言わなければ伝わらない
頬を染めて褒めるエリシアちゃんと、それに照れまくる私という、令嬢たちからすれば不愉快極まりない状況をぶち破る勢いで、令嬢の一人が声を上げた。
「いけませんわ! このような下賤の者の戯れなどお目に触れては!」
それを皮切りに、他の二人も負けじと吼える。
「その通りですわ! エリシア様のような高貴な方が、汚らわしい下等な民などに近付くべきではございませんことよ!」
「エリシア様はもっと相応しいものとお付き合いされるべきで……」
「でしたら」
令嬢たちの講義を遮って、エリシアちゃんが静かに言った。
「あなた方こそ、わたくしの前を立ち去るべきですわ」
それはまるで、死刑宣告のようで。
「わたくしに相応しい者をということでしたら、この場で最もわたくしに相応しいのは、ニーナだけですもの」
さっきまで怒りと興奮で真っ赤だった令嬢たちの顔色が、一気に青くなった。
でも、彼女たちも黙って切り捨てられるばかりじゃないみたいで。涙の滲んだ目で私をキッと睨み付けてから、早足で立ち去って行った。
「エリシアちゃん、良かったの……?」
「ええ……元々、わたくしがなにも言わずにいたせいで、周りを牽制して傍にいるようになってしまっただけでしたの」
それに……と、手を胸元で組み、上目遣いで私を見ながら、エリシアちゃんはほんのり頬を染めたかと思うと、片手を私のほうへ伸ばしてきた。
「ニーナの言葉が、わたくしの背を押してくださいましたのよ」
「はぇ?……わたし、何か言ったっけ?」
「ええ」
伸ばされた手が、私の頬を撫でた。白い指先がなにかを拭う仕草をして、そっと離れていく。その指先には微かに土がついていて、私は慌ててエリシアちゃんの手を握った。
「願いを言わなければ、答えることも出来ない、と……」
そういえば、そんなことも言ったっけ。
人は誰もが思ったことを言えるわけじゃない。寧ろ社交界ではお世辞や社交辞令やらが頭の上を飛び交うような世界だ。と、思う。エリシアちゃんには常に公爵令嬢って立場がついて回るから、気を張ってないといけないことも多いんだろうな。
「エリシアちゃん……?」
ふと見たら、エリシアちゃんは、土のついた自分の指を、宝物でも見るかのような目で見ていた。
「わたくし、生まれて初めて土に触れましたわ」
「え……」
眉を下げ、どこか寂しそうな雰囲気をまとって、エリシアちゃんは微笑む。
「わたくしは常に庇護されて生きて参りました。こうして学園の生徒となるまでは、手を引かれて歩いたことしかありませんでしたわ」
「あ……そっか。お嬢様って、エスコートしてもらって歩くんだもんね」
常に誰かが手を取って、足下なんか小石の一つもなくて、歩く距離も馬車から家までの僅かなあいだだけ。そんな世界で生きていたら土に触れる機会なんてあるわけないんだ。
「……それなら、お花を育てるとか、そういうことから始めてみない?」
「お花を……?」
エリシアちゃんが目を丸くして首を傾げる。
攻略対象でも何でもないお邪魔キャラだから、ゲームでは数枚の表情差分しかなかったエリシアちゃんは、こうしてみるととても表情豊かだし仕草も可愛い。
「小さな植木鉢に種を植えて、お水をあげて育てるの。いきなり花壇で土いじりするのはハードル高いけど、これくらいならお嬢様でも趣味だと思えばギリいけるかなって……」
エリシアちゃんは暫くぽかんとした表情だったけど、じわじわと頬を赤く染めていき、感極まった様子で私に抱きついた。思いっきり走った直後で土まみれだし、うっすら汗もかいてるのに、お構いなしで抱きしめてくる。
「え……エリシアちゃん、汚れるよ?」
「ふふ」
耳元で小さく笑う声がして、それからそっと体を離された。
エリシアちゃんはとろけるような笑みで私を見つめて、白い手で私の汚れた手を取ると自分の頬へと導いた。私の指がなぞったところに、微かな土の奇跡がついている。
「!?」
「おそろいです」
にこにこと可愛いことを言われ、私は膝から崩れそうになった。
「お花を育てたら、もっと同じ体験が出来るようになるのですね」
「そ……そうだね……」
公爵令嬢の看板しか見ない連中にこの可愛さを知ってほしい反面、私にしか見せないでほしいという想いも芽生えていることに、私は見ないふりをして心に蓋をした。




