深みにはまっていく
ざわめきはさざ波のように広がっていって、やがてドレッシングルーム全体に満ちた。
噂は、たったひとクラス分だけの規模でもあっという間に尾ひれがついてしまい、私がなにか言うまでもなくあの令嬢は追い詰められていく。
「そういえば、以前にもエリシア様の魔法が暴発なさったことがありましたわね」
「公爵家で私達よりも高い教育を受けていらっしゃるエリシア様が、どうしてあのような失敗をなさったのか、ずっと疑問でしたのよね」
「先生の見解では、杖に細工がされていたとか……」
言われてみれば、エリシアちゃんの魔法が暴発した件は解決してなかったっけ。
ゲームだとさっき令嬢が言ったみたいに、誰かがこっそりヒロインの杖に細工していたせいだったんだけど。それがまさかエリシアちゃんに向いていたなんて。
今回はエリシアちゃんの案で、事前にこっそり私とエリシアちゃんのロッカーの中身を入れ替えていたんだけど、杖のときはまだ『私じゃなかった』はずだし、そんなことしてなかったと思う。
「わ……私は……」
部屋中から非難の声と突き刺さる視線を受け、ローブを切り裂いた令嬢は真っ青な顔で震えだした。
自分のしたことを責められるのが嫌なら、余計なことしなければいいのに。陰口とかもそうだけど、こそこそ裏で嫌がらせする人って基本的に臆病なんだよね。反撃されるのが怖いから、自分がやったってバレないように傷つける。
私はこんなふうに卑怯な真似をする人が一番嫌いだから、震えていようが何だろうが、少しも同情心が湧いてこない。
「あなたたち、授業の時間になりますよ」
そこへ、着替えに入ったきり全然出てこないのを不審に思った先生が様子を見に来た。
「いったい何事です」
一目見て室内の異様な空気に気付き、先生は中に入って扉を閉めた。中を見回し、隅で震えている令嬢を認めると、先生が説明を求める眼差しで周りを見る。
「……彼女、エリシア様のローブを切り裂いたんです」
「なんですって?」
先生の視線がこちらを向いて、私の手の中にあるローブをとらえた。何度見てもひどい有様で、これじゃあ平民どころか浮浪者でもなかなか着たがらないレベルだ。
先生は眉を顰め、やらかし令嬢の肩を掴んで確保した。
「私は彼女を学年管理主任に預けてきます。皆さんは中庭へ。エリシアさんは仕方がないですから、予備の共用ローブでいらしてください」
「はい」
魔術実習教師に連れられて部屋を出て行く寸前、彼女は私を憎らしげに睨んで行った。私を恨まれても自業自得だし、彼女がどうなろうと私は知らないので、無視して着替えてエリシアちゃんを待つ。
「少し、大きいですわね……」
「大丈夫、可愛いよ」
ローブのだぼっとした袖から覗く小さな指先が可愛い。体にあってないシルエットも、いつもより長めの裾も全部可愛い。
指を絡めて手を繋ぐと、私たちも他の令嬢たちに続いて中庭に向かった。
中庭や実習訓練場は特殊な結界が張られていて、仮に魔法が暴走しても周りには影響が出ないようになっている。逆に言うとそれ以外の場所には結界がないから、魔法を使うと重大な罰則が降りかかるようになっている。例えば、馬術場とか。
「今日は召喚魔法かぁ……何だか緊張しちゃうな」
「パートナーを選ぶ、大切な日ですものね」
魔女には使い魔というのはどこの世界でも同じなのか、この学園でも一年前期のわりと早い段階で召喚魔法を習う。座学で使役できる魔法生物の姿や性質を学び、実習でそれを正確にイメージして精霊界から呼び出して、使役者の魔力を注ぎ現界させる。
自分の魔力でもって物質界に固定させる魔法だから、最初のパートナーは小さい生物を選ぶことになっている。というか、いきなり大物を狙ったところで一年のか弱い魔力には寄ってきてくれないと思う。
因みに、精霊界側にも物質界の子供が精霊召喚魔法を学ぶことは知られているらしく、一年が召喚するのは子供の精霊で、人間が召喚術を学ぶのと同様、精霊の子供も物質界で修行をすることになっているんだとか。
「ニーナは、どの子にするかもう決まっていますの?」
「うん。教本の挿絵にもっふもふで可愛い子がいたから、来てくれたらうれしいなって。エリシアちゃんは?」
「わたくしは、リヴェイエに来て頂けたらと思っておりますわ」
「ああ、あの歌声が綺麗だっていう小鳥さんかぁ。似合いそう」
リヴェイエは、金の羽に青い瞳の、エリシアちゃんと同じ色彩を持つ小鳥型の精霊だ。七色の声を持ち、主人によく懐き、中距離までなら手紙を届けることも出来る。なによりリヴェイエの声による目覚めはどんな目覚ましより爽快で、魔力も気力も充実した一日になるのだとか。
お城のお偉いさんとか遅刻が出来ない立場の人は、魔法職じゃなくても寝室で飼ってることも多いみたい。
それにしても、授業で習う内容といい、ゲームの中では明かされなかったことが次々に出てくるのが不思議。ゲームの世界なんだから、ゲームで描かれたことしか存在しないと思っていたのに。
エリシアちゃんのこと、魔法に関すること、精霊たちのこと。新しいことを知る度に、ここがもう一つの世界だって思えてくる。それを最初に自覚したときは、選択肢もなしに男の子と会話するなんて……って怯えてたけど、いまはそれどころじゃないっていうか、エリシアちゃんが可愛すぎてどうでも良くなったというか。
どうせ帰り方なんてわからないんだから、せめて平民聖女として出来ることをやって、それでもダメだったらそのとき考えよう。
取り敢えずいまは、もふもふ召喚に集中するんだ。




