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第84話 魔界編19

現在位置は、城の屋上。準備はすべて整い、天界へと出発する時間となった。


先刻の戦いで消費した魔力は完全には戻ってはいないが、それでも戦えないほどではない。休んでいたときにリリアが回復術をかけてくれたこともあり、体調はだいぶマシになっていた。


失われた魔力こそ回復はしないものの、体の疲れを取るという点だけではリリアの回復術は一級品の効果であった。


万全の状態で行けないのが心もとないが、嘆いていても事は始まらない。今できる最高の仕事をすれば、自然と結果はついてくると信じなければならない。それが今できることだった。



「ん~・・・やっぱり、行きたいねぇ~」



今さらになって、風花がそう呟く。

力のない者がが行っても3人の邪魔になることくらいはちゃんと理解しているのだが、それでもやはりそう言わずにはいられない。待っていることのつらさは、いつになっても慣れないものだ。



「・・・・・」



打って変わって、となりにいるリリアは何も言わず、ただ心配そうな顔をするのみである。


リリアだって、風花以上にこの3人についていきたい。大事な人が危険な所へ行くのを、ただ見送ることしかできないつらさは、味わったものでなければわからないのだ。


でも、それを口にしたところで自体は変わらない。そのことがわかっているから、だからリリアは何も言わない。我慢するしかない。



「準備は整いましたか? お二方」



マリアが真剣なまなざしでそう尋ねてくる。いつもの笑顔はすでに消えており、これから自分たちがすることの重大さを真摯に受け止めている様子であった。



「いつでも行けるよ」



「あぁ。行こう」



2人ともが頷いたのを確認し、マリアが近くにいる兵士に目配せをした。



「では、刹那さん。これに入ってください。あ、対爆撃用の防具をつけるのも、忘れないでくださいね」



パンパンと、兵士が巨大な大砲の筒を叩く。月の光に照らされ、黒光りしているそれは、背筋が凍るくらいに恐ろしげな雰囲気を醸し出していて、ひょっとしたら発射と同時に自身の体がバラバラに吹き飛んでしまうのではないかということがふと頭によぎってしまう。



「・・・あの、俺大丈夫ですよね?」



念を押す様に、刹那は兵士にそう訊く。



「軽い火傷くらいならするかもしれませんが、大怪我はしねぇはずです。中の砲弾を足場にして飛んでもらうんで、熱は全部砲弾が受けてくれます。防具も付けてもらってますし、あとは普通に身体強化をして、タイミングを見計らって『眼』を使っていただければ大丈夫です」



不安に対する返答と手順を聞いた刹那は長く息を吐き、大砲の近くに投げ出されている防具を足に付ける。サイズは少し大きいが、ごつごつした丈夫なその作りは、ちょっとやそっとの衝撃では壊れないような頼もしさを刹那に実感させてくれる。


防具もしっかり付け終わり、いよいよ大砲の中へ脚から入っていく。テレビやマンガで見た人間砲弾を、自ら実践することになるとは、本当に夢にも思っていなかった。緊張と少しの恐怖心を胸に抑え込み、刹那はその身を大砲に収める。


刹那が奥へ入っていったのを確認した兵士は、大砲の横に取りつけられたハンドルを回す。キュルキュルと音を立て、発射口は徐々に天界の方向へと上がっていき、そして止まった。



「方向はこんなもんか・・・。マリア様、申し訳ないんですけど、この鉄板をかぶせてくれますか? 俺だと、高くは持ち上げられないので」



「かしこまりましたわ」



言われた通り、マリアは大砲の台の近くに置かれている分厚い鉄板を、身体強化を使って持ち上げる。確かに、この重さだと普通の人間では束にならないと持ち上がらない。手から伝わってくる重量感が、そのことをマリアに告げていた。


