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第78話 魔界編13

魔界にやってきたものの、街も何も見る暇がなかったリリアと風花だったが、マリアと一緒に街へと出られたおかげで、自分たちの世界や、この旅で訪れた世界では見たことのないような商品などを、じっくりと見ることができた。


メルゼがレオに訓練のためと言って渡した、魔力を込めて動くという類の玩具もたくさん店頭に並んでおり、その種類の多さと動きの奇抜さに、リリアと風花は夢中になっていた。



「すごいすごい! すごく跳ねてます!」



「わは~。こっちはうねうねしてるよ~。風蘭が見たら泣いちゃうかも~」



玩具を手にとって、まるで幼い子供のようにはしゃいでいるその姿を、マリアは微笑みながらただ黙って見ていた。傍から見れば、親子が仲良く買い物に来ているようにしか見えない。


店の店主も、魔族以外の客と、滅多に街へと降りてこないマリアが見れて嬉しいのか、売り物のはずの玩具を好きなようにされても、まったく何も言わなかった。むしろ、どんどん触ってくれと言わんばかりである。



「お嬢ちゃんたち、面白いかい?」



ぷかぷかとタバコを味わいながら、店主は尋ねる。

玩具を見慣れている魔界の子供らよりも、よっぽど面白い反応をしている2人に、そう聞かずにはいられない。



「はい! とっても面白いです! 私の世界には、こんなのありませんでしたよ!」



「うんうん、私の世界も~、こんなすごいものはなかったね~」



お世辞ではなく、真実を素直に口にする。

リリアの世界は玩具こそあったものの、魔力を込めて動きだすような高等なものは存在しなかったし、風花の世界に限っては玩具すら存在しない。そのため、こういったものを見るのは非常に楽しく、そして物珍しいのである。



「ははは、そりゃよかったよ。そういやマリア様、護衛はついてないんで?」



店主の言うように、マリア達の周りには護衛兵が1人たりとも存在しない。たまに街中の警備の兵がちらっと見えるだけだ。



「ついておりませんわ。必要ありませんもの」



にっこりと笑い、マリアはとんでもないことを平気で口にした。

城の中以上に、危険で満ちた街。いくら平和で治安が安定していると言っても、危険な思想を持つ連中がいないとは言い切れない。王権を奪取しようと目論む連中が、いつ襲ってくるかわからないのだ。



「いや~、マリア様はもちっと自分のことを考えないと、まずいんじゃないんですかい?」



「ふふ、側近からもそう言われておりますわ。でも、本当に大丈夫なので、ご心配なく」



何を根拠にそんなことを言うのか、店主にはさっぱりわからなかったが、本人のマリアは不安の色などちっとも見せず、完全に安心しきった表情をしていた。



「いいな~、これ。可愛いな~欲しいな~・・・」



魔力を送ると、ちょこちょこと1人でに歩く、毛むくじゃらのぬいぐるみを抱き上げながら、リリアが残念そうに唸る。この世界の通貨を持ち合わせていれば購入することもできただろうが、生憎持ち合わせがない。珍しく、可愛らしい(?)人形を手に入れることができないのが、残念でならない。



「えっとねぇ・・・リ~ちゃん、それ、可愛いの?」



若干引きつらせた笑顔を浮かべながら、風花がリリアに尋ねる。当然というか何と言うか、リリアと風花の可愛さの基準は違うようだった。もっとも、リリアの基準が著しく常人からずれているだけなのだが。



「とっっっても可愛いじゃないですか! このごわごわした毛! つぶらな瞳! 大きな足! もう100点満点を上げたいくらいの可愛さですよ! あとリ~ちゃんって何ですか?」



熱狂的な説明のあとに、ふと気がついたのか、リリアがついでのように尋ねる。今まで呼ばれたことがない呼び方だったのだろう、頭に疑問符を浮かべて首をかしげている。



「リリアだから、リ~ちゃん。可愛いでしょ?」



「あ~、なるほどです」



疑問が氷解してような表情をし、そして腕の中のぬいぐるみを風花に差し出す様にして見せつける。



「それで風花さん! これはすごく可愛いんです!

もう、今まで見た中で1番可愛いかもしれないです! そう思いますよね!」



「い、いや~、私はちょっと、どうかなぁ~って・・・あはは」



「いえっ! きっと可愛いと思ってくれるはずです! ちゃんと見てください!

この素晴らしい線の太さと曲線を! やわらかく見せつつ、それでいてたくましい腕を!

