然もありなん
荷物を置きに教室まで戻ったものの、一限の授業は移動教室だし次は外で実習だから、着替えて一階に降りないといけない。
教室にも誰もいないし、少し早いけど移動しておこうと廊下に出ると、丁度授業合間の休憩時間になった。廊下に生徒が溢れて、雑談の声がそこかしこから聞こえ始める。
本校舎はコの字型をしていて、真ん中が正面玄関とホールになっている。そのホールへ向かうための階段は所謂大階段と呼ばれていて、教員の集合写真を撮るときにも使われる場所だ。前に一度見たことがあるけど、内閣集合のあの写真みたいだった。
正面ホール付近は、移動教室でも通るし外の実習でも通る移動の要だから、学年問わず色んな人が行き交っている。
そんな中、大階段に差し掛かったところで、下のほうにエリシアちゃんの姿が見えた。
「エリシアちゃん」
「ニーナ」
呼びかけたらエリシアちゃんも気付いてくれて、階段を上がってくる。
私も降りて真ん中の踊り場辺りで合流しようとした、そのとき。
「お前のせいで……!」
―――ドンッ!
と、背中に衝撃が走った。
直後、視界がぐらりと傾いた。
周囲から悲鳴が上がって、真下に驚いた顔で見上げるエリシアちゃんが見える。
背中を突き飛ばされたのだと気付いた私は、踏み出しかけて宙に浮いていた足を階段の角で踏み切って、どうにか体を捩った。だって、このまま落ちたら、エリシアちゃんまで巻き込んじゃう。
こういうとき周りがスローに感じるっていうけど、本当だったんだなって悠長なことが頭を過ぎって―――それから。
「ニーナっ!」
次に気付いたときには、階段下まで落ちてしまったあとらしく、全身が痛くて動けなくなっていた。無茶な避け方をしたからか、足首が凄く痛い。他の箇所も痛い。ていうか、どこがどうって言えないくらいあちこち痛くて、起き上がることも出来ない。
何とか目を開けて見ると、エリシアちゃんがぼろぼろ泣いていた。
「エ……リシア、ちゃ……ごめん……巻き込んじゃった……?」
エリシアちゃんは、取れちゃうんじゃないかってくらい思いきり首を横に振って、私の手を握った。けど、その力はとても弱くて、いまにも消えてしまいそうだった。
「どうして……ニーナ、どうしてあなたは……」
言葉にならない想いが雫になって降り注ぐ。
遠くから誰かが駆け寄ってくる音が聞こえたけど、どうやら限界だったらしく、そこで私の意識は途切れた。
「――……当に、…………ですか……?」
「……、ただ…………だな。あとは…………」
途切れ途切れに、誰かが話している声が聞こえる。遠いようで近い。聞き覚えのある、やわらかな甘い声と、威厳のある低い声。
目を開けて辺りを見回すと、頭がズキリと痛んだ。
「っ……たぁ……」
思わず声が漏れ、溜息が零れる。いつの間にか救護室に運ばれていたみたい。
すると閉じていたカーテンが開いて、エリシアちゃんが駆け込んできた。
「ニーナ……!」
私に飛びつこうとしたエリシアちゃんを、大きな手が制した。視線を上げると、王子がエリシアちゃんの肩を抱いて立っているのが見えた。
ということは、今回の救護室は本校舎にあるほうらしい。
「えと……なんで王子がここに……?」
「近くを通りかかったら、エリシアの泣き声がしたのでな」
「あ……なるほど。ご心配をおかけしまして。エリシアちゃんは無事だと思います」
そう言うと、王子は眉を寄せて溜息を吐いた。
「エリシアの心配はしていない。貴様だ、愚か者」
「へ……?」
エリシアちゃんが泣きじゃくっていたから、心配で見に来たのだと思ってたのに。
王子はベッド脇にある椅子にドカッと腰を下ろすと、傍で佇んでいるエリシアちゃんを一度見やってから私に向き直って話し始めた。
「貴様は、突き飛ばされて落ちたことは理解しているか」
「……まあ、一応は……いきなりだったので、誰かまではわからないんですけど」
私の言葉に、何故かエリシアちゃんがまた泣きそうな顔になった。
「馬術訓練の際、貴様と揉めた子爵家の者を覚えて居るか」
「あ……はい。いましたね、そういえば」
「その者は禁止区域での魔術行使等で停学処分を食らっていたのだが、隠れて登校して、貴様に復讐する機を窺っていたらしい。今回のことで完全に退学となるだろうな」
馬鹿な奴だ。と、王子は苦々しい顔で吐き捨てる。
「誇り高きイストリアの民としてあるまじき振る舞いをしたことは、あの者の家にも通達する運びとなった。それから……」
そこで言葉を切ると、王子は言いづらそうに視線を逸らしてから、一つ深呼吸をして、重く口を開いた。
「……貴様に対する、歓迎パーティでの非礼を詫びる」
「え……?」
思いの外真摯な眼差しに、私は一瞬なにを言われたのかわからなくて、間抜けな表情で間抜けな声を漏らしてしまった。