鉄板の中心部を大砲の発射口に乗せる。これぐらい分厚ければ、いくら大砲が強力でも衝撃に耐えることができるだろう。



「よし、じゃあマリア様とレオさん、鉄板の上に乗ってください」



頷き、レオとマリアは軽く跳んで鉄板の上に乗り、そして衝撃に備えてしゃがみ込む。

兵士は準備が万全であるかどうか脳内で確認し、そして納得したようにしきりに頷く。どうやら、すべての準備は整ったようだった。あとは、この大砲を放つだけ。



「よぉし、万端だ。じゃあ点火します、カウントするので衝撃に備えてください」



言うなり、兵士は大砲の後ろに回り込み、手に持っていた着火剤を使って導火線に火を付ける。火花を散らしながら導火線は短くなっていき、大砲に迫っていく。



「カウントします! 5・・・4・・・3・・・」



導火線の長さを計算して、兵士が数字を叫ぶ。



「みんな~・・・しっかりね~・・・死んじゃいやだからね~・・・」



元気のない間延びした声で、風花が声を掛ける。



「兄さん、刹那さん、マリアさん、どうか無事で・・・!」



すがるようにして、リリアが呼びかける。



「2・・・1・・・発射っ!」



カウントが終わり、兵士がそう叫んだと同時に、腹に響くような轟音が辺り一面に鳴り響く。静かだった夜の空気が震え、そして巨大な大砲の発射口を塞いでいる鉄板ごと空中へと撃ち出された。撃ち出された衝撃で鉄板が歪み、刹那の手がめり込むが、何とか耐えてくれたようだった。



「っ!!」



撃ち出された衝撃が、砲弾越しに刹那の足へと伝わってくる。ビリビリと痺れるようなそれは、丈夫な作りであるはずの防具をも通り越していた。身体の強化をしていなかったら、中の骨が砕けて使い物にならなくなってしまったかもしれない。


空へと放たれた刹那たちは、天界への距離をぐんぐんと縮めていく。速度と高度に比例して冷たくなっていく風を身に受けながら、刹那は『眼』を発動する機会をうかがっていた。


そして、その時は来る。勢いよく飛んでいた砲弾も、重力には逆らえない。徐々に速度は落ちていき、ついには空中で一時停止してしまう。これが落下する前触れだということは、万人が周知済みのことだろうと思う。


そのタイミングを、刹那は逃さない。瞬時に『眼』を発動させ、足元の砲弾を足場にし、なるべく高く跳ぶ。足が砲弾から離れた際、落下していく砲弾のことが気になったが、幸い落下地点は国から離れた何もない大地。これならば被害は出ないだろうと安心し、刹那は集中する。


背中に、漆黒の翼が生えることをイメージする。脳内で描かれたそれは魔力によって徐々に形成されていき、具現化に成功する。発動が遅いのはまだ慣れていないためなのだが、今はその発動速度で十分だった。


ばさっ、と漆黒の翼を一度だけ小さく羽ばたかせ、緩やかに加速していく。『翼』の使い方は、先の戦いでわかったつもりだ。決して簡単ではないが、難しくもない。


本来あるはずのない部分を動かすというものという一見難しいものではあるが、同時にそれは髪の毛や爪などといった自分の意思で動かせない器官とは違い、自在に動かせることが可能である構造であるため、一度使ってしまえば体が覚えてくれるのである。


緩やかに、ひたすら緩やかに刹那は加速していく。『翼』の最高速度を刹那はまだ出したことはないが、先ほどの砲弾の速度よりも遥かに速いことくらいはわかる。急激に速度をあげてしまえば、今刹那が持ち上げている鉄板の上にいるレオとマリアを振り落としてしまうかもしれない。だから、徐々に速度をあげていく。


ゆっくり速くして、ゆっくり速くして・・・刹那の飛ぶ速度は、今や先ほどの砲弾の倍以上の速さになっていた。それでも、加速は止まらない。どこまでも速くなっていく刹那は、もう止まることができないのではないかと錯覚する薄ら寒さを覚えるようになっていた。



「刹那っ! 見えたぞっ!」



レオの大声で我に返り、進行方向に大きく翼をはばたかせてブレーキを掛ける。羽ばたきによって生み出された突風は凄まじかった速度を急激に落とし、そして停止させる。


落下しないよう最低限の風を羽ばたきで作り出し、その場に留まったのを確認した後、刹那は辺りを回す。


そして、すぐに『それ』を発見する。小さな島のような大地の上に聳え立つ、荘厳ながらも見事な街景色を描いている天界を。空中都市という言葉が一番しっくりくるそれは、見る者に感嘆のため息をつかせる。



