第48話 殺戮人形編4
風姉妹と雷光は、雷牙の治療が終わったあと眠りについていたのだが、刹那たちは看病していた。至って普通に呼吸をし、別に何ともなさそうに見えるのだが念のため、ということだった。
そして、深夜の頃に気絶していた雷牙が目を覚まし、現在に至るわけだ。
「いや〜っはっはっはっは!!油断したぜ!!まさか壊した人形からやられるとは思わなかった!!」
「・・・・・・・・・」
「な〜んか変だなぁ〜って思ってたら後ろからドスッだぜ?ありゃわからなかったなぁ!!隙を突かれたぜ!!はっはっはっはっは!!」
「はぁ・・・・・・・」
気絶から目を覚ました雷牙は、とても怪我人とは思えなかった。なんと言えばいいのか・・・・・とにかくうるさい。元気なのはよ〜くわかった。怪我が大したことないのも喜ばしいことだ。だが、夜中にこの声の大きさはうるさい。
「ちょぉっとうるさいかなぁ〜?ねぇ〜雷牙く〜ん♪」
上半身を起こした状態の雷牙の後ろから幽霊のように現れたのは、寝付いたはずの風花だった。にっっっこり笑っているが・・・・・恐かった。当たり前だ、気持ちよく寝ているところを叩き起こされて機嫌のいいやつがいるのものか。
人の笑顔を恐いというのは失礼なはずなのだが、風花の笑顔は例外だった。その証拠に、雷牙の顔が一気に蒼白になり、体をガタガタと震わせ始めたのだ。
「雷牙く〜ん?あんまり騒ぐとねぇ、傷口が開いちゃうんだよぉ?私達が縫合してあげたところを、雷牙君は台無しにしたいのかなぁ?」
「いや・・・・・あの・・・・・」
風花と雷牙の性格が、どちらとも反転していた。いけいけタイプである雷牙がおどおどしだし、ぽや〜っとしているはずの風花がいけいけになってしまったのだ。
「つまりぃ、私が何を言いたいかわかるかなぁ?雷牙くぅ〜ん?」
「いや・・・・・その、黙れと・・・・」
「わかってんなら大人しくしてろや」
風花の口調が変わった瞬間、空間が凍てついたような錯覚に襲われる。風花の顔からは笑顔が消え、雷牙にしてみれば体中から汗をだらだらと流していた。
「・・・・・・・はい」
何とかそれだけを絞り出すと、雷牙はそのままベッドにバフッと倒れこんだ。
「あ〜、雷牙君やっぱり体に負担がかかったんだねぇ〜♪眠らないといけないからみんな行こっかぁ」
再び笑顔になった風花はしれっと言うと部屋を出て行った。それを見送ったあと、刹那が口を開いた。
「雷・・・・牙・・・・・?」
「わりぃ、頼むから寝たことにしてくれ・・・・・今度騒いだら本当にあいつ怒るから・・・・・」
さっきの風花はまだ完全には怒っていなかったらしい。さっきのが爆発すれば・・・・・。ちょっと寒気がしたような気がしてブルっと震えた。
雷牙のことを思い、一同は全員部屋から出た。いや、雷牙のことよりも、ここにいればまた風花が来てしまうから、ということのほうが大きかった。
「それじゃ俺たちも寝よう・・・・・か?」
刹那がそう切り出そうとしたが、レオとレナが何やら考える素振りをしていたので中断した。
「どうしたんだ2人とも?」
「ちょっとこの世界の罠が気になってね」
「あぁ。雷牙の言ってた人形ってのがどうもおかしくてな」
雷牙は、バラバラに壊したはずの人形から攻撃を受けた、と言っていた。バラバラ、ということは腕、足等が胴体から離れている状態をおそらく指しているはずだ。そして、人形は手に武器を持っていた。もちろん雷牙の胸を突き刺した武器だ。この2つの点からすれば、雷牙は胴体から離れた腕から攻撃を受けたことになる。もっとはっきり言えば、雷牙は『人形ではない他の誰かから攻撃を受けた』ということになる。
腕は普通、自分の意思によって動くものだ。脳から脊髄、脊髄から神経、神経から筋肉へ、動くという信号を送らなければ動くわけがない。
つまり、人形は自分の意思で動いているのではなく、誰かが操っていることになる。それでなければ、胴体から離れた腕が攻撃するはずないのだから。
これが怪しいのだ。人形を操っているのが神の使いなのだったら相当の実力者のはず、こそこそ影から攻撃などしなくてもいいはずだ。直接出てきて攻撃、それで終わりのはずなのに、なぜ人形を使うなどという回りくどいことをするのかわからなかった。
「明日でいいじゃない兄さん、レナさん・・・・・私もう眠いよぅ・・・・・」
リリアが大あくびをしたのを合図にして、レオとレナは考えるのをやめた。
「そうだね、明日対策を立てても遅くないもんね」
「それじゃ寝るか」
こうして、この日は終わる。次の朝からどうなっていくのか、何が起こるのかはわからない。
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「今日は何だか曇りだな・・・・・」
「そうだね、雨が降りそう」
朝、刹那はレナに起こされて外に向かった。レナが刹那を起こしたのはもちろん訓練のためだった。いつもならばベースキャンプである家でやるのだが、なぜここでやるのだろう?刹那は不思議に思ったが声には出さなかった。―――レナに何か考えがあると思ったからだ。もちろんその考えまではわからないが。
