獣の涙と約束
暫く外で話してから戻ってきた王子が、私たちに説明してくれた。
あの先輩は実家でベスティア王国に関する差別と偏見に満ちた教育をされていたこと。実技の授業で、とある魔法を使うよう言われていたこと。その魔法は呪文だけ教わって、どんな効果があるかのは聞いていなかったこと。ただ、良くないものだろうという意識はあって、その上で自分の意志で行使したこと。
それから、真偽判定をする審議妖精同伴の元に尋問されたので、罪を逃れるために嘘を吐いている可能性はないということ。
この学園はベスティア王国の者だろうと隣国の者だろうと、学ぶ意思があるなら門戸を開いている。勿論、相応の授業料を払えるなら、だけれど。
だから聖女のお情けでいる私と比べるまでもなく、シャーディ先輩は正当な方法でこの学園に在籍しているというのに。あの先輩は、シャーディ先輩はベスティア王国の武力をチラつかせて王家を脅し、理性も人間性もない獣を無理矢理学園にねじ込んだなんていう滅茶苦茶な説を信じていた。
自国の王家が「うちの子を入学させなきゃ暴れてやる」なんてクレーマーじみた脅しに屈して、無条件で理性の効かない生徒を迎え入れると思ってるってことだから、それってだいぶ王子や王家にも失礼な考えなのに。尋問のとき、先生にそれを指摘されるまで全く思い至らなかったっていうんだから、貴族の英才教育って恐ろしい。
「件の生徒は、栄えあるイストリア学園の生徒にあるまじき振る舞いをした。退学処分は免れないだろうな」
「そう、ですか……」
一歩間違えば、人が死んでいたかも知れない。そして、シャーディ先輩が望みもしない人殺しをしてしまったかも知れないのだ。重い処分だけど、仕方ないと思う。
ふと、私たちの話をじっと聞いていたシャーディ先輩が、静かに涙を零した。
「シャーディ先輩……」
「かなしい」
先輩は、ぽつりと呟いて私の手を握った。
「おれのまわり、いつも、ひと、いなくなる」
ぎゅっと握られた手が、熱い。
手も声も小さく震えていて、私はなんて声をかけたらいいかわからなくて、黙ったまま先輩の頭を抱き寄せて何度も撫でた。
シナリオにあった先輩の行動原理は、誰かと仲良くなっても結局その人も人間と一緒が良くて先輩の元から去ってしまう。或いは親や周りの大人たちから「あんな野蛮な民族と関わっちゃいけません」なんて言われて、やっぱりいなくなってしまう。だから最初から人の輪に入らず、動物たちと森で静かに過ごすことを選んだ。たぶん先輩も、似たような事情なんだと思う。直接聞いてはないから断言は出来ないけれど。
「先輩。私は誰がなんて言おうと、シャーディ先輩のお友達ですよ」
「……ほ、んと……? ニーナ、ずっと、ともだち……?」
涙に濡れた瞳で見上げてくる先輩が可愛くて苦しくて、私はしっかり頷いた。
「ニーナだけではありませんわ。わたくしたちも、同じ気持ちです。ねえ、殿下」
「……ふん」
こういうとき否定しないのは肯定の意味だとわかってきたから、私は「先輩のお友達はちゃんと此処にいますよ」と付け足した。現に私の言葉を、王子は否定しない。
「…………ありがと、ニーナ……」
シャーディ先輩が目に涙を溜めたまま微笑んだとき、私の首筋が熱くなった。その熱は左腕までを覆って、やがて静かに落ち着いた。
この感覚は覚えがある。
「牙の紋様……」
エリシアちゃんが私を見つめて呟く。
牙の紋様は、ベスティア王国の象徴だ。そしてゲーム内では、シャーディ先輩ルートに入ると聖女の胸に新しく刻まれる紋様でもある。
これで、三人目。
本当になにがどうなっているんだろう。




