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悪役令嬢が天使過ぎて攻略対象が目に入らない!  作者: 宵宮祀花
一章◆チュートリアルなんてなかった。

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沈黙は金とは限らない

「す、すみません! お怪我は……!」


 お互いに……かはわからないけど、取り敢えず馬と健闘を讃えあってたら、馬丁さんが泡を食って駆けつけてきた。


「何ともないですよ。この子凄く賢くて、ずっと私に合わせて走ってくれてたんです」


 ねー、と言って首を撫でると、どこか誇らしげに顔を上げて細く鳴いた。

 元々動物は好きだったけど、ここにきて馬の株が爆上がりしている。こんなに頭良くて可愛いなんて思わなかった。

 和んでいる私に対して、馬丁の人の顔色は優れない。私が言い出したこととはいえ馬が飛び出していくことまでは想定してなかったから、それかなと思っていたら、ぽつりと。


「このイベルニカは、血統種ではないという理由で生徒に人気がなく……学園のコースをあんなふうに走ったのは、先ほどが初めてなんです」

「え……?」


 月毛で尻尾が白いこの子……イベルニカは、ちょっと走っただけでも伝わってくるほど走るのが大好きな子だ。隣を走っただけで楽しい気持ちが伝わってきたし、なにより私の走りを覚えて合わせるだけの知性もある。他の子にもきっと劣らないはずなのに。

 馬丁さん曰く、身分の高い人は自前の馬を持ち込んでそれを授業に使うけど、貴族ではあるもののそこまで裕福ではない家系の生徒は、学園で飼っている馬を使うらしい。で、ただでさえ自前じゃないのにその上血統種ですらないとなれば、貴族社会では笑いものになってしまうのだとか。


「あんなに楽しそうなイベルニカを見たのは初めてでした……ですが、これは全て、私の不始末の結果です。喜んではいけないことと深く反省しております」


 馬丁さんは、ジャパニーズビジネスマン並みの深いお辞儀をして、私がこのままなにも言わずにいたら今度は土下座し出しそうな勢いで謝った。

 きっとイベルニカは、私が走っているのを見て羨ましくなるくらい、長いこと他の馬が生徒を乗せて走るところをただ眺めていたんだろう。あれだけ心と体を弾ませて走る子がじっとしていなければならないのは、どれだけ寂しかったことだろうか。


「それなら、私がこの子と走ります。乗馬はしたことないけど……イベルニカに教わって上手になって、血統だけが全てじゃないって知らせてやります」

「それは……いえ、確かにキリエ様はご自身の馬をお持ちでないと伺っておりますので、問題ないのですが……」

「じゃあ、授業のときはよろしくお願いします」

「はい!」


 馬丁さんがうれしそうにイベルニカを撫でたときだった。


「まあ、薄汚い雑種が馬術場を荒らしているから何事かと思えば……」

「家畜と並んで平民が馬術場を走っていましたの? 信じられませんわ!」

「おやめなさいな。同レベルの者同士、気が合うのでしょう」


 コースの外から、いかにもな高笑いの声と鬱陶しい話し声が聞こえてきた。

 くすくすと笑いながら、柵の向こうで聞こえよがしに笑っている三人の貴族令嬢。確かゲームの中でも、エリシアちゃんにくっついて嫌味を言って回ってる人たちだ。

 正直、相手をするのも馬鹿らしいので無視しようと思ってたんだけど、三馬鹿の奥に、エリシアちゃんの姿を見つけてしまった。その視線に気付いた三馬鹿令嬢の一人が背後を振り返り、嬉々とした声でエリシアちゃんを呼んだ。


「エリシア様、ご覧になりまして? あの見窄らしい平民が……」


 エリシアちゃんは令嬢たちの言葉に全く反応しないどころか、またフリーズしている。どうしたんだろうと思って柵の前まで寄っていって手を振ってみると、エリシアちゃんもハッとして近寄ってきた。


「ニーナ、あなた、いま……」

「この平民は情けをかけられて誉れ高きイストリア学園の生徒となった身でありながら、馬術場で走り回っておりましたのよ!」


 エリシアちゃんの言葉を遮って、軽蔑の眼差しを私に向けながら令嬢が言う。ゲームの中でも、この高慢令嬢たちはエリシアちゃんの僅かな言葉尻を一本釣りして勝手なことを付け足していた。冒頭の「平民とは釣り合わない」的な会話もそうだったように。


 少し俯いてから、エリシアちゃんはその令嬢に向かって静かに告げた。


「わたくしは、あなたたちと話しているのではありませんわ」


 その言葉は、優しいエリシアちゃんの口から出たものとは思えないくらい温度がなく、厳しいものだった。私でさえ驚いたんだから、取り巻き令嬢たちは呆然として、二の句が継げなくなっている。


「盗み見てしまってごめんなさい。お部屋を尋ねたらお出かけ中のようでしたから、外へ出てみたらニーナの声がして……」

「イベルニカと走ってるところ、見てたんだ」


 こくんと頷くエリシアちゃんは、何だか夢を見ているような、ふわふわした表情をしている。


「わたくしの屋敷で行う競べ馬でも、あれほど見事に息の合った綺麗な走りは見たことがありませんでしたわ……それに、あなたの障害を物ともしない姿……わたくし、息をすることも忘れて見入ってしまいました」


 とてもうっとりとした……なんていうか、恋する乙女みたいな表情でエリシアちゃんは語った。あの姿を見られてたのは恥ずかしいけど、質のいいものに囲まれて育ったはずのエリシアちゃんが見ても綺麗だったならいいかな、なんて。

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