実技と実践
「ニーナ、故郷ではどうしていましたの?」
「一応お古の服をもらって着てはいたけど、エリシアちゃんのお家に来て行くにはだいぶみすぼらしいというか……」
入学したときには既に制服が支給されていたから、私服という名のぼろきれはたぶん、故郷で処分されていると思うんだよね。まあ、仮にあったとしてもあれは貴族のお宅には着ていけないと思う。いくら私でもちょっと……いや、かなり恥ずかしい。
せっかくのお誘いだし、私もエリシアちゃんのお父さんにはご挨拶したかったけれど、制服しかまともな服がないんじゃ、どうしようもないわけで。
「カミル」
「はい、既に」
そう思っていたら、エリシアちゃんがカミルさんを呼んで、そしてカミルさんは名前を呼ばれただけでエリシアちゃんの要望を理解したらしかった。というか、呼ばれる前からなにを言われるか理解して、行動を済ませていたっぽい。
いまの短いやり取りの中になにが含まれていたのか私には全くわからないし、なにより森の何処に潜んでいるのかもわからない。いま、何処から声がしたんだろう。忍者?
「休暇が楽しみですわね」
「う、うん……?」
にっこり笑って言うエリシアちゃんの表情はとても輝いていて。その顔は私にドレスを作ると言い出したときとそっくりで。
でも、いくらなんでもあんな凄いドレスをもらった――そう、貸してくれたのではなく私にくれたし、いまも自室のクローゼットにある――上に、更に服までなんてことは……たぶん、ないと思う。
「さあ、戻りましょう。次は中庭へ移動しなければなりませんもの」
「そうだね。ローブにも着替えなきゃだし、ちょっと急ごう」
昼食の用意を纏めて立ち上がり、どちらからともなく手を繋ぐ。当たり前になったこの仕草が、何だかくすぐったくてうれしい。
一度教室に戻って鞄に空のお弁当箱を預けてから、更衣室に向かった。今日は私たちのローブに変な悪戯をする人はいなかったらしく、二人とも無事に着替えを済ませることが出来た。
「ではニーナ、また後ほど」
「うん、がんばってね、エリシアちゃん」
中庭では既に先輩方が班別に指揮を執っていて、エリシアちゃんもその輪に加わった。
「補助の子はこっちだよ。ほら、もっと俺の傍に来て」
私も皆に倣って補助魔法の生徒が纏まっているところに寄って行くと、ロザリオ先輩とバッチリ目が合った。と思ったら女子生徒たちの波をかき分けてこっちに来た。
少し離れたところで、じっと壁のように佇んでいる女子たちの視線が怖い。
「ひよこちゃんも補助なんだ?」
「はい。お世話になります」
「キミくらい内在魔力が高ければ何でも出来そうなのに、補助?」
「……不器用なんです」
「あはは、なるほどね」
情けない私の一言で全てを察してくれたようで、ロザリオ先輩はケラケラ笑った。私にとっては笑い事じゃないんだけど、と言いたいのを堪えて、先輩に続いて補助の皆さんの輪に加わる……のは怖いから、隅っこにいさせてもらう。
補助魔法は相手の身体能力や魔力を外から補助する、文字通りのお助け魔法だ。対象の元からある能力の最大値を術者の魔力で無理矢理上げる感じだから、下手なことをすれば当然対象に負荷が掛かる。それだけならまだしも、つぎ込みすぎた魔力が暴発して肉体が傷ついたり、精神が壊れたりすることだってある。その辺は回復魔法も同じ原理で、傷と回復量のバランスが悪いと治癒どころか体の部位が増えたり肉が盛り上がったりしちゃうこともある。
それを聞いたとき、色んなゲームで気軽に使ってた魔法がちょっと怖いものに思えた。だから実は、攻撃魔法が一番簡単だったりする。なにせ相手を傷つけないようバランスに気を遣う必要がないから。
だったら攻撃にいけばいいと思うかも知れないけれど、私の場合既に大爆発させられる攻撃を今更習うより、先輩に教えを請える貴重な機会に、少しでもマシな魔力調整技術を身につけなさいってことらしい。
「それじゃ、順番に教材用傀儡に向かって魔法を使ってもらおうかな」
ロザリオ先輩がそう言うと、令嬢たちの目が輝いた。先輩も一年生も、皆がいいとこを見せようと気合いを入れているのがわかる。
教材用傀儡は魔法が正しく発動していると青く光り、何処か間違っていると赤く光る、名前通りのカカシだ。あれがあるから、魔法が不慣れなうちから人間相手に魔法を使って暴走したり傷つけたりしなくて済むというわけ。
一番目に呼ばれた令嬢が、教材用傀儡に補助魔法の一種《筋力強化》をかけた。直後に青く光ったのを見てホッと息を吐き、ロザリオ先輩を見る。
「ちゃんと発動出来たね。お疲れさま。次の子猫ちゃん、位置について」
先輩は自分の顔の良さを最大限利用して令嬢に微笑みかけると、次の人を呼んだ。
たった一言でも声をかけてもらえてうれしいらしく、一番目の令嬢は輝く笑顔で集団の中へと戻っていく。そして次の令嬢が位置に着くと、ロザリオ先輩が合図を送った。
「きゃああ!?」
「なんだ、あれは!?」
そんな感じで順番に魔法の実践をしていると、不意に回復魔法の班があるほうから声があがった。声というか、複数の悲鳴が。
「え……!?」
声につられて振り向いた私の目に映ったのは、巨大な狼。黒い毛並みと金色の瞳をしたその獣は、低く唸り声を上げて周りを威嚇している。
ヒグマみたいなサイズの狼なんて見たこともなければ遭遇したこともない生徒たちは、驚きの表情を顔に張り付けたまま、金縛りに遭ったように固まっている。
「シャーディ!」
なにが起きたのか把握するより先に、王子の鋭い声が響いた。と同時に、狼の視界からゆっくり外れつつ、エリシアちゃんが防護結界を張る。王子は拘束魔法を使ってその場に足止めしながら、何度か声も上げて意識を自分に向けている。
「皆さん、此方へ!」
その声でハッとして、狼に一番近かった回復魔法班の生徒たちが慌てて駆け込んだ。
狼の意識が生徒たちに向かわないよう気を引いている王子も、杖を向けながら緊張しているのが伝わってくる。
「先輩……なんで、いきなりあんな……」
獣人族が自分の意志で獣の姿になるのは、群を外敵から守るときだ。でも、此処に群はいない。それに、先輩は他の生徒から「ケダモノ王子」と揶揄されていて、半獣人の姿にだって滅多になろうとしなかった。
「どうやら、錯乱魔法をかけられているみたいだね」
「えっ!」
「ひよこちゃん、彼がなにか知っているかも知れないから、ちょっとお話聞いてくるよ。ひよこちゃんはシャーディをよろしく」
「えぇっ!?」
驚く私を余所に、ロザリオ先輩は回復魔法班がいる辺りの隅っこで腰を抜かしている、一人のお坊ちゃんのところへ向かっていった。
よろしくと言われてもどうすれば……と考えて、一つ思い至った。古来より、混乱した仲間を直すのはこぶしと決まっている。なら、私がやることは一つ。
「王子! 拘束魔法解いてください!!」
叫ぶと同時に、自分に強化魔法を叩き込む。そして――――
「先輩! ごめんなさい!!」
――――真っ直ぐ行って、ぶっ飛ばした。