外はどんよりと曇っていた。雲が厚いせいか日光が射さず、薄暗かった。朝からこんな天気なのか、と刹那は少しため息をついた。こんな綺麗な森なのに、その朝の光が射し込む光景が見られないのは残念だった。
「ほら刹那、ぼ〜っとしないで」
「あ、ごめん」
レナは我に返った刹那に丸太を手渡した。大きさと長さは大体刹那の使っている黒い大剣ほど。持ち手の部分はレナが削ってくれたのか、細くなっていてちょうど握りやすくなっていた。―――こんなレナの気配りが、刹那は結構好きだった。
レナも自分の太刀くらいに削った木を手に持ち、構えた。
「そろそろ刹那にも『技』を覚えてもらわないとね」
「技?」
「うん。私の『抜刀技』も技。一瞬の隙を突いて出すことで相手にとっては不意打ちになり、戦闘を一瞬で終わらすことのできる、技。それは刹那に覚えてもらおうと思って」
「それじゃレナの『抜刀技』を教えてくれるのか?」
刹那は今まで、レナの抜刀技を1つしか見たことがない。それが『抜刀技壱ノ型・時雨』だ。
激しい雨のような剣さばきで相手を強制的に防御体制にし、そこから生れる防御の穴を突く技。激しい雨をかわせる人間がこの世にいるか?いない。その雨を防ぐには傘で自分の頭上を覆うしかない。つまりはそういうこと。かわすことのできない剣さばきは敵を強制的に防御させ、その場から動けなくする。そういう技だ。
「だめ、抜刀技は私の技だもん。刹那には教えてあげない」
「な、なんだそれ・・・・・」
まるで子供だ。お菓子の袋を持っていて、一個ちょうだい!と言われても、自分で買えばの一点張りでお菓子を独占する子供と同じレベルだ。
刹那は呆れながら、レナにたずねた。
「それじゃ俺の技ってどうなるんだ?」
「刹那、思い出してみて。レメンの世界のこと」
刹那は、少しだけ顔に影を落とした。無理もない、あの世界は刹那にとって・・・・・・・酷すぎた。
死ねないレメン、それを殺したのが刹那。永遠の苦しみから救ったのも刹那。刹那自身後悔はしていないが、どうも胸が痛んだ。
「私もレオも、レメンにやられたときのこと。刹那がレメンを打ち倒したところを私はちゃんと覚えてるよ」
レメンが一瞬の隙を見せたあのとき、刹那の大剣は黒く光り、レメンの体はその黒い大剣から放たれた衝撃波に吹っ飛ばされた。もしかして、そのときのことだろうか。
レナは刹那の表情を読み取ると、笑って言った。
「たぶん刹那の考えてるときのこと。あれはもう立派な技。だからレメンとの戦闘は一瞬で終わったでしょ?」
未熟な腕だった。レナから訓練を受けていないまだ未熟な腕。絶対勝てるはずのなかった敵。それなのに、レメンの一瞬の隙で全てが終わった。その隙に刹那が技を叩き込んだおかげで勝てた。技とは、それほど重いもの。一瞬で全てが決まってしまう、それはまさに1枚しかない切り札。
本来、技はRPGのゲームのようにポンポン出してはいけない。ここぞという時に出さなければ意味がない。ターン制で、相手がかわさない限り当たるなどという戦いなど、この世にはないのだから。
相手が準備万端なときに技など出してみろ、射程から離れたところから技など出してみろ、絶対に防御される、絶対に回避される。ポンポンと何の策もなく出してみろ、それこそ見切られて絶対に当たらなくなる。
レナは技の重みを知っていた。だから抜技なんて滅多に使わずに、基本の斬りと突きしか出さなかった。
「今まで刹那に基本しか教えなかったのも、技が重いから。だけど、技を刹那が会得できれば戦いの視野はずっと広がる。これからの戦いには絶対必要になってくる」
「・・・・・わかった、技を会得しても滅多に使わないようにする」
「うん。それじゃ始めるよ。まずは体を温めないとね」
刹那とレナはそのまま木を構え、双方突撃していった。激しいように見えても、本人らはアップのつもりだ。これが普通なのだ。
ガツッ、ガツッ、木のぶつかり合う音が響き渡る。その音は2連でつながっていたときもあれば、1回鳴ったきりしばらく音がしないときも、いつまで音が続くのだろうと思わせるくらいに長いときもあった。音を聞くだけでわかる。2人がどれだけ激しい『アップ』をしているのが手に取るようにわかる。
刹那がレナが飛び退いたのを目で確認した瞬間、刹那は地面を蹴りレナに急接近する。その勢いを使って手の大剣を横に薙ぎ払うように振る。
刹那の丸太はブオン!!と空振りし、刹那は接近をやめた。むやみに接近すれば、レナからの反撃を食らいかねない。その判断からだった。
再び距離をとって仕切り直しとなり、刹那とレナは丸太を構えて対峙する。目を見て相手の動きを読み、自分がどう動いてどう攻撃するかを頭の中で想定する。
じり、じり、と少しずつ距離を縮めていく。大きく、一気に距離を縮める行為は攻撃すると相手に教えるようなもの、故に少しずつ接近し間合いに入ったところで初めて突撃する。
もう少し・・・・あと一歩・・・・・入ったッ!!
