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悪役令嬢が天使過ぎて攻略対象が目に入らない!  作者: 宵宮祀花
二章◆没落ルートだけは回避したい

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混線するイベントの嵐

 王子が向かってきたときに出来た花道を、中央に向かって歩いて行く。

 向かい合ってお辞儀をして、手を取りあって体を密着させる。社交ダンスってこんなに相手との距離が近いんだ。下手な化粧をしてたら全部見えるし、髪が乱れてたら真上から丸見えだ。だから令嬢たちは、気合いを入れて着飾ってくる。目当ての人に幻滅されたり他のライバルに差をつけられないために。

 私はというと、最初から誰にも選ばれるつもりなんてなかった。このイベントがろくなものじゃないってわかっていたし、エリシアちゃんには悪いけど、王子の言う通り、私は引き立て役にしかならないと思ってたから。


 王子が指を鳴らすと曲が流れ出し、私の体は振り回されるように半円を描いた。周りで見ている人たちから、あからさまな笑い声が上がる。ステップを踏むなんてとんでもないことで、ついていくだけで精一杯だ。曲調が早いっていうのもあるけど、王子が無理矢理私を好き勝手な方向に動かそうとするから、足も体も彼の動きに間に合わない。


 慣れないドレスに、慣れないどころか初めての人前でのダンス。


「きゃ……!」


 とうとう脚を縺れさせて、その場に転んでしまった。

 瞬間、周りからどっと笑いが起きる。それ見たことかと、皆が期待通りの無様を晒したことを喜んでいる。


「ダンスもまともに出来ないとは、聖女といえど所詮は平民ということか」


 膝をついて俯く私の頭上から、王子の声が降り注ぐ。

 周りはきっと、私が傷ついて落ち込んでいるんだと思ってるだろうけど、私の頭の中はそれどころじゃなかった。エリシアちゃんに借りた綺麗なドレスを、汚してしまったかも知れないのだ。どうお詫びすればいいのか、それしか考えられない。

 あと、ドレスを踏んでしまいそうで、立ち上がれないっていうのもある。


「ニーナ」


 半ばパニックになっていたら、頭上から思ってもみなかった声がした。王子でもナンパ野郎でもない、やわらかくて優しい声。

 目の前に、純白の手袋に包まれた、小さくて繊細な手が差し伸べられる。


「手を取ってくださいまし」


 誘われるままエリシアちゃんの手を取ると、華奢な見た目からは想像もつかないくらい力強く引き上げられ、ぐっと腰を引き寄せられた。


「エリシアちゃん……?」

「ニーナ、今度はわたくしと踊ってくださらないかしら」

「え、エリシアちゃんと?」


 目を丸くして驚いていると、エリシアちゃんは私の背後に目を向けた。つられて後ろを向くと、さっきまで機嫌良さそうにしていた王子が、驚いた顔で私たちを見ている。


「構いませんわね?」

「……好きにするがいい。その平民がろくな教育を受けていないことは周知なのだから、余計な恥をかくことになるぞ」

「ご心配には及びませんわ」


 エリシアちゃんが微笑むと、王子は人垣のほうへ下がって見物の構えになった。


「エリシアちゃん、本当にいいの……?」

「ええ。元よりわたくしは、ニーナを誘うつもりでいましたの」


 エリシアちゃんが楽団のほうへ視線をやると、聞いたことのある曲がかかった。優雅で落ち着いた円舞曲。月の祈りっていう題名で、何代か前の聖女のために当時の宮廷楽師が作ったものらしい。


 深呼吸をして、エリシアちゃんの手の温度を感じながら、一歩。

 やんわりと握られた手が、背中に添えられた手が、さり気なく次はどう足を踏み出せばいいか知らせてくれる。王子みたいに、無理矢理振り回したりしない。うっかりたたらを踏んでもすぐリカバリーしてくれるし、合わせてくれる。

 なにより間近でエリシアちゃんの楽しそうな笑顔を見ていると、私まで踊るのが楽しくなってくる。

 曲が終わり、互いにお辞儀をすると、エリシアちゃんに抱きしめられた。


「エリシアちゃん……ありがとう」


 至近距離で微笑み合っていると、後ろからカツカツと足音が近付いてきた。この不遜で迷いのない足取りは、王子のものだ。

 振り向けばそこには予想通りの人物が、私を不機嫌そうに見下ろしている。


「貴様、なぜその曲を踊れる」

「なぜって……」


 チラッとエリシアちゃんを見る。

 平民の私が踊れる理由は一つしかない。あのドレスを試着した日。エリシアちゃんが、私に一曲だけダンスを教えてくれたのだ。月の聖女なら知っておいたほうがいい曲だって言って、陸に上がった魚みたいな有様だった私を嫌な顔一つせず教え抜いてくれた。


 私の視線で気付いた王子が、エリシアちゃんを見る。まるで理解出来ないと言いたげな顔で。エリシアちゃんは綺麗に微笑んで、王子にいった。


「わたくしも、生まれたそのときに全てを身につけていたのではありませんわ」


 王子は、やっぱり理解出来てない様子でじっと睨むように見下ろしている。


「オーギュスト様はそのことをお忘れでいらっしゃるようですけれど、わたくしたちは、多くの方に支えられてこうして立っているのです。無知で学もなくダンスも踊れなかったわたくしに、教育を施してくださった者がいます。ニーナも、同じことですわ」


 そういうと、エリシアちゃんは私を抱き寄せた。


「ニーナは、わたくしの大切な友人ですわ。相手の身分しか見ようとせず、平民だからと見下して、踊れないと決めつけ見せものにした殿下にはもったいないほどの、大切な友人なのです。……二度と、このような真似はなさらないでくださいませ」


 王子といえど許さない。

 言葉の裏にそんな迫力を感じる、静かな宣言だった。

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