小さくて大きな変化
学園内で様なんてつけられたことがなかった私は、一瞬自分のことだと理解出来なくて数歩進んでから足を止め、振り向いた。
其処にいたのは私のクラスで何度か遠巻きにクスクス嗤ったり、最初のパーティのとき『ドレスがないなら給仕をすればいいじゃない』と、想像上のマリーアントワネットでも言わないようなことを言った人たちだ。
因みに、エリシアちゃんに厳しいことを言われた令嬢たちとは別人で、彼女たちはあの日から全く私たちに関わってこない。
「その……今更ですけれど、殿下のお言葉で、私たちいままでどれほど愚かな振る舞いをしていたか理解しましたの」
「あれだけのことを言ったんですもの、許してくださらなくても構いませんわ」
「だからと言って、なにも言わずに黙っているのは結局罪を認めていないも同然ですわ。それで……図々しいと知りながらも、謝罪をしに参りましたの」
彼女たちの表情は真剣だ。
王子に気に入られたいから、取り敢えず謝っとけばいいやって雰囲気ではなさそう。
罪を認めるのは苦しいこと。いまでも多くの人が「あの平民さえ紛れ込まなければ」と思っている人はいると思う。だけど……変わりつつあるのも事実みたい。
それはそれとして、気になることが一つ。
「あの、許さなくていいっていうのは……」
私が訊ねると、令嬢たちは涙腺スイッチでも踏んだかと思うくらいぼろっと大粒の涙を零して、ハンカチを取り出すのも忘れて俯きながら泣き出してしまった。
まさか今更許すつもりはないぞ、っていう遠回しな脅しに聞こえたんだろうかと思っていると、オレンジ髪でふわっとしたボブカットの髪を内巻きにした令嬢が口火を切った。
「だ、って……わたくしたち、あのような……ひどいことを……許してなど、そんな……言えるはずがありませんわ」
「嫉妬、でしたの……ああ、なんて、なんて、あまりにも醜い……っ」
「ごめんなさい……ごめんなさい……思い出すだけでも悍ましいですわ……」
それからもしゃくり上げながら釈明と謝罪を繰り返されて、私とエリシアちゃんは顔を見合わせた。
必死に訴える内容を何とか纏めると、自分もお近づきになりたかったエリシアちゃんといきなり仲良くなった平民に嫉妬して、自分でも信じられないような言葉を吐いた事実を改めて突きつけられ、どれほど醜い人間に成り下がったか理解した、と。
思ったんだけど、彼女たちに言われたのは辛辣版アントワネット語録みたいな台詞だけじゃなかったっけ。遠巻きになんか言っていたとしても、それは聞こえてなかったし。
「ついでだから聞くけど、ええと、ひどいことって言うのは、その」
令嬢はビクッと肩を跳ねさせたけど、涙でぐちゃぐちゃな目で私を見つめて。
「あ、あなたに、給仕をすればいいと……」
しっかりと答えた。
やっぱりそれなんだっていう思いと、それくらいなら別にという思いが頭に浮かぶ。
ただ、あの日にエリシアちゃんが教えてくれたんだけど。私の感覚ではその程度でも、正式な行儀見習いでもないのに貴族の娘がメイドの真似事をするなんていうのは、屈辱的扱いの中でも上位に位置することらしい。
つまりあのときの彼女たちは、お嬢様相手に「あなたは這い蹲って雑巾掛けをするのがお似合いよ」と言ったも同然……らしいのだ。実際平民なわけだから、分相応な服を着て平民らしく給仕に収まりなさいな、という。
なるほどなあ、と感心するのと同時に、貴族の言葉選びは嫌味さえも高度なんだな、とどうでもいいことまで浮かんだので、慌てて余所に追いやった。
「私は、そこまで気に病んでないっていうか、実際ドレスはなかったわけで……だからといって他の服があるわけでもないんだけども」
だから気にしなくていいよ。
そう続けるはずだった言葉は、令嬢たちのぽかんとした顔で飲み込まれてしまった。
「服、が……それは、どういうことですの……? まさか……」
令嬢たちの表情が、今度は恐ろしい想像をしたと明らかにわかるくらい青ざめたので、慌てて否定した。だってこれ、絶対誰かに服を全部切り裂かれたと思われたでしょ。
「も、元から持ってなかっただけだから、大丈夫」
「そんな、そんなはずは……いくら平民の方とは申せ、服がないなんて……」
令嬢たちは涙の痕がくっきり残った顔で「どうして」「ああ仰っていたけれどやっぱり誰か……」「でも……」と囁き合っている。
学園内にいもしない切り裂き魔が爆誕してもあれなので、私は簡単に地元ではあんまりいい扱いを受けていなかったことと、あまりに田舎過ぎて聖女の印が知られていなくて、悪魔の刻印だと誤解を受けていたことを説明した。
「そうでしたの……平服すらないなんて仰るものですから、てっきり……」
「そんな環境でいらした方に、私たちはなんてひどいことを言ってしまったのかしら」
令嬢たちはどうすれば許して頂けるか、せめて少しでも償えないかと話し合っている。私はというと、握ったままだったエリシアちゃんの手をどうすることも出来ず、体の陰で手持ち無沙汰にやんわり握ったり揺らしたりしていた。
「さっき言いそびれたけど、そんな気にしなくていいよ。なんていうか、こうして話してくれただけでも充分だから。ありがとう」
ぺこりと頭を下げると、令嬢たちはまた涙腺スイッチが爆発したように泣き出した。
この光景を外から見ると、平民がエリシアちゃんをくっつけてお嬢様方を問い詰めてる図にしか見えない気がする。二度も泣かしたし。
「では、私たちはあなたにどう償えば……」
特になんもしてくれなくていいんだけど、と言いかけて、ふと思い立った。
「あ……じゃあ、一つだけお願いなんだけど……私には特別なにかしなくていいからさ、もし学園内でシャーディ先輩に会ったら、挨拶だけでもしてほしいかな」
「シャーディ様と仰いますと、ゼフィラ先輩ですの……?」
不思議そうに問い返す令嬢に、私は頷いて答えた。
「シャーディ先輩、今日のことで凄く落ち込んでると思う。獣人族なのを気にしてるからあまり人の多いところにはいないようにしてたのに、勇気を出して来てみたらあれだし」
「わたくしからもお願いしますわ」
「えっ」
エリシアちゃんからの援護があるとは思わず、令嬢たちと声を揃えてしまった。
「ベスティア王国の民は、獣の姿に変じることが出来るだけのわたくしたちと同じ人族の民なのです。わたくしは、古い世代の抱く偏見を覆せるのは、共に学び舎で過ごす機会を得られたわたくしたち世代だと思っておりますの」
「最初は、先輩も警戒してお返事してもらえないと思うんだけど……」
怖ず怖ずと窺いながら言うと、令嬢たちは意外にも「心得ましたわ」と言ってくれた。獣化の威力を間近で見たあとだから、多少は渋られると思っていたのに。
「ゼフィラ先輩に傷を負わせたのは私たちですもの」
「私に出来ることは多くはないでしょうけれど……意識からでも変えて参りますわ」
少しだけ、どことなく晴れやかになった表情を見て、私とエリシアちゃんは声を揃えて「ありがとう」と告げ、令嬢たちと別れた。
変化に向けて、ほんの少し。
だけど大きな一歩を踏み出せたような気がした。




