第63話 操り人形編3
「はぁ・・・・・・はぁ・・・・・」
サリアは逃げていた。逃げるしかなかった。戦うことなどできなかった。武器を向けることなんて絶対できなかった。だから、ただただ無様に敵に背を見せ走るしかなかった。
「はぁ・・・・・・はぁ・・・・・」
炎はだんだんと広まっていっており、サリアの逃走経路を徐々に狭めていった。もう辺り一面は火の海で、右を見ても左を見ても炎しか見えない。逃げる道は今走っている道一本しか存在しない。横に行こうものならばたちまち全身を炎に包まれてしまう。
「ぐ?! ・・・・はぁ・・・・・はぁ」
サリアの走っている道は足場が悪かった。建物が崩れたせいで、そこらじゅうに瓦礫やら機械やらが転がっていて、いちいち躓いてしまう。普段だったら躓くなんてことはないのだが、今は足元を見ている余裕がなかった。前しか見れなかった。後ろから追ってくる敵を見る余裕だってなかった。
「ウふフふ。逃ゲるねェ。遠慮せズに攻撃すレばいいのにネ」
後ろからそんな声が聞こえるが、無視した。今はそんなのに構っている暇などない。とにかく逃げなければ。逃げて、考えなければ。何でもいい、打開策を考えなければならない。
だから、走らなければならない。迫ってくる敵から逃げなければならない。少なくとも、今は。
「・・・でモ、ちョッと追うノも飽キてきタかなァ?」
アビスが動かすと、『人形』が手に持っている銃でサリアを撃った。
前ばかりしか見ていないサリアに避ける術などない。銃弾はサリアの足を掠めた。・・・外れたのではない。わざと掠めさせたのだ。
「?!」
右足の不意な痛みに驚き、サリアは転倒した。そして、自分を撃つよう『操作』したアビスを睨みつけていった。
「・・・卑怯者」
「何がだイ? そう思うンなラ、遠慮せズ攻撃デも何デもすレばいいじャないノ?」
「・・・できるわけ、ない」
そう、サリアは攻撃しなかったのではない。できなかったのだ。アビスが『操作』している『人形』は、自分を先ほど撃った『人形は』、
「・・・・・もう限界だ、覚悟決めろ。いいな、サリア」
紛れもない、自分のパートナーである、ライツだったからだ。
アビスはライツを操作して、サリアを襲わせていたのだ。
面白半分で。
ゲームか何かを楽しむかのような、
何も抵抗ができない小動物を
へらへら笑いながら追い詰めるような、
そんな感覚で。
「・・・嫌。絶対、嫌」
首を横に振って、サリアは拒否した。
サリアは今まで、任務という任務をこのように拒否したことなどなかった。上の命令には逆らってはいけないということもあったし、やらなければならない、という義務感のせいでももあったが、とにかく任務は確実に遂行することを心がけていた。それがサリアの性格だったし、それがサリアの全てでもあったからだ。
任務こそが全て。上の命令は絶対に聞き入れ、反論したり拒否したりしてはならない。今までサリアはそうやって生きてきた。考えるのは上の仕事、自分は何も考えず、ただ命令に従っていればいい。それが信条だった。
パートナーであるライツは、身分はサリアよりも上だ。つまり、ライツの言うことは絶対。反論してはならないし、拒否するなんてことも許されない。上の命令は絶対だからだ。
でも、今回ばかりはライツの命令は聞き入れることができなかった。理由はなぜだかわからない。どうして今回の命令が聞けないのか自分でもよくわからない。だけど、聞けなかった。聞きたくなかった。今までこんなことなかったのに、命令に反することなんて何1つなかったのに、それがどうして今回に限って?
「サリア、お前に拒否権はない。これは命令だ。お前は俺の言ったことを実行しなければならない」
「・・・嫌」
「・・・・・命令だ、サリア」
ライツは銃を構えながら・・・いや、正しくは『構えさせられながら』言った。
「俺を爆弾で吹っ飛ばせ。跡形もなく消し去れ」
自分の人差し指からライツの体に繋がっている『糸』を弄びながら、アビスは愉快そうに笑った。
「言うコとガ過激だねェ。でもまァ、それガ一番効果的かモしレないネ。僕ノ『糸』は僕ガ解除シようヨしナければ外レないシ、爆発か何かデ手足ガないヤつにハ使えなイからネ」
「・・・たぶんそいつの言うとおりだ。さっきから体が勝手に動いちまうし、一向に外れる気配がない。このままだと、俺はお前を殺してしまう。だからその前に殺れ。殺られる前に殺れってのは、俺たちの間じゃ常識だろ?」
ライツが何とかして自分を殺させようとするが、サリアは首を横に振るばかりで一向に行動しようとはしない。
ライツは本気であせった。このままでは、自分のパートナーを自分の手で殺しかねない。それだけは、絶対に避けなければならない。今まで組んできた大切なパートナーを自分の手で殺すなど、あってはならない。絶対だ。
それを避けるにはサリアがライツを殺さなければならないのだが、サリアはどうしても動いてくれない。・・・・・ライツはサリアの頑固な性格を知っている。一旦自分の中で行動を決定したら梃子でも動かない。サリアの説得は半ば無理だと諦めているのだ。
しかし、それならば一体どうすればいいか? ・・・簡単だ、サリアがやらないのなら自分がやればいい。ライツ自身のホルスターにも手榴弾は入っている。これのピンさえ抜ければ自爆できる。しかし、しかしだ。どう足掻いても体が動かない。腕に力を入れても微塵も動かないし、足に力を入れても、強い力で押さえつけられているかのようにビクともしない。・・・『糸』から逃れることは不可能なのだ。今のライツはアビスの操り人形でしかない。どう抵抗しても、人形は自らを操っている人形師には逆らえないのだ。
「・・・ウ〜ん、さすガに硬直状態モ退屈になッてきたネ。ソろそロ、『終劇』といコうかナ?」
少し飽きてきたアビスが、『糸』の繋がっている人差し指を動かした。
瞬間、ライツが銃の引き金に手をかけている人差し指に力が込められた。・・・まずい、このままでは引き金が引かれる。サリアを、殺してしまう―――!!
「サリアッ!! もたもたするな!! とっとと殺れッ!!!」
「で、でも・・・・・」
「でもじゃねぇッ!!! 殺れって言ってんだ!!! 殺れぇええええええええええええええええ!!!!」
ライツの怒声に、サリアはホルスターの銃を取り出し、構え、引き金に人差し指をかけた。
でも・・・・・そこまでだった。あとは人差し指に力を入れて引くだけなのに、たったそれだけなのに、サリアは弾丸を放つことなく、銃をおろした。
撃てなかった。撃てるわけがなかった。撃ちたくなどなかった。ライツを撃つくらいなら・・・・・。
「無理・・・だよ・・・・・ライツ・・・・・」
「馬鹿、野郎・・・・・!!!」
パァン、と、乾いた音が響いた。
ライツの手にしている銃の口からは弾丸が発射されており、その弾丸はサリアの左胸部を貫通していた。
サリアは、口から血を吐き、ゆっくりと、ゆっくりと、脱力し、倒れた。
「うふフフふ。これデ、『終劇』だネ」
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!」
ライツの悲痛な叫びは、燃え盛っているこの町全体に響いた。炎よりも猛々しいその声は、どこまでもどこまでも響き渡った。




