帰るところ
「いまの……シャーディ先輩が……?」
怖々訊ねる私に、シャーディ先輩はこくんと頷いた。
ゲームでは、動物の声真似が得意だとか歌が得意だって設定だった。人間も動物の一種だって理屈に当てはめるなら真似出来るのもわからなくはないけど、だからって此処まで綺麗に真似出来るなんて。
「ユベール、言葉、難しい。でも……あれは、良くない言葉って、わかる」
「……そう、ですわね。忠告にしては厳しすぎますわ」
私よりも先に気を取り直したエリシアちゃんが、シャーディ先輩に同意した。
「ニーナが寝たの、おれが言ったから。ニーナ、悪くない……」
しょんぼりしてしまった先輩の頭上に、垂れ下がった獣耳の幻覚が見える。
そろりと手を伸ばして頭を撫でると、ピクッと肩が跳ねた。けど、抵抗もしなければ、振り払うこともしない。年上で、将来の獣人族の王様でもある人で、先輩なのに。平民の小娘に大人しく撫でられている。
「ありがと、ニーナ」
暫くして、シャーディ先輩は随分ふわふわした笑顔でそう言った。
落ち込んでいるよりはずっといい。あの調子だと、ユベール先輩は私が起きかけるより前からシャーディ先輩にくどくど忠告していた気もするし。
「えっと……お昼にしましょうか。午後は、その……合同授業ですし」
「わかった。また……」
あとで、と言ってから、シャーディ先輩はなにか思い出したように私たちを引き留めて訪ねた。
「ニーナ、授業、来る?」
「はい、勿論です。先輩に直接教えを請える貴重な機会ですから」
私が答えると、シャーディ先輩は少し考える素振りを見せてから小さく「わかった」と呟いた。そして、
「おれも、いく」
ユベール先輩が説得していたときは渋っていた授業に、出ると言った。
「いいんですか?」
「うん。ニーナと、勉強する。姫様も」
「はい。ぜひご一緒致しましょう」
ふわふわとふわふわが並んでいる。
単純な見た目は全く似ていないどころか、美少女と狼男くらいのギャップがあるのに、纏う雰囲気は二人ともふわふわで可愛らしい。先輩に可愛らしいっていうのも失礼だとは思うのだけれど、それ以外の語彙が私には存在しない。
またあとで、と別れて森に入ると、私たちは漸くお昼ごはんを膝の上に広げた。
「そういえば、エリシアちゃんの用事ってなんだったの?」
「攻撃術の実技でしたわ。以前、わたくしは杖の暴発で授業を途中離脱してしまいましたでしょう?」
「そっか、そうだったね……」
自覚がないままエリシアちゃんを庇って、施療室で目覚めたときのことだ。あのときはなにが何だかわからなかったし、いまでも助けた自覚はない。
でも、あれが全ての始まりだといっても過言じゃない出来事だ。
「今日の合同授業では、適性別に班が別れますから、攻撃術の適性を見て頂きましたの」
「なるほど。それで、エリシアちゃんはどこの班になるの?」
「わたくしはどうやら万能型のようでして……殿下と共に皆さまの補助をするようにとの仰せでしたわ」
「えっ、すごいね。じゃあ、ずっと一緒ってわけにはいかなくても、教えてもらえるかもしれないんだ」
「ふふ。ニーナは補助魔法でしたわね。楽しみにしていますわ」
この学園では、座学と実技を交互に進めていく。一年の前半で適性を見て、中盤頃から本格的に実技を磨いていく形だ。私は補助魔法が得意みたいで、自分や他人を強化したり敵を弱体化させたりする魔法を中心に覚えることになっている。攻撃魔法はどうも威力を抑えることが苦手で、学園で使うには危険すぎるって言われちゃったし、回復魔法も指先ちょっと切っただけの傷にも最大級の回復をかけてしまう恐れがあるとか何とかで、一番調整しやすく事故が起きにくい補助になった。
つまり私は、適性というより仕方なく割り当てられただけだったりする。
因みにだけど例の愛され聖女様は回復魔法に特化していたとか。存在そのものが癒しの擬人化みたいな方なのに、適性まで回復だなんて羨ましいにもほどがある。
「それにしても、もう適性実技かぁ……夏が近いね」
「そうですわね。ニーナは、夏季休暇のあいだは故郷に戻られますの?」
「う……うぅん……」
あからさまに言葉を濁した私の横顔を、エリシアちゃんがじっと見つめてくる。
だって私……というかヒロインは、ごくありふれた家庭の一般平民娘ってことになっているものの、その実は故郷でも疎まれて魔女呼ばわりされてきた子だ。この辺りのネタは確か続編で詳しく語られていて、今作では設定すらなかったんだけど。制作スタッフだか権利の所属だかが変わって、続編はだいぶ闇が深いとの噂は聞いている。とはいえ、私は現実逃避が目的だったから、そっちは買ってなくて詳しくは知らないんだけどね。
なんで魔女呼ばわりかっていうのは、あまりに田舎すぎて聖女の印を誰も知らなくて、悪魔の印を持って生まれた魔女に違いないって言われて。しかも貴族の特権であるはずの魔法が使えることから、母親が何処かの貴族を籠絡して孕んだのだとか悪魔に魂を売って魔力を得たのだとか散々。
まあ、それ言ったらリアルの私も似たようなものだったけど。でも王族や貴族の子息に見初められた途端手のひら返して、うちの村の娘だって主張してくる故郷の大人たちには失笑しか出なかったな。
続編で判明する『馬小屋の魔女』なんてあだ名も、なかなかひどいと思う。
「……寮は変わらず運営してるみたいだし、残ろうかな。エリシアちゃんは?」
「わたくしは……」
答えかけてから、エリシアちゃんはなにか思いついたような表情になって私の手を取り微笑んだ。
「よろしければ、ニーナを家にご招待したいですわ」
「えっ」
驚いて目を丸くする私に、エリシアちゃんの眩しい笑顔が降り注ぐ。
「友人が出来たとお父様にお伝えしたところ、ぜひ招待したいと申しておりましたの」
「それはうれしいけど……私が行っても大丈夫……? その、制服くらいしか着るものがないから」
私の言葉に、今度はエリシアちゃんが目を丸くした。




