第108話 恋慕編1
雷牙達が図書館でオリアスと話し合っている頃、刹那とレオは、前の世界で発現した刹那の能力の具体的な解析を行っていた。魔力で形成されたジェノの鞭の構成を崩したという刹那の能力。どのような能力であるにせよ、発動条件を知っておいて損はないからだ。
その能力は、刹那が『眼』を発動したことによる、結晶の特殊能力であることは容易く予想ができたが、そこからは未知の領域。そこからいかにして能力を解析していくかが、刹那の成長に繋がると言っても過言ではない。
刹那は使用が可能になったばかりの『眼』を発動させ、大剣を構えていた。それを確認したレオが、自身の精製した『結晶』である弾丸を刹那に手渡す。
「それじゃ刹那。こいつをお前の『崩天剣』で攻撃してみてくれ」
「うん、わかった」
一度だけ頷き、刹那はレオを巻き込まないようにと背を向け、受け取った弾丸を空高く放り投げた。同時に、刹那は自らの『結晶』である大剣に魔力を込め、弾丸に向かって剣を振るう。大剣自体は距離があるため当たることはないが、刹那が込めた魔力が、黒い波動となって弾丸目掛けて放たれる。これこそが刹那が前の世界で会得した『崩天剣』である。
黒い波動は弾丸を撒き込み、空気を振動させて凄まじい音を鳴り響かせて弾丸を撒き込みつつ空へと上がり、魔力が尽きたためか徐々に威力が衰えて行き、終いには強力な黒い波動は消え去ってしまった。
その後、すぐにレオの弾丸が重力に引かれて空中から落ちてきた。いくら強力な『崩天剣』の波動と言えど、結晶である弾丸は破壊できないようだった。
それを拾い上げ、レオが呟く。
「『波動』だと破壊はできんか・・・。刹那、お前がジェノの鞭を崩壊させた時、どうやったんだ?」
今一度その時の状況を確認しようと、レオが刹那に尋ねる。
「ん~と・・・。『波動』を撃つ前に鞭が目の前に来て、それを払おうとして魔力を集中させたまま斬ったら、ジェノの形成した鞭全部がボロボロになったんだけど・・・」
その時のことを思い出したのか、刹那は新たな情報をレオに伝えた。
腕組みをしながらレオは少しだけ思考し、そして言った。
「それなら、『波動』を撃たないで、魔力を集中した状態でもう一度弾丸を斬ってみてくれ」
「わかった」
レオから再び弾丸を受け取り、同じように空高く弾丸を放り投げる。
大剣に魔力を集中させた後素早く空高く跳び、落下してきた弾丸目掛けてその大剣を勢いよく振るった。
空気を振動させ、空間を切り裂いたかと思わせるほどの風を切る音と共に、刹那の大剣がレオの弾丸へと命中した。
高い金属音と共に、弾丸は大剣の振るわれた方向へと凄まじい勢いで飛んでいく。これの方法も違う。弾丸は崩れることなく、その形を保ったまま遥か彼方へと消え去ってしまった。
引力によって降りてきた刹那は膝をクッションにし、上手い具合に勢いを殺して地面へと着地する。同時に、なかなか結晶の特殊能力の条件が発動しないためか、不安げな表情をしてレオに話しかけた。
「・・・何か見逃してることがあるのかな」
波動をぶつけても、魔力を集中した状態で斬っても、レオの弾丸は崩れなかった。最も可能性の大きい選択肢が2つとも潰えたのであれば、まだ見逃していることがあるのかもしれないと思うことは普通の考えである。
「確かにな。何かまだある可能性も十分ある。他に何か手掛かりがなかったか、もう1度思い出してみてくれ」
レオの言葉に頷き、刹那はその時の情景を必死に思い出し、自身の行動1つ1つを脳内で再現していく。
発現したばかりの『眼』によって得られた『漆黒の翼』を羽ばたかせ、何も考えず『罠』であるジェノが形成した無数の鞭の中へと特攻をかけた刹那。今思い返してみれば、策を練ることもなく真っ正面から挑んだ自らの愚かさにうすら寒さを覚える。
一か八かの『崩天剣』を放つべく、大剣に魔力を込めながら、襲いかかってくる鞭をくぐり抜けていく。だが、もう少しで射程圏という所でジェノの鞭が邪魔立てをする。迷うことなくその鞭を斬ったものの手応えは皆無であり、すり抜けてしまった次の瞬間、『それ』は起こる。
