たった一つの大切な
「聖女、名前」
可愛い空間に癒されていたら、ふとシャーディ先輩に訊ねられた。そういえば私、全く名乗ってなかったっけ。
「私ですか? 私はニーナ・キリエと言います」
「ニーナ。おれは、シャーディ」
シャーディ先輩は名前を名乗ったかと思うと、じっと私を見つめている。
「……シャーディ先輩?」
「うん」
視線がなにかを求めているように感じて、試しに名前を呼んでみたら、当たりだった。表情は殆ど変わらないんだけど、雰囲気がやわらかくなった。膝の上のシファーもお腹を丸出しにして、シャーディ先輩に撫で回されている。さっきからなにもかもが癒しの塊でとけそうになる。
「ニーナ、ゼフィラ先輩、わたくしもお邪魔してよろしいでしょうか」
そして、ここに来て癒しの追加がきた。
私は全くもって大歓迎なので隣を見ると、シャーディ先輩は暫くエリシアちゃんの顔を見つめてから頷いた。
「ありがとうございます」
そう言って微笑むと、ハンカチを木の根に敷いてから私の隣に腰を下ろした。
なるほど、お嬢様は直座りはしないのか。従者さんがいたら、きっと自分でハンカチを敷いたりしないで任せてるんだろうな。
「ここはとても空気が澄んでいて、良いところですわね」
「ほんと、森に一歩入った瞬間別世界って感じだった」
「ここ、精霊界に、一番近い。精霊樹の根っこ、精霊界と繋がってる」
「そうなんですね」
物質界と精霊界を繋いでいる、精霊樹。大地の大精霊に通じているらしいあの大樹は、学園が出来るよりずっと昔からここにあって、学園を作るときはその世代の聖女様に声を届けてもらって、大精霊の助言を受けたのだとか。
そのときの聖女様は歴代でも群を抜いて強い魔力を持った美女で、他の聖女様より少し多めに絵画や彫像が作られていたりする。私も、歴史の授業でその絵の複製を見たけど、ほんとに神聖で侵しがたい雰囲気の人だった。
何となく、エリシアちゃんのお母さんに感じた印象に近いかも知れない。だからこそ、エリシアちゃんが次の聖女に違いないと言われてたのかな。わかる。
――――主もいずれ、彼と話せるようになるだろうよ。
「あれって……大地の大精霊さん?」
フィリアをもふもふしながら訊ねると、フィリアは大きな猫目を細めて頷いた。
曰く、聖女はただ契約した騎士に力を送るだけの存在ではなく、この世界を円満に繋ぐ存在でもあるらしい。学園を作ったときに、精霊樹に森の環境をどうするべきかお伺いを立てたみたいに。
「世界を円満に、幾久しく正しい形であるように、か……」
私は、当たり前のように、ここがあのゲームの世界ならハッピーエンドを迎えるために永遠を共にする相手を見つけるんだって思ってたけど……人生のエンディングは卒業じゃない。卒業したら、その瞬間めでたしめでたしで元の世界に帰れる保証はない。だって、誰もそんなこと言ってないんだから。
この世界に来る前に読んだ異世界転移系の小説では、神様が現れて、特殊能力を与えてくれたり、生き方を教えてくれたりするシーンがあった。でも私には、そんなイベントは存在しなかった。気付いたら寮の救護室にいたんだし。
ていうか、思ったんだけど、このままずっと歴代の聖女様たちみたいに、次の聖女様が選ばれるまでここで生きることになる確率のほうが高いんじゃない……?
私の体が実は現実で昏睡してるか死んでるかで、凄くリアルな夢を見ているのでもない限り……いや、夢なら尚更このままなのかも。
「……ニーナ、どうかなさいまして……?」
「はぇ……? あ、ううん、何でも……こんな綺麗な森に入ったことないから、ちょっと雰囲気に圧倒されちゃって」
ぼんやり考え事をしていたのを心配されて、私は慌てて取り繕った。エリシアちゃんは聡いから、咄嗟に誤魔化したことに気付いただろうけど、なにも聞かずに私の手を握って「気持ちはわかりますわ」と微笑ってくれた。
「ところでニーナ、先ほどから気になっていたのですけれど……」
「なあに?」
「ニーナは、フィリアちゃんとお話出来ていますの?」
「うん。声に出してるというか、頭に響いてくるみたいな感覚だけど」
私が答えると、エリシアちゃんは目を丸くしてからフィリアを見た。フィリアはそんなやり取りなんかお構いなしに寛いでいて、なにか言う気配もない。
「……では、ニーナは学園と精霊界が定めた授業のための仮契約ではなく、本当に契約が成されたのですね」
「えっ、そうなの?」
フィリアを見ると、呆れたように「なにを今更」と言われた。
そう言われてみれば、召喚されたときに名乗っていた気がする。あのときは驚き過ぎて色んなことが頭に入ってこなかったから、許してほしい。
でも、頭の中が真っ白だったわりに、フィリアが名乗った名前だけは不思議としっかり覚えてるんだよね。刻み込まれてるというか。
「じゃあ、卒業してもフィーちゃんとは一緒にいられるんだね」
ふわもふの毛並みを撫でながら言うと、フィリアは満足げにふふんと鼻を鳴らして長い尻尾を揺らした。




