聖女の徴と騎士の口づけ
目の前に、天使の寝顔がある。
朝の光に金色の髪と睫毛がきらきら輝いて、白い肌は透き通っているかのよう。両手で私の手を祈りの仕草みたいな格好で包んでいて、私は一瞬天に召されたかなと思った。
長い睫毛が震えて、ゆっくりと瞼が押し上げられていく。とろけた眼差しが何度目かの瞬きのあとにはっきりとして、それからゆるりと私をとらえた。
「ニーナ……わたくしの傍に、いてくださったのですね……」
「うん。カミルさんに薦められて……私も一緒にいたかったし」
エリシアちゃんの頬を撫でると、ふにゃりとした笑みを浮かべた。可愛い。
「昨晩……お母様が夢に出てきてくださいましたの」
「へえ、良かったね」
エリシアちゃんはうれしそうに頷いて、私に手を伸ばしてきた。やわらかい手のひらが私の頬を包んで、首から肩へと滑るように撫でていく。
「ニーナが、会わせてくださったのですね……」
「え……わ、私……?」
確かに昨日は、なんかもの凄いことが起きたけど。あのときエリシアちゃんはしっかり眠ってたから、覚えてないと思ってた。でも、エリシアちゃんはエリシアちゃんで、夢の中でお母さんとお話していたみたいで。
「夢で、お母様が言っていたのです……お友達を大切になさい、と。永遠を捧げて良いと思える相手を大切になさいと……そう……」
そう言うと体を寄せてきて、私はマシュマロのような甘い体に包まれた。
「わたくしのお友達はニーナだけですわ。そして、永遠を捧げても良いと思えるのも……わたくしには、ニーナしかおりませんの」
永遠を捧げる。
それは、聖女と騎士の誓いにある言葉だ。
友達同士でも、未だに『ズッ友』だとか『我等友情永遠』とか言ったりする人はいる。卒業式や引っ越しのときに『絶対連絡してね』って言い合って別れたりもするし、実際にそうして友情が続いている人もいると思う。
でも、エリシアちゃんの言う永遠は、何だか違うもののように聞こえる。
「……エリシアちゃん……?」
エリシアちゃんの言葉をかみ砕いていたら、いつの間にか、押し倒されたような格好になっていた。真上にエリシアちゃんの顔があって、ふわふわな長い髪が下りている。
そして、エリシアちゃんの片手が私の胸元に触れて、ボタンを一つ外した。
「っ!?」
一つ、また一つ。
抵抗する暇もなく露わになった胸元を見て、エリシアちゃんが目を細める。
「ニーナ……思った通りですわ」
「えっと、なにが……?」
そこにあるのは、エリシアちゃんに比べてだいぶ寂しい胸肉くらいなんだけど。
なんて思ってたら、エリシアちゃんの指先が私の胸の真ん中に触れた。
「あっ……」
その瞬間、ずきりとした疼きが全身に走った。
何度か一緒にお風呂した仲だし、胸が丸出しなのは別にいいんだけど。触れる度に体が火照っていくのはちょっと恥ずかしい。これ以上は年齢制限がついちゃう。このゲームは全年齢向けなのに。
パニックになってわけのわからないことを頭の中で繰り返していたら、白い指先が徴をツンツンつついた。
「聖女の徴が染まっていますわ。……わたくしのために、祈りを使ったのですね」
「徴が……」
ああ、思い出した。
聖女の徴は、ルート選択したときから攻略対象とのイベントをこなして正しい選択肢を選ぶごとにその人の色に染まっていって、徴が全て相手の色に染まったとき、その人との愛情エンドに行き着く。
システムとしてはそういうことになっている。でも、この世界にゲームシステムなんて仕組みは存在していない。はず。会話の度に選択肢なんて出ないし、きっと正解もない。なら、どうやって好感度を知るのか。
「あ……はは、ほんとだ……」
相手を思えば思うほどに、聖女の徴が染まっていくのだ。こんなふうに。
顔を上げて覗いて見れば、私の胸に刻まれている刺青みたいな赤黒い徴だったそれは、エリシアちゃんの瞳と同じ澄んだ水色になっていた。
「こんなにわかりやすく目に見えちゃうなら、もう誤魔化せないな……」
私は、昨晩母親を想い泣きながら眠ってしまったエリシアちゃんのために祈りを捧げたことを白状した。それから、自分もお母さんの姿を見たことも。
「凄く綺麗な人だった。世界中が惚れてしまいそうなくらいに……目の前にいるだけで、息をするのも忘れて見入っちゃった。そんな人にエリシアちゃんをお願いって言われて、私、頷くので精一杯だった」
相変わらず押し倒された格好のまま、エリシアちゃんに昨晩の出来事を話した。それをじっと聞いていたかと思うと、エリシアちゃんの顔が近付いてきて、胸の徴にやわらかいものが触れた。
「っ、あ……!」
その瞬間、全身が震えて、熱が一気に駆け抜けた。胸の徴が熱くて、体がとろけそうにふわふわする。甘い花の香りが私の体を満たしたかと想うと、ふっと熱が収まった。
「太陽の騎士は月の聖女の祈りを受けて国を護り、月の聖女は太陽の騎士からの口づけで祈りの力を取り戻す……わたくしはまだ、何の契約もしていないはずですのに……」
なにが起きたのかわからない様子でぽつりと呟くエリシアちゃんを見上げながら、私もなにが起きたのかわからず呆然としていた。




