小動物を愛でる会
エリシアお嬢様の手を握り返してみると、宝石みたいに綺麗な瞳で私を見た。
「えっと……心配してくれてありがとう、エリシアお嬢様」
なんて言ったらいいかわからなくて、苦し紛れにそう言うと、エリシアお嬢様は小さく俯いてから、上目遣いで私を見つめてきた。
「あの……」
「うん?」
あっ、もしかしてため口利いちゃ不味かったかな。私、平民だもんね。ゲームの中では確か、ヒロインは誰に対しても敬語で喋っていた気がするし。
「お嬢様だなんて、言わなくても良いのですよ……?」
そう思って謝ろうとしたら、エリシアお嬢様の声が先にふわりと放たれた。
「えっ……」
「だって、ニーナはわたくしの使用人ではないのですもの」
「あ、そっか。……じゃあ、エリシア様?」
それも何だか不服そうな感じで、俯いてしまった。言いたいことがあるのならはっきり言ってほしいんだけど、誰も彼もあなたのように言いたいことを言えるわけじゃないっていう担任のありがたいお言葉が脳裏を駆け抜けていって、ぐっと飲み込んだ。
「え……えぇと……」
「いえ……どうかお気になさらないで。ニーナを傷つけたわたくしに、このような願いを抱く資格などないのですもの」
いったいなにを望まれているのかわからなくて、言葉に詰まってしまう。暫くそうしていると、エリシアお嬢様は沈んだ表情のまま呟いた。
「初めから、ニーナとわたくしが釣り合うはずなどなかったのですわ」
そういうと、立ち上がって顔を背けた。
このイベントにも覚えがある。でも、発生したのはこのタイミングじゃなかったけど。いまはそんなこと言ってる場合じゃない。
「待って!」
エリシアお嬢様の手首を掴むと、振り向いた拍子に涙の軌跡がきらきらと輝いた。青い瞳と長い睫毛に雫が輝いて、光を反射しているように見える。
少女漫画特有の誇張表現だと思ってたけど、実際に見ると凄く綺麗……だけど、違う。そうじゃないんだって。
「私がどう思うかは、私が決める。だから、まずはその願いをちゃんと言って。でなきゃ答えることなんて出来ないよ」
「ニーナ……」
エリシアお嬢様は暫く悩んだようだったけど、意を決して話してくれた。
「わたくし、ニーナとはお友達になりたかったの……でも、そのことを伝えようと思った矢先に、あなたを傷つけてしまって……きっと赦してもらえないと、そう……」
真珠みたいな涙が、次々にエリシアお嬢様の頬を転がり落ちていく。
あなたとは釣り合わない。この台詞は、ヒロインが初めてエリシアお嬢様と対面して、挨拶したときにお嬢様から言われる台詞だ。裏もなにもなく、文脈も「平民が公爵令嬢とつりあうはずがないでしょう」という意味で使われていた。でもいま思えば、あのときのエリシアお嬢様の台詞は「あなたが、私と……?」だけだったっけ。平民風情がっていう意味に捉えられたのは、取り巻き令嬢の台詞があってこそだった。
『お聞きになりまして? 平民の娘がエリシア様によろしくですって』
『いったいどんな教育を受けていらしたのかしら』
『平民ですもの、まともな教育など施されていないのではなくって?』
取り巻きがこんなのだから、つられるようにしてエリシアお嬢様の株も下がっていく。だけど、ゲーム越しじゃなくタイマンで向かい合ってると、全然印象が違う。
もしかして、エリシアお嬢様本人は、全く無害な女の子なんじゃ……?
「……エリシアちゃん、でいいかな、呼び方」
細い肩を震わせて泣いていたエリシアお嬢様……ううん、エリシアちゃんが、ふと顔を上げて私を見た。大きく見開かれた目は涙に濡れていて、頬も赤く染まっていたけれど、美少女はぼろぼろに泣いていても一ミリも不細工にならず、美少女のままだった。
「ニーナ……」
「呼び捨ては下の兄弟くらいじゃないと出来ないから、これが限界なん……っわあ!」
言い切るより先に、エリシアちゃんが飛びついてきた。白いふくふくのほっぺたが涙で紅く染まっていて、耳元では啜り泣く声がして、とても胸が痛い。
お嬢様なら友達になるくらい泣くほどのことでもないよねって思ったけど、その考えは泣き声に混じって聞こえてきた、掠れた囁きに打ち消された。
「わたくしの……はじめての、おともだち……」
初めて。……初めて?
それじゃあ、あの取り巻き令嬢たちは一体何なんだろう。彼女たちが一方的に友達だと思ってるだけで、エリシアちゃんは歯牙にもかけてない?……ううん、エリシアちゃんの性格からして、そんな毒々しい事情ではなさそう。
エリシアちゃんは、公爵令嬢だ。王家に続いて高い権力を持つ家の令嬢で、国の至宝。聖女の印は彼女にこそ相応しいなんて台詞もゲーム内にあるくらいだ。私もそう思う。
だから、周りは権力のおこぼれ狙いの取り巻きか、逆に距離を取る人ばかりで、友達がいない……?




