謎の三角関係
王子は最初から最後まで俺様王子様だった。
好感度が上がっていくにつれて、高圧的な態度もある程度は軟化するし、最初の晒し者イベントから終盤のデレたときのギャップもあった。だけど、目線はずっと上からだったように思う。なんていうか「この俺が平民のお前を認めてやったのだから、光栄に思え」みたいなデレ方。そこが好きな人は好きなんだろうし、キャラがぶれないっていうのも、ゲームには大事なんだと思う。
でも、いまの王子はどうだろう。相変わらず上に立つ者として生まれた人なんだなっていうオーラは感じるし、口調が変わったわけでもない。なのに、どこか優しい。雰囲気の棘がなくなったような気がする。
王子の単独エンドは、エリシアちゃんの追放イベントとセットになっている。皆の前で婚約破棄を言い渡して、晒し者にして、去りゆく背中に追い打ちをかけるエンドだ。
私はあれを見て王子に苦手意識を持ったし、こっちにきてから絶対王子ルートにだけは突入したくないとも思った。好かれる自信もなかったけれど。
だけど……もうその心配もないんじゃないかなって思うんだよね。
「なんだ、人の顔をじっと見つめて」
「え……あ、ごめんなさい。ぼうっとしてました」
「見とれていたと素直に言ってもいいんだぞ」
「それはないです。エリシアちゃんになら年中見とれてますけど」
そう言うと、王子はちょっとムッとした顔になってエリシアちゃんを抱き寄せた。
「エリシアは俺の婚約者だ。貴様にとて譲らん」
「っ!? なんで私がエリシアちゃんを略奪しようとしてることになってるんですか……って、いったぁ……!」
「阿呆が」
反射的に飛び起きかけて、頭がズキッと痛んで、あえなく枕に轟沈した。ストレートな「阿呆」がいまはとても痛い。王子にがっちり確保されているエリシアちゃんがはらはらした様子で私を見ていて。大丈夫って言いたいのに、言葉にならないのもつらい。
「貴様は体もそうだが、頭を強く打っている。学園の救護医だけでなく、王家の施療医の診断を仰ぐことになった。昼にはつくから、それまで大人しく寝ていろ」
「はぁい……」
返す言葉もないし、動くことも出来ないから、言われたとおり大人しくするしかない。ベッドに潜り込んだ私を見下ろして、王子は呆れたように溜息を吐いた。
「エリシア。お前はこの跳ね馬を見張っていろ。お前なら半日抜けたところで、他の者に遅れは取るまい」
「ええ、殿下。承りましたわ」
満足げに頷くと、王子はエリシアちゃんを残して去って行った。
「……ごめんね、心配かけて」
「いえ……」
エリシアちゃんは優しいから、きっと責任を感じちゃってるんだろうな。
ずっと冴えない表情のまま、浅く伏せた目で私を見つめている。何てことないって口で言うのは簡単だけど、きっと納得しないだろう。現に動くことも出来ないんだから。
でも……
「私は、後悔してないよ」
エリシアちゃんがハッとして顔を上げた。
「あのままエリシアちゃんを下敷きにしちゃってたら、私は一生私を赦せなくなってた。どんなに周りが赦したって、絶対……だから、後悔はしてない」
「ニーナ……でも、わたくしは……」
エリシアちゃんが、いまにも泣きそうな顔で呟く。
きっと逆の立場だったら、私は、いっそ下敷きにしてくれたほうが良かったって言うと思う。勝手だけど、確信して言える。エリシアちゃんも、私だけが傷つくのを望んだりはしないだろうってわかる。わかるんだけど、ごめんね。
きっと私は、学園を卒業して聖女として務めるようになってからも、同じような選択をする。自己犠牲精神なんて崇高なものじゃなくて、ただエリシアちゃんを守りたいから。
「……私はエリシアちゃんがお嬢様でもそうじゃなくても、傷つくのは見たくないんだ。大好きな親友だから。これは私のわがまま。だから、ごめんね」
「っ……どう、して……そんなふうに言われては、わたくしは……もう……」
「うん。ズルいよね。エリシアちゃんが反論出来ない言い方しちゃった」
私の胸元に顔を埋めて、エリシアちゃんはとうとう泣き出してしまった。
体は起こせないけど腕だけなら何とかなるから、布団から出している手で頭を撫でた。出逢ってからというもの、こうして泣かせてばかりで胸が痛む。
可愛くて優しい、私の親友。
ちょっと前までは早く元の世界に戻らなきゃって思っていたのに……いまはそれよりも一日でも長くエリシアちゃんの笑顔を見ていたいと思う。
永遠の誓いをすれば、その願いは叶うのかな。それとも、聖女と騎士の関係になってもいまみたいに泣かせてばかりなんだろうか。
それは嫌だな。エリシアちゃんには、やっぱり笑顔が似合うと思うから。
「……後悔はしてない、けど……反省はしてる。私だって、エリシアちゃんを泣かせたいわけじゃないし……」
エリシアちゃんがそろりと顔を上げた。
涙に濡れてもやっぱり美少女で、赤く染まった頬は朝露に濡れたお花みたい。
「二度とこんなことしない、とは言えない。でも、これからは自分のことも大事にする。私だって、痛いのは嫌だしね」
痛みを堪えながら笑って見せると、エリシアちゃんはまた一粒の涙を流して、それからふわりと微笑んで頷いた。




