第67話 魔界編2
「・・・ん?」
男が後ろから接近してくる刹那に気が付いた。
だが、もう遅い。すでに刹那は大剣を振っている。
刹那の振るった大剣は黒い風のように大鎌を通りすぎると、男の持っていた大鎌はスパっと綺麗に切断された。
「な、何を!!」
間髪入れず、もう1人のほうの大鎌も切断する。再び黒い風が大鎌を通り過ぎ、カラン、と斬った鎌の刃は地面に落ちた。・・・これで、男たちの武器は破壊した。もうレオとリリアを襲うことはできない。
「な、何をするんだ!! ふざけるな!!」
「ふざけてるのはそっちだろ! 俺たちの仲間だって言ってるじゃないか! 何でいきなり殺すような真似をするんだよ!」
刹那の言葉を聞いた男たちは、はぁ? と、心の底から理解できない、と言わんばかりの表情をした。
「何で、って・・・・・お前、何言ってるんだ?」
「神族は敵だろうが。殺さなけりゃこっちが殺されるんだぞ」
「だから、何でって聞いてるだろ? どうして神族なんだよ?」
男たちは顔を見合わせたあと、再び刹那に顔を向けて質問をした。
「お前、どっから来た? ここの国のやつじゃないだろ」
「国のやつだったら神族との関係は知ってるはずだからな。それを知らんということは、お前はこの国の人間じゃないってことだ。・・・どこから来た?」
いきなりの質問に、さっきまで喧嘩腰だった刹那は口ごもってしまった。助けを求めるように、ちらっとレオのほうを見る。
レオは腕の中のリリアを解放すると、ゆっくりと男のほうへと歩み寄った。
「・・・俺たちは、異世界からやってきた」
「だろうな。でなきゃその魔族が言ってることの説明がつかないからな」
男たちがあっさりと納得したことに疑問を覚えたのか、レオは男たちに尋ねた。
「ずいぶん簡単に信じるな。異世界から人がやってくることはそんなに難しいことじゃないのか?」
「いや、そうわけじゃねぇよ。単に異世界の存在を知ってただけだ」
「魔王様の息子の魂も、異世界に飛ばされたという事実もあるからな。貴様らの思っているほど、異世界の存在は空想上のものじゃないということだ」
「? 魔王様の息子さんの魂が何だって〜?」
風花がのんびりとした口調で男に尋ねる。
「いや、別に何でもない。それより、お前たち中に入るのか?」
「入れてくれるんですか? さっきは私と兄さんに攻撃しかけてきたのに・・・」
頬を少し膨らませ、拗ねたようにリリアが言った。まぁ、殺されかけたのだ。これくらいは怒って当然だろう。
「それについてはすまなかった。こっちもちょっと警戒していたんでな」
「警戒って、やっぱり神族に?」
「まぁ、な」
そう言って、男はギィ、と軋んだ音を出して門を開けた。中からは賑やかな声が聞こえてきて、町の雰囲気は明るい、ということを刹那たちに知らせていた。
「とりあえず、俺の後ろを歩いてきてくれ。そうすりゃ、騒がれることもないだろうからな」
「俺たちをどこに連れて行く気だ?」
「城だ。神族のお前たちを好き勝手歩かせちゃ町民が混乱する。とりあえず、お前らには魔王様に会ってもらうことになるな」
「魔王に会うって、そんなこと許されるのか?」
「異世界から来たというくらいだからな。魔王様も面会を拒むまいよ。・・・すぐ戻る。それまで頼む」
「あいよ、できるだけ早く帰ってこいよ」
そう言うと、男は門を再び閉めた。開けっ放しになどしておけないから当然の処置だ。
「じゃあ行くぞ。ついてこい」
一同は頷くと、男を先頭に町を歩き始めた。
町の中は、先ほどの予想通りやはり賑やかだった。広い通りに様々な種類の店が並んでおり、どれも見たことのないような商品を店先に置いていた。人々は、その商品を物珍しそうな目で見たり、店員に値段の交渉をしたりしていた。
他にもたくさんの人が通りを歩いていて、何かおかしいことが起こっている風には到底見えなかった。
