無自覚な偉業?
召喚術の授業を終えて教室へ戻る最中、また廊下の奥がざわめいて足を止めた。見れば朝と同じような光景がそこにあって、王子とロザリオ先輩が私たちに近付いてきた。
「貴様、どうやって大精霊を召喚した」
挨拶も前置きもなく至近距離でいきなりそう言われて、私は思わず面食らった。
どうやって召喚したのかなんて、寧ろ私が知りたい。教わった通りにしただけだし……変わったことなんてしていないはずだし。
「えぇと……そう、言われましても」
目を逸らして、足元のフィリアを見るけれど、フィリアは興味なさそうに後ろ足で耳の後ろを掻いているだけで、こちらの会話に加わる様子はない。
「教わった通りに、皆と同じようにしたつもりです、けど……」
私が答えると、王子の肩を肘置きにしながらロザリオ先輩が「へえ」と言った。普段の軽薄そうな笑顔が一瞬消えたように見えて、ドキリとした。いつも笑顔の人が、いきなり真顔になるのは心臓に悪い。
「ところでひよこちゃん、王庭魔術師でも大精霊との契約は何百年も出来てないっての、知ってる?」
「えっ」
「あはは。まあこれは、二年で習う歴史の切れっ端なんだけどねぇ」
一見、ロザリオ先輩はいつもみたいに笑っている、ように見える。でも私には、笑顔に思い切り裏があるようにしか思えなくて、何だか怖くて、無意識にエリシアちゃんの手を握った。
「殿下。着替えの時間がありますので、失礼してもよろしいかしら」
「ああ、そうだな」
エリシアちゃんが助け船を出してくれて、王子もこれ以上引き留めることなく頷いた。目の前に迫っていた長身二つが退いて、視界が開ける。
「……ニーナ」
「はい……?」
教室へ帰ろうとした背中に王子の声がかけられたので振り向くと、なにやら複雑そうな表情の王子と、笑顔でひらひら手を振るロザリオ先輩がいた。
「いや……次の授業も精々励むことだ」
「は、はい……がんばります」
ぺこりとお辞儀をして、今度こそ廊下を進む。
さっきから、腰の辺りがじくじく熱くて仕方ない。ロザリオ先輩の視線が刺さる度に、正体不明の熱がわだかまるのを感じて、何だか怖い。
「ロザリオ先輩、どうしたんだろう……」
「……ねえニーナ。今日も、私のお部屋にいらしてくださるかしら」
「えっ、うん、それは構わないけど……」
エリシアちゃんは思うところがあるらしく、でもいまはこれ以上語る気もないようで、何とも言えない空気のままドレッシングルームで着替えて教室に戻った。
授業を終えた私たちは、真っ直ぐエリシアちゃんのお部屋に向かった。何だか、最近は自室よりもエリシアちゃんのお部屋にいることのほうが多い気がする。
「お帰りなさいませ、エリシアお嬢様、ニーナ様」
「ただいま戻りましたわ」
「お邪魔しま……あ、ええと、ただいま、です」
いつもの癖でお邪魔しますって言いかけたとき、カミルさんとエリシアちゃんの視線が降り注いで、気恥ずかしくなりながらも言い直した。エリシアちゃんとカミルさんって、たまによくわからない連携をしてくるから本当に油断ならない。
フィリアは早速ソファの傍で寛ぎ始めてて、クラジェちゃんは事前にカミルさんが用意してくれていたらしい鳥籠に自分から入っていった。
「ニーナ。早速ですけれど、確かめたいことがありますの」
「うん……? なに?」
そういえば、エリシアちゃんに来てほしいって言われたからいるんだっけ。そう思って続くのだろう言葉を待っていると、
「そのために、服を脱いで頂きたいのですわ」
「えぇ!?」
突然、素っ裸を要求された。
真っ赤になりながら、エリシアちゃんとカミルさんを交互に見る。それをいったいどう解釈したのか、カミルさんが「お手伝い致しましょうか」と申し出た。
「いっ、いえ! お構いなくっ!」
慌てまくる私を、カミルさんはそれは穏やかな笑みで見つめている。
別に、服を脱ぐくらいはどうってことない。と、思う。だってお風呂も一緒したことがあって、今更裸を見られるのに抵抗はないわけだし。だけど、お風呂でも何でもないのに脱ぐのはわけが違うというか。
「あの……エリシアちゃん、どうして服なんか……?」
「ロザリオ先輩のことで、少しだけ気になることがありましたの。ニーナも、気になっているのではなくて?」
「うん、まあ……ちょっと様子が変だったな、とは思ったけど」
それでなんで……って言いかけて、私にも思い当たる節があることに気付いた。学校でロザリオ先輩に絡まれたとき、視線を感じたとき、腰の辺りが熱くなったんだっけ。
「わ、わかった……でも、あの……」
チラリと、カミルさんを見る。
別にカミルさんに下心があるなんて、微塵も思ってない。エリシアちゃんの優秀な従者さんだってこともわかってる。でも、私は貴族の生活に慣れていないので、男の人の前で服を脱ぐのに、まだ少し抵抗がある。
「気が利かず、失礼致しました。奥で待機しておりますので、ご用命の際はどうぞお呼びくださいませ」
「すみません……」
お仕事をしているだけの人に対し結構失礼なことを言った私に、カミルさんは「お気になさらず」と微笑んでから、軽食とかを用意するための隣室に行ってくれた。