「どこに降りればいいっ!」



鉄板の上にいるレオに訊き返す。

降りるといっても、天界の国はそこそこの広さを持っている。降りる箇所を指定してもらわないと、いくらなんでも着地することなどできない。


すぐにそれを指定することができればいいのだが、レオは口をつぐんでしまう。指定したくとも、天界の構造を知らないレオは無暗に刹那に指示することができない。下手をして敵の多い所に降りてしまえば、すぐに奇襲を見破られてしまうからだ。そうなれば、自分たちの身はもちろん、魔界の人々の命をみすみす敵に差し出してしまうような結果になってしまう。



「天界の王が住まえる場所は上ですわっ! 一番上を目指してくださいっ!」



レオの代わりに、マリアが刹那に叫ぶ。

天界も王国という構造をしているため、国の脳である王がこの争いの原因である可能性が極めて高い。となれば、刹那とレオが目的としている『罠』も、その王の近くに存在していると考えるのが普通である。



「わかったっ!」



マリアの声が耳に入り、刹那は再び背中の翼を羽ばたかせて移動する。マリアの言う上とは、おそらく天界で最も高い所に位置する建物のことだろう。


城というより宮殿に近いその建物の周りには、一見して見張りなどついてはおらず、侵入は簡単そうであった。魔界からの襲撃など、あるわけがないと高をくくっているのだろう。


あっという間に宮殿の屋根へと辿り着き、そこへ着地する。音を立てないように出来る限り慎重に降り、ゆっくりと鉄板をその場に降ろす。



「刹那、大丈夫か? 疲れてないか?」



レオが刹那に声をかける。天界への距離が縮み、『眼』と『翼』を発動させる時間こそ短くなったものの、相当な負担がかかったことは事実である。


レオに話しかけられて、そこでようやく刹那は『眼』を使うのを止めて一息つく。背中の『翼』も黒い霧となって消えていき、著しかった魔力の消費から解放されたようだった。



「正直・・・かなり」



肩で息をしながら、刹那は力なく笑う。天界からの襲撃の時に『眼』を使い、そしてここへ来る手段としてまた『眼』を使っては、疲れないわけがない。心なしか、顔が青ざめているようにも見える。



「どうやら、戦うことは無理そうですわね。立てますか?」



「それも・・・ちょっと厳しい、かも」



申し訳なさそうに言うが、仕方がない。メルゼのように、動くこともままならなくならないだけでもマシだった。魔力を使い切れば、そこには死が待っている。魔力は生命の源だからだ。それならば、ここで無理をさせてはいけない。絶対にだ。


幸い、ここは兵士たちの目には届くことがない。見張りという概念もなく、敵である刹那たちに対しては無頓着であるからだ。ここに居れば、見つかるということはまずないだろう。



「刹那、お前はここで待ってろ。俺たちが何とかする」



「・・・わかった。頼むよ」



無理をして笑みを浮かべて、刹那がそう言う。本当はレオとマリアと共に行きたいのだという気持ちはあったが、ここで行っては迷惑がかかることくらい承知している。これ以上『眼』を発動させたら体が動かなくなってしまうかもしれないし、ただの身体強化で戦うにしても『罠』とぶつかれば魔力の少ない刹那がやっぱり足手まといになる。


何もせず、ただここでレオとマリアの帰りを待つことが、一番良いということを理解できないほど、刹那は成長できてなどいなかった。現在の自分の状況も、戦力もしっかりとわきまえている。作戦を成功させるのなら、行ってはいけない。刹那自身、そのことを一番よくわかっている。



「よし、じゃあマリアさん、行きましょうか」



「ええ、参りましょう」



レオとマリアは互いに顔を見合わせて頷き、そして身体の強化を施した後、屋根から飛び降りた。その姿を、刹那は唇を噛みしめながら、黙って見送っていた。


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