「うぉおおおおおお!!!」
刹那はレナに特攻していった。肉体強化は施していないためそれほど速くはないが、接近し攻撃するには十分すぎるほどの距離だ。
レナは構えたままの格好で動こうとしない。おそらく自分の攻撃を待っているのだろう。―――絶好のチャンスだ。
このチャンスにやることは決めていた。最初にフェイントをかけて、その次に本命の一撃をお見舞いする。
接近したときの勢いを使い、両手に持っていた丸太を片手に持ち替え、思い切り突く。この至近距離だ、かわせるはずがない。刹那の思った通り、レナは回避をせず、突きを防御しようと攻撃に合わせて丸太を横に構えた。
―――ひっかかった!!
レナが防御に費やす時間を刹那は見過ごさない。そこがレナに出来る唯一の隙だ、逃してなるものか。
刹那は片手で持っていた丸太を再び両手に持ち替え、薙ぎ払うように丸太を横に振った。横の薙ぎ払いは非常に避けにくいものだ、だから横の薙ぎ払いは後ろに飛び退いてかわすか、防御するかの2つが一般的である。
レナも例外ではない。この距離で、しかもこの速さで避けることは出来るわけがないし、防御しようとしてもガードが間に合わない。だから刹那はフェイントを使ったのだ、レナの防御が崩れるこの一瞬のために。
決まった、刹那はそれを疑わなかった。絶対に命中した、と本気で思った。
「はっ!!!」
「いでっ!!」
レナは丸太を持っていた刹那の手を蹴り、丸太を弾き飛ばす。
足からの攻撃とは完全な盲点であった。横薙ぎ払いの形をとっていた刹那の攻撃は崩されてしまった。武器は手から離れ、レナの間合いに確実に入っている。―――これはもう致命的だった。先ほど刹那の攻撃である横薙ぎ払いをやられたら絶対に命中する。
レナの手に蹴りをいれ、刹那と同じように武器を弾き飛ばすという方法も、もちろんないわけではない。だが、刹那はそこまで頭が回らなかった。やっちまったなぁ、ということしか頭の中になかった。だから、そこでレナが攻撃しても防げないのも当然だった。
ポカッと間の抜けた音がし、刹那は頭を抑えてうずくまる。
「いででで・・・・・・」
「あそこでじっとしてたら絶対負ちゃう。だからあの場面ではどんな小さくてもいいから抵抗すること」
「わかったよ・・・・・いでで・・・・」
うぅ〜〜、と頭を抑えて悶絶する刹那を見て、レナは自然に笑いがこみ上げてきて、くすり、と笑った。理由はよくわからない、別に刹那のその様が面白かったとかそういうのではない。ただ何となく・・・・・・そう、何となくだ。
刹那は顔を上げ、レナが自分を見て笑っているのがわかると、口をへの字にして文句を言った。
「何だよ、笑うことないじゃんか」
「ごめんごめん」
全然反省していないが、一応謝ったのでまぁいいか、と刹那は立ち上がった。
「さて、体が温まったとこで・・・・・」
「うん、それじゃやろうか。じゃあ刹那、結晶を作って」
レナに言われると刹那は丸太を捨て、意識を集中した。
―――もう結晶の作り方には慣れた。自分の魔力を黒い霧と置き換えて頭の中でイメージしてから結晶を作るという手間もなくなった。刹那にとって結晶を作るということは、もはや手を動かすことと同等のことになってきていた。体の一部を動かすことがごく自然なことであるように、呼吸をするのが当たり前であるように、結晶を作るということも『当たり前』なのだ。
刹那の手に黒い大剣が握られる。同時に体が軽くなり、肉体強化が施される。
「準備できたぞ」
「うん、それじゃ始めるよ」




