幻想樹の下で
昼休み。エリシアちゃんが先生に呼ばれたので、私は久々に精霊樹の森を訪ねてみた。エリシアちゃんには伝言役としてフィーちゃんを残しておいて、用事が終わったら一緒に森まで来てもらうことにした。
ついでに森でお昼を食べる約束をしたので、購買で小さなランチボックスを買ってから向かう。
「あ……シャーディ先輩」
「ニーナ」
森まで来ると、入口でシャーディ先輩が小動物と戯れていた。ゲームでもそうだったんだけど、シャーディ先輩は校舎の中では殆ど会えない。その代わり、精霊樹の森に来ると八割を超える確率で会えるから、そういう意味では会うのは難しくないんだけど。
そして会うのは二度目だというのに、もう名前で呼んでくれている。確か好感度五割を超えるまで聖女呼びだったはずなのに。もしかしたらゲームじゃないってことで好感度に関わらず気分で呼び方が変わるのかも知れない。じゃないと、こんな急速に好かれるとかあり得ないし。
「今日もお友達がたくさんですね」
「うん」
こくんと頷いて、肩に留まっている小鳥の喉を指先で器用に撫でている。肉食獣らしい鋭い爪がついた指を、此処にいる動物たちは全く恐れていない。寧ろ、気持ちよさそうに目を細めてすり寄っているくらいだ。
その様子が微笑ましくてまったりした気持ちで見守っていると、シャーディ先輩の手が私の頭上に伸びてきた。そしてそのまま、大きな手が私の頭を優しく撫で始める。
「先輩……??」
「ニーナも、撫でたい。違った?」
ええと、つまり、撫でてほしくて見てたんじゃないのか、ってこと?
だいぶ気恥ずかしいけれど否定する理由もないし、撫でる手が見ていたとおりもの凄く優しいから、私は照れながらも頷いた。
「え、と……はい。ちょっといいなって思ってました」
「ん……」
頭を撫でていた手が頬を滑り、今度は喉へ至る。擽るような甘やかな手つきは絶妙で、いまばかりは喉を鳴らしてしまう猫の気持ちがとてもわかる気がした。
これはとける。物理的にとろけた猫になりそうで、目が自然とうっとりとけていく。
「ニーナも、気持ちいい?」
「はい……先輩の手、すごいですね。この子たちの気持ちがよくわかりました」
するりと離れた手に名残惜しさを覚えつつ頷くと、先輩が私の手を取って「こっち」と森の中へ導いた。森といっても学園の敷地の一部だし、迷うほどの深さもない。精霊樹は入口から真っ直ぐ行ったところにあるからわかりやすいし、生徒だけで訪れることもよくある。というか精霊を遊ばせるのにいちいち先生を連れてくるほうが手間だしね。
そんなわけで、私は先輩の手が導くまま森の中を進んで行く。と、精霊樹が見えてきた辺りで足を止めた。
「ニーナ、なにか用事だった?」
「いえ、そういうわけじゃないんです。エリシアちゃんがちょっといま用事でいなくて、終わったら此処でお昼を食べる約束をしていて……それと、ついでにどこか体を動かせる場所がないかなって探してました」
「体?」
こてんと首を傾げるシャーディ先輩の可愛さに叫びそうになったけど、ぐっと堪えて、平常心を保ちながら頷く。
「私、この前階段から落ちてしまって、そのときちゃんと受け身が取れなかったのが凄く悔しくて……体術をもっと鍛えたいなって思っ……先輩?」
ぺちっと頬に先輩の手が触れたかと思えば、全身をペタペタ触り始めた。
「ニーナ、痛い?」
「え、い、いえ、もう全然。数日前のことですし、王都施療医の方に治して頂いたので、元気いっぱいですよ」
「……良かった」
ホッとしたように表情を和らげると、シャーディ先輩はまた私の頭を撫でた。
何だろう……先輩にとって、私は群がってくる小動物と同じカテゴリなのかな。でも、こんな可愛げは私にはないから、思い過ごしというか思い上がりかな。
なんて考えていたら先輩が木の根元に腰掛けて、膝をぽんぽん叩いて見上げてきた。
「えっと……?」
「ここ、寝る。姫様、来るまで」
「私がですか?」
「ん」
どういうことか。膝枕で横になれとのお達しだ。
森でのイベントスチルで、膝枕でのお昼寝シーンは見たことがある。でもこれはかなり好感度を稼いで、ルート確定くらいになったときに見られるものだったし、しかも先輩が膝枕を提供する側じゃなく、逆だったはずだ。
ということは、これは別に好感度イベントとは関係ないのかな……?
だって私、先輩に気に入られるようなこと、なにもしてないしね。漫画とかで主人公が無自覚に相手の好感度を稼ぐみたいなのを見たことがあるけど、私は無自覚ではなく実際なにもしていないわけで。
「ニーナ?」
「う……じゃ、じゃあ、その……お邪魔します……」
延々ぐるぐる考え事をしていたところ、捨てられそうな子犬みたいな目で見上げられた私は、観念して先輩の膝枕をお借りした。頭を預けると、先輩の手が私の髪を撫でて頬を擽り、喉を弄び始めた。
聞こえるのは風に枝葉が揺れる音と、精霊たちが戯れる微かな音、学園の喧騒は遠く、静かな時が流れる。次第に瞼がとけていき、私は抗う術もなく眠りに落ちてしまった。




