかお楽しみください。

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