流れを再度確認し終え、本題に入る。何か見落としている箇所はないか。
{・・・・・}
必死になって思い出すが、浮かぶのは何度も何度も見た光景ばかり。能力の発動の条件と言っても、大剣に膨大な量の魔力を込めた状態である事以外に思い当たることがない。
ならば他に何があるのか。能力が発動しないレオの弾丸と、能力が発動したジェノの鞭。この2つに何か違いがあるのではないかと、新たな考えが刹那は閃く。
2つの大きな違いと言えば、結晶であるか神器であるかという点であろう。魔力を集中させて物体化した結晶と、神の手によって創造された神器。結晶は物体化を継続するために常に魔力を消費するという欠点がある。
レオの弾丸も、一見は半永久的に存在するかのように見えるが、その実、結晶に込められた魔力が少しずつ消費されていき、結晶化に必要な魔力が結晶内なければ自然消滅してしまう。『永久に物体化することのできる結晶』は存在しえないのである。
その点から考えれば、結晶と同等の威力と強度を保ちながら半永久的に存在している神器のほうが優れていると言える。魔力に対抗するために創造されたものなのだから、対存在となっている結晶に勝るとも劣るわけがないのだ。
{もしかして・・・神器にだけ発動するとか?}
ふとそんなことが頭をよぎったが、すぐにそれが違うことに気がつく。確かに、刹那はジェノによって形成された無数の鞭を崩壊させたが、それならば結晶に発動しないというのはおかしい。神器に魔力を込めたことによって顕現した鞭と、レオの形成した弾丸。同じ魔力によって造られた物なのに、神器にだけ通用する局地的すぎる能力だとは少し考えづらかった。
{・・・あれ?}
そこまで考えが至って、刹那はふとあることに気がついた。
確かに、刹那の能力によってジェノの形成していた鞭は1つ残らず崩れ去った。だが、それはあくまで『神器に魔力を込めて形成したもの』であり、『神器そのもの』ではないのだ。
物体化していなかったジェノの鞭と、完全な物体と化しているレオの弾丸。刹那の考えが正しければ、おそらく『物体化していない魔力』に対してのみ、能力は発動するはず。
「あのさ、レオ」
考えを実行すべく、刹那は口を開く。
「魔力が籠もった弾丸を撃ってみてくれないかな。火でも、水でも、属性は何でもいいからさ」
「? 何か考えがあってのことか?」
「うん。うまくいくかどうかはわからないけど、やってみる価値はあると思う」
「了解だ」
刹那の提案を受け入れ、レオは手に魔力を集中させ、神器『神爆銃』のマガジンに弾丸を装填した。集中している魔力の色は淡い翠。触れたものを全て切り刻む、風属性の弾丸である。
ただ、弾丸を使用する相手が刹那ということもあり、レオが弾丸に込めた魔力の量は少量であった。本来、攻撃の用途として精製するのならば、もっと大量の魔力を込めなければならないのであるが、万が一刹那の目論見が外れたとなれば、自らの造り出した弾丸で刹那に致命傷を与えかねない。
そういった事故を防止するためにも、レオは『強風を作り出す』程度の魔力しか込めずに、弾丸を精製した。これならば能力が発動しなくとも、刹那が弾丸の能力によって致命傷を受ける可能性はかなり少なくなる。
「準備はいいか?」
レオのその言葉に刹那がゆっくりと頷き、地面を蹴ってレオとの距離を取る。
距離が空いたことを見計らってレオが銃の引き金を引き、刹那に向けて弾丸を放った。
火薬が爆ぜた音と共に、強風を纏った弾丸が刹那へと向かって飛んでいく。触れた物を皆切り刻むはずの風は、レオの目論見通り土埃を巻き上げる程度の威力に留まっていた。威力が高過ぎず、低過ぎずというその強風は、刹那が狙いを定めるにはちょうどいい具合であった。
強風に耐え切れずに舞い上がっている草花を巻き込みながら直進してきているレオの弾丸を、刹那は冷静に見据えながらも大剣に魔力を集中させていた。
考えが正しければ、刹那がレオの弾丸が巻き起こしている風を斬った瞬間に能力が発動するはず。
もしも能力が発動しなかったとしても、その時はその時。また考え直すだけだ。