「あれ〜? 兵隊さ〜ん、後ろに神族がいますよ?」
レオとリリアに気が付いた小太りのおばさんが、実に興味深そうな目をして寄ってきた。それを皮切りに、店の商品に夢中になっていた人々もどんどんと集まってきた。
「え?! 神族?! うっそマジ?! 本物?!」
「お〜、結構可愛い娘じゃん。どう彼女、俺とお茶しに行かない?」
「うっわ、いい男ね〜・・・・・。神族にもこんなかっこいい男がいたんだ〜・・・・・」
がやがや、とあっという間にレオとリリアが人ごみの中に隠れてしまった。・・・門番の男たちは見るなり敵意を示してきたのに、町の人たちは全く逆だ。もの珍しそうに見つめてきて、敵意なんて全然ない。おかしい、と思わずにはいられなかった。あまりにも対応が違いすぎる。
レオとリリアは、人々に群がられて質問攻めにされていた。どこから来たのか、何でここにいるのか、今暇か、ちょっとそこでお茶でもしないか、など、質問してくる内容は人それぞれ違ったが、ただ1つだけ共通している部分があった。
男も女も、質問してくる人全員が魔族なのだ。誰かが獣族だとか鬼族だとか、そうわけではなく、全員一貫して魔族。髪が黒くて眼も黒い、正真正銘の魔族だった。・・・そこで刹那たちは初めて理解した。ここは、魔族しかいない町なのだと。
パンパンと、男は2回手を叩いて言った。
「みなさん、そのへんにしてやってください。こいつらを今から魔王様のところに連れて行かなければならないので」
「あら〜、残念ねぇ。もっとお話し聞きたかったのに・・・・・」
「でもま、いっか。本物の神族見れたし」
「っちぇ〜。こんな可愛い娘を諦めろだなんてよ〜」
「残念、また今度か」
人々は口を揃えて不満を漏らした。表情からは心底残念だという気持ちが伝わってきて、いかにレオとリリアが受け入れられているかを教えていた。
男は愛想笑いをし、少し急ぎ足でその場をあとにした。また同じように珍しいから、という理由で時間を食いたくないのだろう。刹那たちもすぐさまそのあとに続いた。
「・・・・・あれが、お前たちがこの町をうまく歩けない理由だ。珍しがって寄ってくる。本物を見るなんて、最近じゃありえんからな」
しばらく歩いた後、男がポツリと呟いた。
男の言葉に疑問を持ったレオは、先ほどから気になっていたことを尋ねた。
「・・・それはわかったが、どうしてあんたと対応が違うんだ? あんたは敵意があったが、町民は別にそんな気はない。どういうことなんだ?」
「簡単なことだ。神族と戦争してるっていう実感が湧いてないだけだ。神族と戦ってるのは俺たち兵士だけだし、魔王様のご意向で神族は完全な悪役にはなっていない。神族は最低な種族だ、とか、クズだ、とか、そういうことを広めて戦争の士気を高めようとしていない。むしろ神族の良いところばかりおっしゃっていた。だから町民は敵意を出してこない。お前たちに対する敵意も湧かない。意味がわかるか?」
「なんとなくはわかったかなぁ〜」
風花がにこにこしながら答える。
つまりはこういうことだ。戦争はこの国の兵士が最前列に立っているため、国民には戦争をやっているとう実感が湧いていない。今日もどこかで神族と戦争をやっているんだな、という他人事みたいにしか思っていないのだ。
さらに、この国の王である魔王は、国民に神族のイメージを低下させるような政治を行っていない。神族を徹底的に悪者に仕立て上げ、国民の神族に対する意識を無理やり変えさせ、それを戦争に利用する、ということを行っていない。
むしろ逆で、神族を持ち上げるような発言をしている。・・・どうしてそこまでして神族を庇うのか、あまり理解できなかった。戦争中に相手のことを考えるなど、普通はありえないことだからだ。それなのになぜ・・・・・?
刹那がそのことを考えてながら歩いていると、不意に男が刹那たちに声をかけた。
「ここだ。ここが、魔王城だ」