可愛らしいです、愛らしいです! ね! そう思うでしょ!」



どこかの宗教に勧誘するような勢いで語り、風花に迫る。

そんな風花はと言うと、割と本気で引いていた。当然である。清楚で、大人しそうだというリリアのイメージは今や完全に崩壊し、可愛いとはかけ離れた不気味極まりないぬいぐるみを熱狂的にアピールする様は、呆れを通り越して怖いくらいだった。



「リリアさん、それ、そんなに欲しいんですか?」



マリアがにこにこと笑いながら、風花に迫るリリアに尋ねる。

その声で少しだけ冷静になれたのか、リリアは残念そうに言う。



「はい。この世界のお金があればいいんですけど・・・ないから仕方ないです。

こうやって抱っこしてるだけで十分ですよ」



そうは言うものの、リリアは名残惜しそうにぎゅっとぬいぐるみを抱き、離そうとしなかった。傍目は不気味でも、リリアにしてみればお気に入りである。手には入らずとも、せめて抱き心地や触り心地を十分に味わっておきたいのだ。



「よろしければ、買って差し上げましょうか?」



「え!? いいんですか!」



思いがけない提案だった。棚からぼたもちとはまさにこのこと。突然の幸運に、リリアは興奮を隠しきれない。



「構いませんわ。1つまででしたら、何でもプレゼント致します」



「じゃあこれお願いします!」



ずいっとマリアの目の前に、毛むくじゃらのぬいぐるみを差し出す。迷いなど微塵もなく、チャンスとばかりに目をきらきらと輝かしていた。



「ええ、わかりましたわ。風花さんもお選びくださいな」



「あ、はい~。えっと~・・・じゃあこれお願いします~」



風花が選んだものは、先ほど手にとっていた蛇の玩具だった。言わずもかな、風蘭を驚かせるためのものだ。可愛い可愛くないは2の次らしい。



「はい、わかりましたわ。この2つはおいくらですか?」



小さな可愛らしい財布を懐から取り出してマリアが値段を尋ねるが、店主は手を振りながら言う。



「もらってやってくださいよ。どうせ売れ残りですし、誰も買わない商品ですから、構いやしませんよ」



「まぁ、そうですの。でも、お金を払わないと悪いですわ」



「いやなに、あの娘たちの喜ぶ顔が見れたらそれでいいですよ。

近頃の子供は可愛げがなくてねぇ、こんな玩具なんかには見向きもしねぇもんですから」



「そうですか・・・。それでは、ありがたく頂戴致しますわ。ありがとうございます」



深々と頭を下げるマリアに、店主は当然恐縮する。



「よしてくだせぇよ。正直、処分に困ってたとこなんですから」



「ふふ、そうですか。それはよかったですわ」



満面の笑みを浮かべながら、マリアはリリアと風花のほうに向き直る。



「では2人とも、ちゃんとお礼を言ってくださいね」



「おじさん、ありがとうございます! こんな可愛いぬいぐるみをくださって!」



「は、ははは、いや、構わんよ。・・・可愛いかはわからんが」



「ありがとうございます~。これで妹をびっくりさせられます~」



「あぁ、ほどほどにな」



純粋に喜ぶ2人の少女を見て、店主の頬は思わず緩んでしまう。いつかこういう風に、幅広い種族が自分の店に訪れ、そして満足そうに商品を持って帰る様を見るのが、この店主の夢だった。

天界と戦争中の今となってはその夢の実現は難しくなってしまったものの、こうやって異世界からの旅人の笑みを見られれば、それで満足だった。



「さて、そろそろ参りましょうか。まだまだ、行くところはありますよ」



「はい、わかりました。おじさん、本当にありがとうございました」



「ありがと~。とても嬉しいです~」



「そりゃこっちのセリフだ。気をつけてな」



リリアと風花の2人にそう言ったあと、店主はマリアに深々と頭を下げた。敬意の表れである。

マリアはそれを見て微笑み、そして店を2人の客人と共に後にしようとした。




「あれ?」




だか、空を見上げてそう言ったリリアを皮切りに、




「? どうして~?」




届くことのなかったはずの太陽の暖かい日差しが、




「晴れ!? そんな、まさか・・・!」




魔界全土に燦々と降り注いでいった。




「・・・ありゃ、何だ? 落ちて、きてやがる」




その日光に紛れた形で、




青く広がった空の彼方から、




渡り鳥のような無数の黒い小さな物体が、




街と城の両方を目掛けて、




次々と落下していったのを、




魔界に住む人々全員が、




呆気に取られた様子で見入っていた。


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