前向きに考え、刹那は向かってくる弾丸目掛けて、その漆黒の大剣を振るった。
刃が弾丸へと近づいていき、纏っている強風を斬り裂いた瞬間、変化は起こる。
強風を形成していたレオの魔力が、『崩れた』。
それはまるで霧散するかのように細かく散らばっていき、終いには跡形もなく消えてしまった。
巻き込まれた草花は何事もなかったかのように地面に落ち、刹那の振るった大剣は見事レオの弾丸に命中した。それを空へと打ち上げるように力を入れ、刹那はボールをバットで打つ要領で、レオの弾丸を空目掛けて吹っ飛ばした。
虚空に飛ばされた弾丸自体は、強風と同様に『崩れる』ことはなかった。重力に従って落下し、そのまま地面に叩きつけられる。風はもう纏ってはいない。先ほど発動した能力が、弾丸に込められた魔力の全てを『崩して』しまったらしかった。
「でき・・・た・・・」
残骸のように転がっている弾丸を見て、刹那がそう呟いた。自身の考えが、こんなにもうまくいくと思っていなかったのだ。
安堵したためか、発動して維持し続けていた『眼』を解き、長い溜息をつく。同時に、胸の奥底から嬉しさが込み上がってき、顔を綻ばせてレオに向かって口を開く。
「できたよレオ! 発動した! やれたよ!」
やや興奮気味の刹那につられたのか、レオも笑みを浮かべながら言う。
「あぁ、見てたぞ。また強くなれたな、刹那」
刹那も、レナとの訓練で徐々にではあるが、戦闘における実力をつけてはいた。だが、レオや雷兄弟の持つ『眼』による急激な成長速度には追いつけない。それに歯痒さを覚えていただけに、今回の成長は当人の刹那にとって非常に嬉しいものとなった。
―――これで、ようやく皆と肩を並べられる。
刹那は、そう確信した。
「刹那、喜んでるところ悪いが、発動条件をはっきりさせておきたい。見当はついてたんだろ?」
「うん。『崩天剣』の能力はさ、『物体化していない魔力を崩す』っていう力だと思うんだ。だから、具現化していたレオの弾丸は崩れなくて、それを纏っていた風は崩れたんだ」
「なるほど。それに、斬った部分の風だけじゃなくて、纏っていた風の全てを崩したってことは、能力は連鎖的に発動するみたいだな。ずいぶん役に立つ能力を手に入れたもんだ」
レオの感心したような言葉に、刹那は嬉しさのあまりに何も返すことができない。急激な成長というものが、ここまで嬉しいものだということを、刹那は初めて味わった。
「あ~、レナに教えたいなぁ! ちゃんと成長したんだってさ!」
子供が新しい玩具を手にした時のように、刹那はやや興奮気味にそう言う。
仲間であると同時に剣の師であるレナに、今回の成長を一刻も早く報告したいという気持ちが沸き上がって仕方がない。訓練ではいつも負けてばかりで、具体的な成長の証を見せることができなかったが、今回ばかりは違う。能力の発現という確かな証をレナに見せることができる。
『眼』の発動と、結晶の能力。この2つを見たレナの驚く表情が容易に目に浮かぶ。早く驚かせたい。成長したということを認めてもらいたい。刹那の頭には、もうそれしかなかった。
「ずいぶん、レナにこだわるんだな」
何やら含んだ笑みを浮かべながら、レオがそう言う。
「そりゃ、戦い方を教わってる先生なんだから当然じゃないか。成長を見せたいってのは普通だと思うけど」
「・・・本当にそれだけか?」
「?」
レオの言いたいことがわからず、刹那は首を傾げる。
レナに成長を見せたいのは、戦い方を教わった先生だから。
それ以外に、刹那には理由は考えられない。故に、レオがなぜそんなことを言うのかがわからなかった。
「ん、どうやら戻ってきたみたいだな」
不意にレオがそう呟くと同時に地鳴りのような音が鳴り響き、その視線の向こうの空間に小さな穴が開いた。ゲートの出現である。恐らくは、雷牙達のグループが帰ってきたのだろう。
「刹那、迎えてやろうぜ」
それだけ言って、レオはゲートの元へと歩いて行った。
レオが言った言葉の意味が理解できないもやもや感を抱えながら、刹那もレオの後ろをついて行ったのだった。




